第11話 協力

 今から数時間前。

 まだお昼時の時間に、自宅で携帯を触りながら布団の中に籠もっている女性がいた。部屋はお菓子のゴミやゲーム機、充電器のコード等が散乱しており、ベッドの近くにはスナック系のお菓子や黒い炭酸飲料などが置いてある。この惨状を一目見ただけで、誰もが「ああ、この人は女子力の欠片もない」と嘆くに違いない。まあ、間違ってはいないのだが。

 そんな彼女に、ひとつの電話がかかる。だが、女性はそれをコンマ数秒という早さで拒否する。数秒後、再びかかってくる。これもまた一瞬で拒否する。かかってくる。拒否する。かかってくる。拒否する……。

 ついにこの着信地獄に耐えられなくなった女性は、着信ボタンを押す。

 これには、数秒を要した。

 『あ、やーっと出た。もしもしー?』

 「あんたね!今何時かわかってるの!?」

 『じゅ、12時だけど……』

 「そうよ、12時!この時間は私のお気に入りのゲームのゲリラの時間だって、前に話したでしょ!?まだ一体、名声100が作れてないのよ」

 『そんな空想の世界での名声より、私はあなたの自分のリアル名声を上げて欲しいなー、と思うんだけどなぁ』

 「あ?切るわよ」

 『ああごめん待って嘘、今のナシ!』

 「わかったから早く用件を言ってちょうだい」

 『う、うん』

 ここでようやく話が本題へと移る。まったく、長い話だったら切ってしまおうかな。と、心の中で女性はそう思う。

 今女性が話しているのは、宮野木綿子という人だ。彼女は私に、自分の能力のことを教えてくれた大事な人だ。その彼女がこうして私のゲーム時間を奪ってでも電話をしてきたということは、よほど大事な内容に違いない。

 『えーと……あ、茶柱たった!ねぇねぇ茶柱!後で写真で送るね!』

 「ありがと。待ってるわ。じゃあ切るわね」

 『待って!?まだ本題に入ってないんだけど!?』

 「わーってるわよ、だからさっさと済ませなさいよ……」

 ため息をつきながら一度耳から携帯を離す。すると携帯のセンサーが反応して、現在時刻12時13分と表示された。この調子だと、ゲリラに行ける回数が一回減ってしまうだろう。たった一度、というかもしれないが、一回ゲリラで勝てると、ボスドロップのコインでガチャが引けるのだ。 ……まあそこはどうでもいいのであるが、一番の問題はネット友達をこの通話によって待たせてしまっているということだ。概して、ネット住民は5分、10分くらいの時間でも待つことが出来ない人が多く、それが原因でSNSでブロックされた過去がある。

 よって、早くして欲しい。てかはよ終われ。そう念じながら相手の応答を待つ。

 『今日の17時からのこと、分かってるよね? 念のため先に釘を刺しておくけど、ゲームの話じゃないよ!』

 「わかってるわよ、それくらい。だから、私がゆっくりとゲームしながらお菓子を食べれる最後の時間を満喫してるんでしょ」

 『いつも満喫してる気がするけど……いや、ごめんなさい。あなたの日常を壊してしまったのは、私の責任でもあるから』

 相手はしょんぼりとした声で、気まずそうに言う。それをどうでもいい、と言わんばかりの調子でフンと鼻を鳴らし、答える。

 「いんや、別に気にしなくていいわよ。非日常だって楽しいに決まってるわよ」

 『楽しい?今から血みどろの戦いが始まろうというのに、楽しい?』

 「うん、だって私、平凡な生活がつまらなくて嫌いだったから、こうやって仕事を辞めて引きこもってるわけだし。だから、こんな面白いことが出来るのなら、私は全力でやるわよ」

 『………そっか』

 そういうと、受話器の方からはしばらく何も聞こえなかった。それから、すぅっと息を吸う音が聞こえると、再び会話が始まる。

 『実は、新しい能力者がひとり見つかったの。それで、午後6時くらいから、その子に会ってほしいの』

 「おっ、めっちゃギリギリの発見じゃん。明日発見されてたら多分その子はもう死んでただろうね」

 『ええ、そうでしょうね。だから、初日に私達の仲間があっさり殺されるわけにはいかないの。だから、お願い』

 「ふん、仲間ねえ。まだ存在していることしか知らない人を仲間なんて呼べないわよ。強いて言うなら、チームメンバー(強制)とか、《能力を持っている》というアイデンティティーを持った人、とかそこらへんね」

 そう吐き捨てて、ちらと机の上に飾ってある写真を見る。この女性の部屋はお菓子などで散乱しているのだが、一部分だけ、例外がある。それが机の上だ。そこだけは、まるで神や仏を祀っているかのように、周囲の空間と切り離されていて、綺麗で簡素、そして厳かであった。

 その写真は、かつての思い出の写真。今はもう会うことの出来ない人との、特別な写真。私はその写真を覆っているほこりをハンカチで拭き取ると、そのハンカチの中に写真をすっぽりと包み込み、上着の中に入れた。その写真こそが、彼女にとってこれからの長い戦いを生き抜くためのお守りでもあった。

 「わかった、行くわよ。時間と場所を手短に教えなさい」

 『ええ、わかったわ。でもその前にもう一つ、言いたいことがあるの』

 「何よ」

 『その時に、もう一人の能力者もあなたと一緒に同行するから、うまく合流してね』

 「わかったわよ。んで、そいつはどんな奴なの?」

 『それはね……』


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