第10話 下校
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大きく腫れた頭の後ろを軽くさすりながら、私は歩道を歩いていた。
お金を盗られてしまったため、通学用に使用していた電子マネーは食費として使わないといけなくなったので、帰りの電車に乗るお金がなくなり、電車で片道10分くらいの道のりをこうして徒歩で歩くことになってしまった。不幸中の幸いなのは、大沢が盗ったのが財布の中の紙幣だけで、電子マネーは盗られていないことだ。もし盗られていたら、数日は行きも電車に乗ることが出来ない上に、食料も今家にあるものを切り詰めてやりくりしないといけなくなっていた。毎日、食事すらままならない生活。考えるだけで恐ろしいものである。
昔から、友達がほとんどいなかった神白は人付き合いが苦手だ。なので、少しでも相手に詰め寄られたら、声は裏返り、足も震えてしまう。小学校までならまだ先生が見つけるため、そこまで目立たなかったのだが、中学校になってからは先生と生徒の距離間は離れたものとなり、生徒だけで学校での信頼関係を築いていかなければならない。また、生徒間のいじめはより悪質に、そしてばれにくい方法へと変化していくため、他の人が気付かないことがほとんどである。
しかも、一人暮らしの身である私には、相談に乗ってくれる相手もいないのだ。どんなときでも、一人で解決するしかないのだ。
「おっと、そんなことないよね。私には、お母さんが付いてる。お母さんが見守っている限り、私は絶対に負けないよ」
いつまでもクヨクヨしてはいられない。それに、お金がとられたことは悪いことばかりではない。いつもは電車に乗るため、このようにゆっくり通学までの道を見たことはなかった。実際、こうして歩いていると、都会ではめったに見られない田園風景や、子供たちが公園ではしゃいでいる姿など、日常生活では見ることのできない和やかな光景を見ることができ、
案外歩いて登下校するのも悪くないかもなぁと思う。私は、自分を元気づけるために両手で頬をパンパンと鳴らした。途端に、後頭部からガーンと強い痛みがくる。
「あいた~!頭打ったたの、忘れてたよ…… って、あれ?」
ピタッと立ち止まって、あたりを見回す。色々考えていたせいか、見知らぬところへ入りこんでしまった。
「あちゃー。これは、帰るのは7時を過ぎちゃうかもなぁ……」
ため息を吐いて、来た道を戻ろうと振り向いた。そして、振り向いた先には――
「こんにちは、お嬢さん。こんなところで一体何をしているのですか?」
一人の、男が立っていた
……………………。
待て待て、落ち着くんだ私。
辺りも薄暗くなっている住宅街の真ん中で、神白は大きく深呼吸をした。
まずは、状況を整理しよう。私は今日、放課後に大沢に絡まれ、電車代を盗られてしまった。
そして、落ち込んでいるうちにここに迷い込んでしまい、見知らぬ男に絡まれてしまった。
私と男以外、人はいない。そう、これはつまり――
「もしかして、ナンパですか?」
いや、そうに違いない。そう確信しつつ聞いたが、男は笑って答えた。
「いや、違いますよ。もっと恐ろしいことをしにきました」
「なっ…!」
その言葉に、神白は驚愕の声を漏らす。ナンパよりも酷いこと、そんなのは一つしかないであろう。しかし、まさか私が被害に遭うなんて……
「そ、そう簡単に強姦されないですよ、私は!」
大きな声で、そう叫ぶ。すると今度は、驚きの表情を浮かべる。当然のことだ、こんな住宅街の真ん中で大声を上げたならば、この辺りに住んでいる人全員に聞こえてしまう。
「ち、違いますよ!私は別にそんなことをしにきたのではありません!」
男も、私の声に負けんとばかりに大声を張り上げる。私は民衆に見られないように叫んだのだろうと思ったが、そうではなかったようだ。私が反論するより前に、男が口を開く。
「……あー、もういいや、めんどくさいし」
そう言い、一拍置くと、先ほどまでとは大きく異なった低い声で、呟くように
「俺は黒野。あんたを殺しにきたんだよ」
と言いながら、虚空から弓を出現させた。
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