第9話 報告
「あらあら、まあまあ」
明海高校の、アキがいる教室棟の正反対である管理棟の4階のマルチパーパスルーム(多目的室という意味だが、その内容は俗に言う音楽室と全く同じである)に、一人の女性ーーーー涼水 凛が神白と内進生の一部始終を見ていた。
今日の正午、
「全然能力を発動しませんね。さっきの生徒、私が操っていたことに気がついていないのでしょうか?」
それなら十分にあり得る話だ。この戦いは、他の誰にも知られないように、厳かに起こさなければならない。そのため、日常の破壊を最小限に抑えて行うことが原則とされる。涼水が操った生徒を彼女が普通の不良だと考えたなら、能力を使うわけにはいかない……まあ、この学校は進学校であるので、あんな不良みたいな生徒がいるはずがない、はずなのだが。
「いや、それとも……あの子は自分の能力のこと、この戦争のこともろともを誰にも知らされていない?」
考えづらい話だが、《YURI》などの管理局に詳しい人間に知らされていなかったとしたなら、という第二の考えを脳裏をよぎるが、それはあり得ないだろうと首を横に振る。もしそんなことがあっては、この命がけの戦いでは絶対的不利であろう。何も知らずに殺されてしまうこともあるかもしれない。 ……これ以上自分だけで考えるのは無意味だと考え、涼水は《YURI》に報告をする。
『ああ、凛か。どうだった?』
「はい、一応ここの生徒を能力で操って攻撃を試みましたが……ただの不良生徒だと思ったのか、何もせずに一方的にやられてました」
『なんと。能力者は加護を受けているから、生身の人間に負ける道理はないはずなんだが……まさか』
「どうしましたか?」
『あくまで可能性の話なんだが……何らかの原因によって、その能力者には加護が与えられていないのではないだろうか』
「そ、そんな!それだと圧倒的に不利ですよ!それに、彼女は誰にもこの戦いのことを知られてないのではないかと思うのですが……」
『それは、さっきのと重ねて圧倒的に不利な設定だな。まあ、
「まあ、それはそうなのですが…………」
『よく分からないから、こちらでも一応手を打っておこう。報告ありがとう、今日はゆっくり休んでおいてくれ。もしかしたら、深夜に動いてもらうかもしれんからな』
「……はい、分かりました。では、これで」
私は電話を切ると、マルチパーパスルームの窓から一気に一階まで飛び降りる。普通の人なら骨折してしまう高さではあるが、先ほど話したとおり、能力者には加護がついている。なので、これくらいの高さだと、着地の時の衝撃は、階段を数段分飛び降りるのと同じくらいだろう。着地の際に足で衝撃を和らげることが出来れば、痛みはほとんどない。
「こんなことも、あの子には出来ないのでしょうか……」
涼水は、敵ではある彼女のことを心配する。それは、まだ命がけの戦いを経験していない自分の心の甘さであろうか?それとも、あまりにもあっけなくやられてしまった彼女に哀れみの念でも抱いたのだろうか?
どちらにしろ、今のところ涼水には彼女と戦うつもりはない。今日は深夜に呼ばれるかもしれない、ということを考慮して真っ先に帰って寝よう。そうだ、そのほうがいい。涼水はそう思いながら、家へ向かって歩き始めた。
けれども、家に帰っても涼水は彼女のことで頭がいっぱいになっており、寝るのに時間がかかったのだった。
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