第8話 学校へ:内進と外進その2
始業式、課題試験が終わったとき、時刻は15時35分であった。それから15分ほど掃除をして、終礼をする。
「きをつけー、礼。ありがとうございました!」
別れの挨拶をして、クラスのみんなは教室を出ていく。その生徒たちの中には、もう仲良くなったのか、朝よりも多くの生徒が友達を作り、一緒に帰ろうとしている。私もその波に混ざるようにして帰ろうとしていたところを、女子生徒に呼び止められる。
「ねぇねぇ。お金、持ってない?」
「……あなた誰?」
私を呼び止めた女子生徒は、少なくともこのクラスの生徒ではない、知らない人だった。
背中まで髪を伸ばし、前髪には青のヘアピンをつけている。ルックスは、いかにもやんちゃそうな感じであった。
「ああ、私は大沢。一応、内進生だよ。スリッパ見てみ。私とあなたのスリッパ、デザインが違うでしょ?あなたたち外進生のスリッパは、今年から新しく使用されるようになったの」
なるほど、確かにスリッパの形が全然違う。それに色も、私のスリッパは日の光を浴びた新緑のような緑に対し、大沢のスリッパは色の濃い緑。
「で、お金を貸してほしいんだけど、持ってる?」
「……持ってない」
いくら内進生であろうと、初対面であることに変わりはない。今、初めて話したばかりの人にお金を貸す気はまんざらない。そのため、お金を貸してくれるように頼んでくる相手との会話を楽に終わらせるために、私は嘘をついた。それに、もし貸してしまったら、その人は次も私を頼ってくるだろう。
それだけは、面倒なので避けなければならない。私は早く会話を終わらせて帰ろうと思った。
「そっかー、それは残念」
「ごめんなさい。それじゃあ、私はこれで」
と言い、教室を出ようと大沢に背を向けた、その時。
私は腰に手を回されたかと思うとそのまま持ち上げられた。大沢は勢いを殺すことなく、イナバウアーのような姿勢をとり、見事ななジャーマンスープレックスを決める。
視界の反転、そして暗転。鈍い音を立てて、私は頭を叩きつけられる。
「あ…っあ」
私はとっさの出来事に、息もうまく吸うことが出来ない。そんな私を見て、大沢はケラケラと笑う。
「嘘はだめだよー。実のことを言うと私、あなたが昼休みに売店で体操服の上着を注文してるの、見たからさ」
私は、大沢を睨む。大沢は私がお金を持っていることを知って近づいてきたのだ。つまり、大沢は最初から私からお金を借りる気で、いや、タカる気でいたのだ。
このままではマズい。そう思うも、頭は鈍痛が支配して何も考えることが出来ず、足も震えて動けない。
「ありゃ、ちょーっとやりすぎちゃったかな?まぁ、嘘をついたあんたが悪いんだけどね」
そう言って私に近づくと、ポケットの中にある財布から、現在私が持っているお札の中で最も高価な五千円を抜き取ると、私の目の前にポイと財布を投げ捨てた。
「んじゃ、私これから友達とカラオケに行くんで。悪く思わないでね!」
大沢は、悪魔のような笑みを浮かべてそう言い、教室を出ていった。
あまりにも一瞬のことで、まるで今の出来事はなかったのだとでも言うかのように、あたりは急に静寂が訪れる。私は誰もいなくなった教室で、独り涙を流す。
進学校だからと思って、すっかり油断していた。やはり、どこの学校にもあんな不良はいるのだ。そして、私のような力のない弱者は、好きなようにいじられてしまうのだ。
悔し涙が床に落ち、日の光を浴びて輝く。だがそれも、すぐに木製の床に吸収され、消えていく。この出来事は、誰にも知られることはない。知られても、誰も私を救いに来てくれはしないだろう。
ポン、ポロロン……と、琴の綺麗な音が鳴っているのが聞こえるなぁ。そんなことをぼんやりと思っていた次の瞬間、強い痛みが私の脳内で響く。あの音の方には、やばい何かがある。私は、あそこへ近づいてはならない。私の本能が、そう告げていた。
私は恐怖のあまり、鞄を背負うと一心不乱に階段を下って、学校から出ていった。
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