第5話 登校中のハプニング、その3
それ以降私は、未来を何度か視ている。ただ、それらはほとんどがどうでもいい未来ばかりで、しかも不規則なため、自分の都合よく未来を視ることは出来ない。まぁ、視えない方が人生は面白いし、私は別に気にしてはいないが。
「アキちゃん、大丈夫?けがはない!?」
「あ、はい。おかげさまで……?」
大河さんにはそう言ったものの、身体全体がなんだか重い。何かが覆い被さっているような、そんな感じである。
私はうーん、と顔をあげる。するとそこには、さっきの自転車の運転手が、私の上に倒れていた。それだけにとどまらず、「ん……?」と言いながら私のお腹あたりをまさぐっているではないか。
「ひ、ひぎゃあああああああ!?」
「うぶぉっ!?」
私は渾身の右フックを男にぶつける。すると、すごい声を出しながらなんと1メートルほども飛んでいく。「あっ」と言った時にはもう遅かった。まあ、不可抗力でも向こうが悪いんだから、仕方がないよね?
しかしまあ、自転車から落下した直後の人に右フックをかましたことだけは申し訳ないなと思った。私は上体を起こし、ちらりと横で倒れている自転車を見る。私に衝突しそうになったけれども、ペダルの部分が外れ、地面と擦りあって大きな傷が出来ているのを見ると、自分のことよりも運転手の身の安全が気になってくる。
「あ、あの。大丈夫ですかっ?」
すると、運転手はむくりと立ち上がって、キョロキョロと辺りを見回した。やがて私を見つけると、血相を変えてこちらへと向かってくる。
「ご、ごめん!電車に乗る時間に間に合いそうになくて……本当にごめん!
別に、わざとじゃないんだ!」
「は、はぁ」
私は返答に困り、そんな返事をしてしまう。
男は、ジャージの中に見える学生服を見る限り、背こそは高いし声も大人びているが、確かに学生である。大学生は決まった制服を着ることはないため、おそらくは私と同じ高校生であろう。それにしても、あんなにも派手に転倒したにもかかわらず、まるで痛みを感じていないかのようにけろっとしていた。病気の中に、痛覚がなくなるという病気があるそうだが、もしかしたら彼はその類の病を患っているのかもしれない。
私はそのことが気になって、でも、相手の気を悪くさせないためにも、数秒間言葉を選んで、問いかける。
「あの、おけがは……」
と、そこまで言って、私はようやく気づく。
男の腕を見ると、肘の方をすりむいていて、赤くなっていた。
それだけだった。
男は、それ以外の傷を一切負っていなかったのだ。
先ほど、眼前の男は痛覚がないのかもしれないという、失礼きわまりないことを考えたりしいたが、それは完全なる間違いであった。男は、痛覚がないのではなく、深刻なけがすら負ってはいなかったのだ。
「ん? あ、ああ。なんか、生まれつき体が頑丈でな。去年自動車にひかれた時も、腕一本が折れたぐらいで済んだからな」
その言葉に、私は戦慄する。どんだけ頑丈なんだ、君の体。
言うこともなく、呆然としていると、話が終わったと思ったのか、大河さんが口を挟む。
「あんたね、こんなかよわい子をひこうとして、そんな軽いノリで済むとでも思ってるわけ!?普通、警察行きよ!」
「けっ、警察!? それは勘弁してくれよ!わざとじゃないんだ、頼む!何でもするから……」
ん?今何でもするって。
と言おうとした口を、あわててつぐむ。こんな状況で冗談なんか言ってる余裕はないだろう。それに、大して頼むことはないし。あるならば、学校まで送って欲しいくらい……
「……あっ」
と、ここで私は左手にはめている腕時計を覗く。時刻は7時50分。
学校で始業式前の朝礼が教室で始まるのが、8時40分。
そこから、次に乗るべき電車の出発予定時刻を携帯で調べる。
表示されていたのは……出発まで、あと6分47秒の文字。
1秒1秒残り時間が減っていく液晶画面を一瞥すると、私は眼前の男に向かって叫ぶ。
「送って!」
「は、はい?」
だが、情報量が少なかったため、うまく意志疎通が出来なかった。私は声を張り上げて、今度は詳しく伝える。
「電車まで残り6分!間に合わなそうだからその自転車に乗せて!」
「え、いや、ペダル壊れてるけど……」
「それぐらい何とかしろ!」
「わ、わかりました!」
男は素早く自転車を持ち上げると、私はすぐさま後ろの荷物おきのところにまたがった。男はそれを確認すると、ペダルのない自転車を一生懸命こぎ始める。
「じゃあね、大河さん!」
私は大河さんに別れを告げ、駅へと全速力で向かった。幸い、電子マネーカードを持っていた私は、切符を買う時間を短縮できたため、ぎりぎり間に合ったが、男は自転車置き場に自転車をおいて、さらに切符も買わないといけなかったために、乗り遅れてしまった。どこの学校かは知らないが、おそらく遅刻するだろう。どんまい。
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