第3話 登校中のハプニング、その1

  2


 私は、電車を使って日々の登下校をしている。

 私の住んでいるマンションから学校までは、道のりおよそ20キロほどもある。これは、例え50メートル走6秒の人がその速度を維持して走り続けたとしても、40分もかかってしまう計算となる。私は50メートル走は6秒でもないし、20キロ走り続ける体力がある自信もないので、素直に毎日電車に乗っているのだ。

 家を出ると、新学期の訪れを感じさせる桜の木が、駐車場の周り一面を覆うように咲いている。駐車場を出ても、街路樹が桜の木であるため、辺り一面に広がるピンクの光景は、しばらく途切れることはない。この町に住んでいる人たちは、その桜の美しさから、「桜の花道」とまで呼んでいるほどだ。桜の道を通って交差点まで向かうと、小学生が安全に横断歩道を渡れるように一人の女性が旗を持って交通整備をしていた。

 「あら、アキちゃん。おはよう」

 女性は私を見るとにこりと笑って挨拶をする。この女性とは私が中学生になって引っ越すまではお隣さんの関係で、野菜を栽培するのが好きなのでよく収穫の際は手伝いに行ったのを覚えている。

 「おはようございます、大河さん。今年は交通整備をなさっているんですね」

 「そうなのよ~。最近うちの地区は人口が減ってきててね・・・だから、この地区で一番若い私がすることになったってわけ」

 一番若い、ということを強調する大河さん。しかし、私が小学生の頃はすでに40代だったはずなので、現在はもう50代に突入しているはずだ。日本が高齢社会であるということを、ひしひしと感じさせられる。

 「そうなんですか、それは大変ですね……」

 私は登校、大河さんは交通整備という目的を忘れて、しばし世間話をする。最近物価がまた高くなり始めていること。それでも大河さんの野菜の収穫量には変わりなく豊作であるが、最近は若い人手が足りなくて困っていること。などなど。

 「ど、どいてどいてー!」

 そんななか、チリンチリン!という朝の眠気を吹き飛ばすような音と共に、一台の自転車が猛スピードでこちらへ向かってくる。ブレーキが故障しているのだろうか、運転者がスピードを緩める様子も見られない。

 そして、すっかりお喋りに夢中になっていた私は、横から突っ込んでくる自転車に気づくのが遅かった。自転車を見て、そのあまりの勢いに足がすくんでしまう。

 「アキちゃん、危ない!」

 大河さんが声を張り上げて叫ぶ。だが、足が思うように動かず、靴底と地面が強力な接着剤でくっついているかのように、少しも動かすことが出来ない。私は数秒後にやってくる衝撃にそなえて目をつぶる……

  次の瞬間、私の意識は遠くへ切り離された。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る