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それからの夏休み、郁也や山下たちとたまに会ったり遊びに行ったりはした。バイトもしていない俺は寝てたり、家にいる時間が多かった。

早く告れよ、と思われるかもしれない。


しかし、致命的なミスを犯していたのだ。


「(俺、向日さんに連絡先聞くの忘れてた…)」


彼女が普段どこで何をしているかなんてもちろん知るわけもなく、会える術がない。

来るとも分からないのに彼女の高校や最寄駅で待ち伏せするわけにもいかないし。いや、それは第一変質者だ。


結局、海で会った日以来、俺が夏休み中に彼女に会うことはなかった。



そして迎える、新学期。

前日に気張って早めに寝るも、やはり学校へ行かねばと思うと眠気と怠さが抜けない。


今日から新学期の学生が多く、電車の中やホームにはちらほら学生の姿が見える。俺はいつも通りイヤフォンを耳に挿して音楽を聴く。

しかし視線は、彼女に似た後ろ姿を見つけては肩を落とす。


彼女の高校の最寄駅以外、どこにいるか全く知らない。何線の電車を使っているのか、彼女の地元はどこなのか、謎に満ち溢れている。


結局闇雲に探したところで会えるわけもなく、そのまま学校へと辿り着いた。

教室に行けば、見慣れた顔ぶれが揃っている。


「お、正樹おっす」

「うぃっす。つっても、久々感ないわ、特に郁也」

「そんな事言うなよ。…俺は、寂しかったぜ」

「格好つけて言ってんじゃねえ。嬉しくねんだよ」

「相変わらずちべたい…」


自席に荷物を置いて座ると、前の席に郁也が来た。夏休みの宿題が昨日終わったとか、祖父母の家に遊びに行ったら〜…、とか色んな話を聞いた。

少しして予鈴が鳴り、始業式をするから体育館へ行けと、担任が教室まで生徒を呼びに来た。俺たちはぞろぞろと歩き、郁也はトイレに行くから先に行ってて、と走って行った。


すると、


「…なあ、柿原」

「おお、浅見。何かお前は久々感ある」

「何の話? いや、それよか一個聞きたいんだけどさ、」

「ん?」


浅見は俺の隣をキープし、歩きながら尋ねてきた。


「お前、向日さんと夏休み中、何か進展あったか?」

「は? …いや、別にねえけど」

「会おうとか、そういう連絡は?」

「ない…てか、俺向日さんの連絡先知らねえし」

「そう、か…俺の勘違いかな」

「何が?」


浅見は顎に手を当てて首を傾げる。彼女の名前が出て来ただけで、胸がどくんっと鳴った。しかも何故か俺に絡めての話になっている。


「…いや、実はさ、あの海の帰りにその、…お前、連れ去られたじゃん? その時に何事かと思って俺パッとお前らの方振り返ったんだよ。そしたらさ、向日さんが“えっ”て言って驚いてたからさ」

「は…?」

「最初は俺らみたいにびっくりしただけだと思ってたんだよ。けど、電車動き出してから焦ったような表情になってさ。俺向日さんのあんな顔初めて見たわ。その後女の子たちは最寄駅で降りてったんだけど、向日さん、俯いたまんま一言も話さなくって」

「……」

「俺さ、てっきり…向日さん、お前の事好きなんだと思ってた」

「……」


浅見の言葉が頭の中を何度も駆け巡る。


“向日さん、お前の事好きなんだと思ってた”


「(どういう事だよ。向日さんが好きなのは、郁也じゃないのかよ…)」


浅見の言葉は憶測に過ぎないと分かりつつも、俺は動揺している。

俺が鮎川さんに連れ去られた後、もし仮に、本当に彼女が焦った、または動揺していたのだとしたら。


その原因・理由は、俺の中では一つしか思いつかない。


もしかしたら、“向日さんは郁也が好き”というのも、ただの俺の思い込みだったとしたら。


「……」


頭の中で整理する。始業式なんか誰が何の話をしていたかなんて全く覚えていない。


いつ告白しよう、そんなタイミングを伺っていたのが馬鹿馬鹿しくなる。

早く彼女に伝えたい、早く彼女から聞いてみたい。


もし仮に俺のこの考えまでもが思い込みで、振られる事になっても。


これは終わりじゃない、スタートなんだ。





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