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もし、夢の中に出て来たのが鮎川さんだったら、俺は鮎川さんを好きになっていたのだろうか。
それはもちろん、十分に可能性がある。ただ、この二日間、彼女と話して分かった。
“夢の中に向日さんが出てきた”
いつの間にかそんな概念はなくなり、ただただ、彼女と話をしたい、一緒にいたいという気持ちだけが勝っていた。
こんなにも、俺は彼女を好きになっていたんだ。
改めて思い知らされる。
「…鮎川さん、帰ろうか」
「うん、…ごめん、先に帰っててもらってもいい?」
「……分かっ、た」
少しして、電車がホームに来た。
俺はその電車に乗り込み、鮎川さんを見る。彼女は笑顔で手を振って見送ってくれたが、動き出した瞬間に俯いてしまった。
傷付けてしまったのだと、ひどく胸が痛い。
こんな経験初めてだから分からない。
頭では鮎川さんを好きになれれば、そう思うのに、それでも心には向日さんを想う気持ちしかない。
誰かの気持ちに応えられないというのは、応える時以上にエネルギーを消費するのかもしれない。
電車は何事もなく動き、目的地の高校の最寄り駅へと着いた。電車から降りて山下に電話しようと携帯を出した。
すると、メールが一通。山下からだ。
《駅出てすぐの喫茶店でだべってる。》
「それだけか…」
この一言メールがあいつらしくて、少し可笑しかった。喫茶店へ向かって奥へ向かうと、山下たちがいた。
近づいていくと浅見がこちらに気付いた。
「柿原、こっち」
「おう」
スペースの空いていた浅見の隣に座る。
それから他愛のない話をしていたが、誰も俺と鮎川さんの事については触れてこなかった。
気を遣われているのかもしれないが、今はその方が嬉しい。第一、彼女も自分の知らない所で言われるのもいい気はしないはず。
それから一時間くらい居座り、帰ることにした。
山下と俺と郁也は途中まで同じ電車だが、山下が降りると二人になった。
中学が一緒ならば地元も一緒。最寄り駅に着いてからお互いの家まで、他愛のない話をしていたが。
「…なあ正樹、その、鮎川さんとは…」
やはりこいつには聞かれると思っていた。でも、喫茶店のあの場で聞かれなかっただけましかとも思った。
勝手に話すのもどうかとは思ったが、郁也なら大丈夫かと、俺は話をした。
「…何もないよ。言ったろ、俺は向日さんに告るって。誰が相手だろうと、どんな結果になろうと」
「…お前いつの間にそんな格好いい台詞言うようになったんだ。うっかり俺が惚れる所だっぜ」
「はあ? あほか。お前が惚れてんのは向日さんだろ」
「まあそうだけど、正樹となら男もアリかな、と…」
「……」
「待って! 冗談! …ちょっ、まじで引かないで? ね?」
「冗談でんなこと言うな、本気だったらちゃんと振ってやる」
「あ、俺振られるんだ…」
「何でしょぼくれんだ、あほか!」
「うえー正樹が当たり強いー」
あんなに真面目に話をしていたのに、こいつのせいで一気に調子が狂った。郁也は山下ほどではないが、正直あほだ。
けど、こんなあほでも人の気持ちを考えるし、場の空気の作り方が上手い、ムードメーカーというやつか。
だから郁也と中学から一緒にいても、いつもこうしてふざけた空気に戻る。すごい奴だな、と。こんな友達他にはいないだろう。
そんな風に思うけれど、言ったら言ったでまた調子に乗るから絶対に言わない。
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