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それからまた海に入ったりもしたが、夕方になる前に片付けと着替えを済ませた。これから帰るとなると、待ち合わせをした駅に戻るにしても夜になるだろう。

彼女たちも一度元の待ち合わせ場所、自分たちの高校の最寄駅で降りるらしい。女子たちの駅は俺たちより二つ前の駅だから、そこまでみんなで一緒に帰る。


電車はだんだん最寄駅に近づくにつれて、人が多くなってきた。


女子たちは向日さんと鮎川さんの二人が隣に並んで座り、その前の吊り革に掴まって俺と郁也が立っている。

他の子たちも向かいの席に女子は座り、男子が立っている状態になっている。


とある駅で森川さんの隣が空き、山下が座ろうとしたら先に原田が座った。原田は何の気なしに「はあ、座れた〜」なんて言っており、山下も文句を言いたいがどう言ったらいいか分からず、結局何も言わなかった。

つくづく原田に持って行かれる男、山下であった。


『次は、◯◯駅、◯◯駅です』


女子たちの降りる一つ前の駅に電車が着いた。長いと思っていた電車も、意外と早いもんだな、なんて思っていた。


その時、


-ぐいっ


「えっ!?」

「え…」


突然誰かに手を引っ張られ、電車の外に飛び出した。


『扉が閉まります、ご注意ください』


そして電車の扉は閉まり、次の駅へと向かって動き出した。その時、向日さんの顔が少し見えた気がしたが、表情はよく分からなかった。


掴まれた手元からその人の顔を確認する。


「あ、鮎川、さん…?」

「…ごめんね、柿原くん。急に連れ出して」


鮎川さんは手を放し、俺と向き合う形になった。


「やっぱり、どうしても言わなきゃと思って。多分私たち、もう会えないだろうから」

「いや、俺たち高校がそんなに離れてる訳じゃないから会おうと思えば会えるんじゃ…」

「ふふっ、柿原くん。そんな物理的な話じゃなくて、気持ち的にって事で」

「あ…」


そう言われて、何となく察しがついてしまった。


電車は行ってしまったばかりで、一番後ろの車両に乗っていたからか、ホームの反対端の方には人影が見えるが、俺たちの周りには人がいない。

鮎川さんは意を決したように、真っ直ぐと見据えてくる。


「…柿原くん、好きです」

「…うん、ありがとう。でも、ごめん。俺は、…向日さんが好きだから」

「うん、知ってる。それでも、言っておきたかったから。聞いてくれてありがとう」

「……」


こんな時、何て返事をしたらいいかが分からなくて無言になってしまった。

鮎川さんは人当たりもいいし、優しいし可愛い。きっと彼女にしたら仲良くいられるんじゃないか、そう思う。


そう思うのに、やっぱり俺は彼女向日さんじゃないとだめなんだ。





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