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彼女は戻って来てから、一言も喋らない。元々そんなに喋る方ではないとは思うけど、少し違うような気もした。
「向日さん、お腹空いてる?」
「へ? え、あ、まあ、それなりに」
「ちょっと待ってて」
サンダルを履いて海の家へ行く。すぐに目的の物を買って、向日さんの元へ戻って来た。
「はいこれ。食べる? 焼きそば」
「えっ何で、あたしイルカ乗せてもらったよ?」
「まあ俺が焼きそば食べたかったし、向日さんも食べたいのかなあと思って」
「…! あたし、そんなお腹空いてそうな顔してたの?」
「いやそんなんじゃないけど。もらってくれる?」
「…うん、いただきます」
俺の手から焼きそばのパックを取る。それを一旦膝の上に乗せて、割り箸を割る。
「い、いただきます」
パックを手に持ち、一口食べる。何も言葉を発することなく、黙々と食べ進め。そして不意にこちらを見た。
「…あの、そんなに見られてると食べづらいんですけど」
「ああ、ごめんごめん」
俺も自分の焼きそばを食べ始める。焼きそばといえど、海の家の焼きそば、縁日の焼きそば、お店の焼きそばなど、作る人や食べる場所によって味が違ってくる。
こんなに美味しいと思えるのは、彼女がいるからだろうか。気付けばあっという間に食べ終え、それなりにお腹もいっぱいになった。
先に食べ始めていた彼女よりも先に食べ終えていた。
彼女も食べ終え、「ごちそうさま」と手を合わせる。
「さて、もう一つ俺に要望したの覚えてる?」
「…かき氷」
「何味がいい?」
「あっ待って! …あ、あたしも一緒に行く」
「…じゃあ行こっか」
二人で海の家の前まで行き、“かき氷”と大きく書かれた紙の隣のシロップの種類を見てみる。
「うーん、向日さん何にする?」
「…いちごミルク!」
「じゃあ俺はレモンにしようかな」
それぞれ決めて、俺がまとめて頼み、代金も払う。彼女は自分の分は払うとお金を払おうとしたが、別にこれくらい、と断った。店の人がかき氷を作っている。「でも…」と彼女は不服そうだったので。
「じゃあ、いちごミルク一口ちょうだい」
「え、うん。それでいいの?」
「うん」
かき氷は二つ一緒に渡され、いちごミルクを彼女に手渡す。近くの階段へと行き、邪魔にならないように端に並んで座る。
まず自分のを食べてみる。甘みの強いレモンの風味が口に広がり、一気にひんやりする。
「(かき氷なんて久々に食べたな)」
「柿原くん」
「ん?」
「はい」
「え…っ」
「さっき一口食べるって言ってたじゃん。だから、はい」
彼女は先がスプーンの形をしたストローにいちごミルク味のかき氷を乗せ、それを俺に差し出してきた。確かに一口ちょうだい、それで奢りの件はチャラにって話はした。
だが、こんな所謂“あーん”というオプションが付いてくるなんて聞いてない。
彼女は首を傾げる。おそらく自分が差し出している事の意味を気にしていないどころか、俺がこのスプーンに口をつけてしまう事さえ特に何も考えていないのだろう。
「え、えと…た、食べることには食べるんだけど、このまま食べていいの? その、…間接的に、というかまあ、そんな風になるけど」
念のため、聞いてみた。
彼女は驚いて、スプーンのかき氷をカップの中に落としてしまった。この様子から見て、やはり特に何も考えていなかったのか。
少し残念な気持ちもあったが、聞いておいて良かったかもしれない。この子は時々こうやって無防備になるから危なっかしい。
俺は彼女のカップから一口すくおうとしたら、彼女が再び一口スプーンに乗せ、それをまた差し出してきた。
「…っあ、あたしは、別にそういうの、気にしないから大丈夫! …柿原くんだけだけど」
「え? …ごめん、語尾が聞き取れな…」
「早く食べて! 溶ける!」
「あっ、はい」
半ば強制的な物言いをされたが、おそるおそる彼女のスプーンからかき氷を口へと頬張った。
レモンとはまた違う、いちごと練乳の甘ったるさが口に広がる。でもこれはこれで美味しい。
味を堪能していると、彼女の視線が俺のかき氷に向けられている気がした。俺は一口すくい、彼女に差し出す。
「よかったらどうぞ」
「え、でも、」
「食べたそうな目してたし、いちごミルクのお返しに」
「…〜っじゃあ、いただきます、」
口を少しだけ開けて、かき氷を口の中へと入れた。しゃりしゃりと頬張ると、「レモンも美味しいね」と俺の方を見て感想を伝えてくれた。
だから、「いちごミルクも美味かった」と伝えた。
それからは自分のかき氷を食べ進め、時々来るあの頭がキーンとするのに悩まされながら、カップのかき氷を食べきった。
その後ごみを捨てに行ったついでに、フライドポテトも買って行った。冷たい物の後に熱い物を食べたせいで、熱々のほくほくのフライドポテトが頂けた。
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