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「うおー海だー! 昨日も来たから二回目ー!」


真っ先に走り出したのは山下だった。いきなりエンジン全開の山下のテンションにどうもついて行けず、俺たちはゆっくりと海に向かう。


“イルカの浮き輪に乗りたい”


彼女の一言を思い出した。咄嗟に誰かが持って来てくれたであろう空気の抜けたイルカの浮き輪を持ち、対角線上に未だに座っていた彼女の前に立つ。


「…ほら、これ。乗るんでしょ?」

「……空気入ってないし」

「こっこれから入れに行くんですー」

「ふーん…」


彼女は立ち上がり、そばに置かれていた自分のサンダルを履く。そしてそのまま歩き始めた。


「…何してんの、空気入れるんでしょ」

「ちょっ待って!」


俺も慌てて自分のサンダルを履き、海の家の空気入れのポンプを借りた。こちらは手で押すタイプではなく、穴にホースを入れて空気を入れてくれる便利なやつだ。胴体とヒレとが分かれており、それぞれに空気を入れる。

膨らんだら、それを持って海に入る。


成り行きとはいえ、二人きりで海に入れた。振り出しに戻ったと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。


浅瀬からイルカに乗り、俺に引っ張るように促してくる。文句を少し言いつつも、彼女に言われれば何でもしてあげたくなる。

好意を寄せている相手からの“可愛いわがまま”というやつなのか、これが。


「…昨日みんな入ってるの見てて、実はちょっと羨ましかったんだ。いくら騙されたとはいえ、水着を着ないで反抗したなんてばかだなあって」

「まあ、怒るのも無理ないよ。知らない奴らがいたら嫌でしょ」

「でもね、今日こうやって海に入れたから良かった。知らない奴らも、みんないい人だったし。特に柿原くんは」

「え?」


彼女は何かを話そうとしたが、一度口を噤んで。イルカに顔を埋めてしまった。


「…水着だって、柿原くんに後押しされなかったら着れてなかったし。昨日からいっぱい気を遣ってくれて、その、…ありがとう」


彼女の表情は伺えないが、耳が赤くなっているのは分かる。それがたまらなく可愛く、そして愛しく思えた。


「(ああ、すごい勇気出して言ってくれたんだな…)」


彼女との“友達”という言葉が相応しいこの関係が煩わしくなってくる。もし彼女が俺の恋人だったら、きっと今の言葉を聞いたら抱き締めてもいいのだろう。

こんなにも彼女に触れたいと思うのに、自制心が働く。それは今の関係を煩わしいとは思っても、からだ。


「(あ…)」


“なんだか触りたくなっちゃって”

昨日、鮎川さんがそう言って俺の背中に触れていた。いまいちその感情がよく分からなかったが今なら分かる。

というか、今朝も無意識に彼女の頭を触ったではないか。あれもそうだったのでは、と今さら思った。


彼女はずっとイルカに顔を突っ伏したままだった。


「…向日さん、顔上げて?」

「え…うわっ」

「あははっ!」


両手でお風呂のお湯を飛ばすように、海水を飛ばす。思ったより少量になったが彼女にヒットした。

顔に掛かった海水を拭い、頬を膨らませて怒っている。


「何すんの、よっ!」

「ぶっ!」


彼女は片手で手の平いっぱいの水を掛けてきた。見事に顔面に掛かり、少しだけ目に入り。「いてて、」と小声で言ったつもりだったが、彼女にその声が聞こえてしまったみたいだ。


「ごっごめん、大丈夫…?」


彼女は俺の顔を覗き込む。俺は「うん、大丈夫だよ」と言って顔を見ると、思ったより距離が近かった。


-むぎゅっ


「いで…っ」


濡れた手が俺の頬をつねる。仏頂面なのは変わらないが、頬が少し赤く染まっている。これは、“照れ隠し”なのだろうか。


「心配させないでよ、ばか」

「え、心配ひてくれたの?」

「…!? ちがっ、う、よ…ばか!」


彼女は身を乗り出して両手で両方の頬をつねる。


「ひょっ、乗り出したら落ちるって…」


彼女の手を咄嗟に掴む。途端にバランスを崩して、案の定イルカから海に落ちてしまった。慌てて彼女を抱き上げ、彼女も顔の水を払っている。


「大丈夫!?」

「うん、大丈夫…ごめん、あの、降ろしてもらって大丈夫、だから…」

「え、あ、うん…」


ゆっくり体から腕を離し、足を底に着ける。イルカに乗せてあげるも、この水の深さではイルカも波で動くし難しい。


「…一回戻ろうか」

「え? …あ、うん」


イルカを引っ張ってパラソルの立つ位置へ戻ると、浅見たちがそこにいた。イルカを飛ばされないように置き、シートに座る。

時間を見ると、間もなくお昼になる頃だった。

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