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海岸に数人の人だかりを見つけた。特に何をするでもなく、ただ話をしていただけだった。彼女の隣に郁也がいる事以外は、いたって普通の光景だ。
「皆さんお待たせー!」
山下が花火の袋を開けると、さっそくみんなそれに集まって来た。俺はバケツに海の水を汲んで、真ん中に置く。各々気になる花火を手に持ち、山下が先に火を点け、それから直接火を点けていった。
俺が何にしようか漁っていると、隣に誰かがしゃがみ込んできた。
「あれ、向日さん花火は?」
「…今選びに来た。さっきはみんないて、ゆっくり見れなかったから」
「そっか。何にしようかなー…あ、これにしよ。向日さんは?」
「…同じやつある?」
「うん、あるよ」
「じゃあそれにする」
向日さんは俺の手から花火を受け取ると、近くにいた子から火をもらって点けた。
その瞬間に彼女の顔がぱっと笑顔になったのを見逃さなかった。
「(あんなに楽しそうに花火やるんだったら、もっと色んな種類のやつ買って来ればよかったな…)」
そしたら、彼女の色んな表情が見れたかもしれない。笑った顔一つでも、微笑んだり、はじけたり。
もっと色んな顔が見たくなって、近くに行こうとした。
「あれ、柿原くん火点いてないじゃん。よかったらどうぞ」
「えっああ、ありがとう」
近くにいた鮎川さんが声を掛けてくれた。
火の勢いが強く、とりあえず花火を下に向けて持ったまま、二人して隣に並んで立った。
どっかのアホが似たような花火を遠くで振り回してはしゃいでいるが、森山さんに怒られた。
「あ、買い出しありがとう。私たちも行こうと思ったんだけど、」
「いいよ全然。寧ろ夜に女の子たちだけで歩くなんて危ないし。あのアホが同じ買い出し係でとんでもない花火買おうとしてたけど」
「あははっ、山下くんには申し訳ないけど、何となく想像できちゃうかも」
「ねずみ花火しか入ってないやつとか斬新じゃね、とか言い出して。足元火だるまになるわ」
「足元火だるまはやだなー」
「でしょ?」
鮎川さんとそんな他愛もない会話をしていた。
火が徐々に弱まり始め、次は何の花火にしようか考えていると。
「……ねえ、柿原くん」
「ん?」
鮎川さんの花火が静かに消えていった。俺のももうすぐ火が消えそうだ。
彼女は俺の方を向いた。
「…私、柿原くんのこと、気になってるんだ。もしかしたら、好きかも」
「え…」
タイミングがいいのか悪いのか、俺の花火の火が消えた。
彼女は言葉を続ける。
「今日会ったばかりで、見た目だったら一番好みかなってくらいだったんだけどね。でも実際話してみたら、すごく話しやすいし、一緒にいると、すごい楽しくって」
「……」
「…あっでも、これ、告白ってわけじゃないから! いや、好きかもとか言っておきながら告白じゃないって矛盾してるね、あはは…」
鮎川さんは懸命に言葉を伝えようとしてくれている。その姿に、正直少しだけ惹かれた。向日さんが好きなはず、なのに何で揺らいでしまうんだろう。
「…でも、これをきっかけに、私の事意識してもらえたらと思って」
「…っ!」
さっき山下が言っていたのは、これの事だったのか。
“告白してスタート”
今鮎川さんはまさにスタートした、そして山下の言う通り、俺は彼女に対して無意識なんて出来なくなる。
行動一つ一つが意識的に行われたもので、意味を持つものになってくる。
“山下だから出来る事”じゃない。誰にだって、出来るはずなんだ。
俺はまた、逃げてただけなんだ。
「…うん、ありがとう」
今の俺にはそれしか言えなかった。
告白ではないと彼女が言うのであれば、その気持ちを尊重するべきだ。されてもいない告白を断るわけにもいかない。
鮎川さんは少し笑って、「花火取ってこよう」と、俺のそばを離れていった。
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