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―…
「…んん、あれ、」
あんなに眩しかった太陽がオレンジ色になって傾いている。寝てしまった事は理解したが、何時なのか、というか夕暮れになるまで寝てしまっていたのかと思い、とりあえず体を起こす。
と、お腹の辺りに何か乗っかっている。手に持ち上げると、パーカーだったが俺のではない。
「あ、起きた」
「あれ、向日さん…」
彼女は俺の足元に座っており、首だけ振り向かせていた。
「よく寝てたね。いびきかいてよだれ垂らして」
「まじで!?」
「うそ」
「はい?」
「あははっ」
「…~っ」
こんな冗談でも言ってくれるようになっただけましだと思った。そっぽ向かれたり仏頂面だったり、彼女の中の俺に対する印象は最悪だった。今日一日で、何とか普通レベルにまでは達したのではないか。
目標が低いとか言うなかれ。今まで何もしてこなかった俺からすれば、かなりハイレベルな闘いでもあったのだ。これは長期戦を覚悟した方がいい。
俺は彼女の隣に移動して、同じく体育座りをする。そして、おそるおそる聞いてみた。
「このパーカーって、もしかして向日さんの?」
「…それミキちゃんの」
「あ、そうなんだ…」
「…嘘。あたしの」
「…洗って返すね」
「いいよ、汚れてないし。そのまんま返してくれて大丈夫」
「でもよだれついてる」
「ほんとに!?」
「うそ」
「…~っ柿原くん、ばあか」
彼女はまた頬を膨らまして、仏頂面になってしまった。調子に乗りすぎたかな、と反省するものの、だんだんその仏頂面も可愛く見えてきてしまった。これは話をしながら、彼女のご機嫌が取れるようなものを探っていこうかな。
不機嫌な彼女とは裏腹に、俺は少し機嫌が良かった。
「…あの、そういえばみなさんは?」
とはいえ彼女の機嫌が悪い事には変わりないので、一応丁寧口調で尋ねてみる。
「……みんな海に行ったよ。もう今日は帰ろうかって言って、入りに行った。柿原くんも行けば?」
言葉は少し雑かもしれないが、口調はきつくはなかった。海に行くことを促している。彼女に従って海に入るのもいいかもな。でも、
「…いや、ここにいるよ。海は明日も入れるし。それに、明日は向日さんも入るんだよね?」
「…うん、明日は水着着る」
「海入ったら何する?」
「うーん、…イルカの浮き輪乗りたい。柿原くんに奥まで連れてってもらう」
「ははっいいよ。分かった、じゃあ明日それやろうね」
「約束ね。破ったらかき氷と焼きそば買ってもらうから」
「もしかして今日も食べたかった?」
「…今思い浮かんだだけ。でも明日は買ってもらうからね」
「うん、いいよ」
明日の夕方に電車で帰るが、その前にまた海に来る。明日こそは、彼女と一緒に楽しめる。約束だってした。約束を破ることなんてないけれど、かき氷と焼きそばは買ってあげよう。喜んでくれるだろうか、あの笑顔を見せてくれるだろうか。
好きだと自覚した途端に、どんどんその想いは募っていく。誰かにこんなに夢中になることがあるんだ。
「(なんて、心地のいい気分なんだ…)」
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