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俺としては特に何か話さずとも良かった。この状況がそもそも嬉しい、ただ隣に入れるだけで良かった。
しかし、彼女の顔を見る限りではそうも言っていられない。相変わらずの仏頂面。何か話さなければと慌てて話題を探し、ふと彼女の恰好に目を付けた。
「そういえば、みんなは水着だけど、何で向日さんはワンピースなの?」
「…あたし、今日柿原くんたちがいるなんて知らなくて、ここ来る途中で聞いた。そしたら水着とか恥ずかしくて着れなくて」
「そっ、か…」
誰だ彼女に来る途中でこの事を吹き込んだのは!と、言葉とは裏腹に気が立った。彼女には申し訳ないが、もし知らなければ水着で登場していたという事だろう。
せっかく、水着姿が見れると思ったのに。
顔に出さずにはいたが、小さく溜息混じりの息を吐いた。
「…ねっねえ、」
「ん?」
「かっ柿原くんはさ、というか一般男子的には? えと、…水着とか、嬉しいものなの?」
「そりゃあもちろん、向日さんの水着なんて、誰でも嬉しいと思うよ!」
「…そっか」
「あ、うん…」
俺は後悔した。何を声を張り上げて答えてるんだ。ほら、彼女を見てみろ。ついにそっぽを向いてしまったではないか。彼女は体育座りで膝の間に頭を埋め、顔を外に向かせている。
これは完全に引かれた。「こいつ何まじに答えてんの? つか、きも」と思われてるかもしれない。
彼女は郁也に“惹かれて”いる。
俺も彼女に“引かれて”いる。
一文字違うだけで心が弱る。俺のメンタル弱すぎだろ、これが所謂“草食男子”というものなのか。
「…明日は、水着、着ようかな」
「うん、きっと向日さんなら可愛いと思う」
「…っ! ありが、と…」
可愛いに決まってるさ。郁也の前では仏頂面とかそっぽ向いたりなんかせず、真正面からその綺麗な笑顔を見せるんだろう。
「…俺、郁也になりたい」
「? 何で榊くん…?」
俺のメンタルが弱ってる最中、バレーチームから二人やって来た。俺と彼女はその二人と交代し、彼女もバレーに参加する事になった。
彼女からボールが回ってくる時、他の人より力が入っているのは気のせいなのか。
近づく所か、寧ろ遠ざかってしまった真夏の昼下がりの事でした。
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