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「…っ郁也!」

「おお、正樹どったの?」

「にっ荷物番、代わるよ」

「あっまじで? ほんじゃあ俺はバレー行くわ」

「ひまわり、私も荷物番代わるよ」

「!?」


俺の後ろからひょっこり鮎川さんが顔を出した。俺は一気に青ざめた。


「(しまったー! そうだよな、男子が代わるのなら女子も交代するよな。俺全然考えてなかった…!)」


心の中では頭を抱えてしゃがみ込んでいる。気合い入れて行動したものの、俺の考えや行動には穴だらけだ。

彼女と二人きりになりたくて来たが、これはなかなか難しい事だと思い知った。


郁也が立ち上がり、ゆっくりと彼女も立ち上がり、二人が歩き出す。

俺はただ、見送るしか出来ない。


「(……それじゃあ、今までと変わらないじゃないか!)」


俺は咄嗟に彼女の手首を掴んで引き止めた。すぐに彼女は振り返り、かなり驚いた顔をしている。


「あっ、いや、えっと、あの…」


何か話さなければ、そう思うのに言葉が出てこない。そもそも、彼女を引き止めてどうすんだ。考えなしに動くからこうなるんだ。

散々考えた挙句、俺は彼女の手首を放した。


「…ごめん、何でもない」


彼女はまた歩き始めようとした。

かと思いきや。


「…クミちゃん、私やっぱり荷物番するよ」

「え? ひまわり何言ってんの。いいよ、バレー楽しんできなって」

「ううん、実はあたし、…今ちょっとお腹痛くって」

「そうなの? …それじゃあ、お願いね。すぐ様子見に来るから」

「うん」


鮎川さんに代わり、彼女が再び荷物番として残り、バレーには郁也と鮎川さんが入っていった。


「向日さん、大丈夫?」


俺たちはパラソルの下に座った。俺は持ってきたパーカーを彼女の肩にかける。


「それ着てな」

「…うん、ありがとう」


俺たちは二人とも視線を海に向ける。視界の端にはビーチバレーを楽しむ郁也たちが映る。郁也は女の子が打ったスパイク的なボールを返すも、そのまま後転する。

みんなが笑い、近くにいた子が郁也の頭についた砂を払ってあげる。


「(…なんか、爽やかな光景だな)」

「…ねえ、柿原くん」

「うえっ! はい!」

「うえって? …ふっ、何それ」


彼女は小さく笑った。

その横顔があまりにも綺麗で、思わず見惚れてしまった。

女の子の笑顔ってただ漠然と可愛いとだけ思っていたけれど、好きな人の笑顔というのは、可愛いだけじゃ表せない。


笑顔が綺麗だなんて、初めて思った。


「さっき、何で引き止めたの?」

「えっ、あの、えっと…」


“何で引き止めたの”

一緒にいたかったから、ここにいて欲しかったから。


「(なんて言えるかー!) むっ向日さんが、体調悪そうだなー、とか思って…」

「…あたし、お腹痛いなんて嘘だよ」

「そっそうなんだ、…何でそんな嘘を?」

「……かっ柿原くんが引き止めたから、何か話があるのかなー、とか思って」

「な、なるほど…」


彼女の顔を見ると、女の子の表情では見た事ないような仏頂面だった。もしかしたら本当は郁也と一緒に行きたかったのかも。それを俺が阻止して、しかもその理由があやふやすぎて怒ってしまったのか。

申し訳ない事をしたな、と少しだけ思う。でも気持ちの殆どでは、俺が引き止めたら嘘を吐いてまで残ってくれたのかと、それがすごく嬉しかった。


不純な動機で不純な理由で。

それでも彼女をここに引き止められたのは良かった。





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