岩永深琴

 未亡人は助けたが、芽衣が奪われた。あの薫という名のモデルとやけに好戦的な少女が先頭になって奪った。それはあの光景から見て間違いのない事実だ。だがわからないことがある。

「あの薫はどうしてああなった?」

 会議室の一角に集った一同に問いかけた。一同といっても野崎千恵とマイティマンの二人だけだ。

「わけわかんないよ」とうつむく千恵。

「私は彼とは面識がないからなんとも言えんな」と肩を竦めるマイティマン。

 頼りにならない二人の意見を無視して、考察を続ける。――単純に考えれば、薫は怪人になったのだろう。だが芽衣を攫った理由にはならない。芽衣が必要な理由があるのだろう。

「封印の聖女とかだったりしたらしまいにゃキレるぞ」

 そう呟く。千恵はそれどころじゃないといった風で反応を示さなかったがマイティマンの方はというと天啓を授かったが如く煌めいた顔をした。

「ふむ、そういう線もあるのか」

「おいおい、まじかよ」

 呆れてついそんなことがついて出る。

「さすがに封印の聖女はないとは思うが、彼女がキーとなる何かがあるはずだ」

「その何かに心当たりはないか?」

「私はないな。お嬢さんは?」

 千恵も首を横に振って答える。

 何も手はないと思った唸っているとマイティマンは俺に尋ねてくる。

「ところで君は凄い強さだったが、どこでそれを培ったのだい。後進育成のために是非とも訊いておきたい」

「秘密だ」

 そこをなんとかと頼み込まれていると部屋に長官が入ってくる。その背後には何故か睦月の姿があった。何故いるんだ、と訊こうとするも「なかなか帰って来ないから何かあったなとは思ったけど色々あったみたいだね」と呑気な口調で先んじられる。

「まったくだ。それでどうしてここに?」

「紹介したから長官に挨拶だけでもと思ってね。ちなみに起こったことは全て彼から聞いたよ」

 長官に手の平を向ける。

「まあいい。今回の件どう思う?」

「占いの結果かい? それとも僕の考えかい?」

 一応占いの道具は持ってきているよ、と小脇に抱えた四角い旅行鞄を掲げてみせた。

「――先に考えから聞かせてくれ」

 睦月と長官は椅子に腰掛けて、千恵以外の意見を聞く体制が整ったのを見ると語りだす。

「もう話し合っているとは思うけど、新崎薫は怪人側についたとみて間違いないだろうね。けど彼はこの世界に恭順していなかったし、何か思うところがあってだとは思うよ。それについては今は置いておこうか。次に芽衣さんのことだね。拉致られた理由としては三点考えられる。一つは人質として。もう一つは彼女が必要な場合。最後は元々向こう側の人間だった。この三つだね」

 説明が一度、止まったのを見計らい芽衣が拉致られた三つの理由について整理し始める。人質としての価値は高いだろう。元々芽衣は映画の主演女優を張るぐらいには大衆に知られている。

 芽衣が必要な場合というのはあるかもしれないが、その必要な場面が想像がつかない。

 最後の元々向こう側の人間だったというのは考えづらい。元々の意識は薄らいでいなかったわけだから、自分の意思で恭順するしかない。だが、恭順していたのならこんな拉致騒動は起きなかっただろう。だから恭順するのはこれからだとも考えられる。恭順させるために連れさったのだと。

「わけわかんねえな」

 結局のところ情報が少ない。それに尽きた。

「それじゃ占いに移るよ」

 睦月は鞄から紫の布に包まれたものを取り出す。それを机の上で開くと、台座にはめ込まれた水晶があらわれた。それに両手をかざす。その姿は妖艶さ漂う正真正銘の占い師のようだった。大型バイクを乗り回す姿を知っているせいか忘れがちだが、正真正銘の凄腕占い師であった。

「さて何を知りたいんだい?」

 その問いに今まで口数少なかった千恵が答える。

「カオルンと芽衣ちゃんがどこにいるのか教えて」

「二人の居場所だね」

 深く深く息を吐き、水晶を覗き込む。浅い呼吸をして、ジッと水晶を見つめる。その瞳に何が映っているのか、どのように見えているのか未だに疑問だった。何度もどのように見えているのか聞いてみても笑みを浮かべるだけで答えてもらえなかった。だが、実際に彼女の瞳には何かが見えている。そうでなければ説明がつかないことをしでかして――もとい、助けられてきた。そんな彼女は突如、クスリと笑った。笑みを浮かべるだけではなく、息を漏らして笑った。

「どうした?」

「いやあ、笑っちゃうね」と口元を押さえ、言葉を続ける。「二人がいる場所は僕らの実家の近くだよ」と。

 長官との会話が思い出される。あの時、俺に向かってくれと頼まれた研究所も俺の実家が所有する研究所だった。

「そこは研究所か?」と訊いてみると、「よくわかったね。もしかしてもう何かしらのイベントあったのかい?」と面白可笑しそうに訊かれ返される。

「ああ、あった」

 ちょうど長官もいたことだから、その場で許可を取り説明をした。睦月は始終面白そうなことになっているなと顔に書いていた。

「ふうん、面白そうなことに巻き込まれたもんだ」

 その態度に千恵は睦月に詰め寄る。

「芽衣ちゃんが攫われたんだよ! どうしてそんなヘラヘラしてられるの!」

「落ち着きなよ。こうなった世界は一定のルールの元で動いてる。どういうルールなのかはまだ調べてる段階だけど、少なくともヒーローと怪人という二極化した存在がいるんだ。下手な犯罪者がするような――そう例えばレイプとか殺人とか拷問とか非人道的な行いは簡単に起こるはずがないさ。まあ、なにか例外があるから確実とはいえないけど、向こう側についたとはいえ意識は保ってる知り合いがいるんだ。起こらないとみて間違いないよ」

「……けど、あのハサミ持った女の子はやりかねないよきっと」

 泣きそうな千恵を睦月は抱き寄せ、ポンポンと優しくたたく。

「こうは考えられない? 薫は彼女を守るために向こう側についたとか。それにこっちには最強無敵のヒーロー様がいるんだ。すぐに助けだしてくれるはずさ」

 睦月は俺を見て「ねえ?」と小首を傾げる。憎たらしいポーズだった。抱いた千恵が俺を見る。泣き顔だった。

「ああ! やればいいんだろ、やれば!」

「さすが総長、弱いものの味方だね」と睦月は千恵を撫でながら、そう言った。まるでそう言うとわかっていたかのように、言葉を紡いだ。

「どこまでわかってた?」

「占い師にみなまで言わせないでよ。恥ずかしいじゃないか」

「お前の価値観がまったくわかんねえ」

「人と同じ価値観してたら占いなんて嘘八百な業界で生きていけないよ」

「……とりあえず今日は帰るぞ。疲れた」

「それはどうかな」と睦月が肩を竦めると、巨大な声が響いた。それは外から聞こえ、その声は犯行声明文を読み上げていた。内容は科学者とその子供を引き渡せば、芽衣のことを返すというものだった。そして期日は明後日の正午とのこと。

 内容に辟易しながら音源はどこかと、窓を開ける。その声は街中の拡声器という拡声器から響いていたことに気づく。

「やり過ぎだろ」

「いや、これで世間はこの事件を知ることになった。動きづらくなった」とマイティマン。

「ああ、下手に動けばマスコミや市民の目を通じて犯人に伝わるってことか」

「察しがよくて助かる。……私が動くには準備が必要となったのだが、すぐに動ける人材はダークヒーローであり、まだ大きく名が売れていない君しかいない」

 俺はいい子いい子と慰める睦月の肩を掴む。

「どこまでわかってた」

「どこまでも」

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