岩永深琴

 長官室へ来たはいいものの、言伝のための秘書を置いて出て行ってしまったらしい。仕方なく俺は長官へと電話掛け、知った情報の報告をしていた。

「――というわけで核戦争を起こして世界征服することが目的みたいです」

 漫画の中や社会科のキューバ危機ぐらいでしか聞いたことのない言葉を棒読み気味に口にする。そんな俺とは対照的に長官は腕を組み、難しいを通り越し深刻な顔を浮かべていた。

「それ以上のことはぶっ倒れているだろうアイツらから尋問なりして聞いてください」

 そう言って、引き下がろうとした。全てから解放されるわけではないにしても、少しは休めるだろう。朝から動きっぱなしでクタクタだった。さらにここ数年の運動不足が祟ってかふくらはぎが張っていた。

 しかし、それは叶わなかった。

「実はこちらからも伝えなければならない件があるんだ」

 天を仰ぐ。

 そりゃそうだ。ここで素直に引き下がれたら、こんなトントン拍子に物事は進むはずがない。それにベタだが盛り上がる展開だ。だがベタだ。

「よくはない話ですよね」

「すまない」そう重い口調で告げられる。

 続く長官の言葉を待つ。

「警護を頼まれたあの女性が攫われた」

 やっぱりか――この状況でよくないことと言えばそういうことだろう。

「それで誰がどこでどういう風に攫ったのかわかりますか?」

 沈黙が起こる。

「なにか?」

 長官はふむとどこか納得したように頷く。

「いや、やはりあの方の息子だ。驚きの色がまったく見えない」

「やめてください。関係ないですよ」

「そういうことにしておこうか」

「話戻しましょう」

 苛立ち気味に言いのける。そういうところはまだ幼いなと笑われる。

「話を戻す前に深琴くんはあの女性がどういう人なのかわかっているかね?」

「いいや、今朝いきなり助けを求められてそれっきりだ。名前も知らない。けどどうせなにか秀でてるとかそんなとこか?」

 目を剥かれる。

「洞察力だけならもう当代以上か」

「戻しましょう」

 抑揚なく告げた。

「そうだな、戻そうか。――あの女性は科学者だ。将来はノーベル賞を取れるとも評されるている程の」

「専門は?」

「脳科学。春川コーポレーションに勤務している」

 春川コーポレーションと聞いてもピンとこなかった。睦月曰く俺は浮世離れしているらしいから仕方ないのかもしれない。そう睦月に言われた時のことを思い出す。メールで芽衣のことを聞いたときに、コマーシャルからその名前が聞こえてきていた。けれど、名前しか印象に残っていなく何をしている会社なのか皆目検討がつかなかった。

「よく聞く名前ではありますね。何している会社なのかさっぱりですが」

「M&Aで急成長した複合型企業だから仕方ないさ。有名な楽器企業がバイクのエンジン作ってるような会社だと思えばいいよ。ただ最近だと軍事関係と電波関係を中心に買収しているみたいだ」

 軍事と電波の組み合わせでパッと思いつくものといえば無線だ。無線がこのヒーローと怪人の世界でキーポイントになるとは思えない。だからきっと別のことなのだろう。

「その会社が今回の件と何か関係が?」

「あの女性が春川コーポレーションの研究内容を全て削除して、中身を奪って逃げていたと話してくれた。研究内容までは教えてくれなかったがね。だが相当非人道的な研究内容らしい」

「それじゃあ、あの人は研究内容を取り返すために攫われたと」

 首を横に振り、間違っていることを示される。

「いや、あの女性に隠したまま、既に実装段階にまで至っているらしい。その最終調整に必要なパスワードを知っているために攫われた」

 パスワードを知っているから攫われる。ベタだ。

「どうして攫われた理由を知っているのですか? 研究内容は話してくれなかったのに、女性すら知り得ないことを貴方が知っているのです?」

「君が捕まえた男の一人がゲロったよ。それとその男らに監禁されていた男性が内情のことを耳にしたんだ」

 無難な返答が返ってきた。もうすでに悪いと思っていた顔色は見当たらない。目はまっすぐ見据え、これが正しいという耳打ちされた答えをそのまま音読しているようだった。まるであの怪人と呼ばれるような輩と同じように見えた。

「事態は把握しました。だがこれ以上は関わり合う気はない。救出するのなら他のヒーローに頼んでください」

 長官は頭を下げた。今度は自然のように、芝居がかったかのようにどこか長官の恣意的な思いが含まれているようだった。しかし、それはどこかにレールが予め敷かれていることを意味してもいる。

「君の力じゃなければ意味が無いんだ。――最終調整場所は君の実家が所有する研究所だ」

 胸がキツく締め付けられた。

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