新崎薫
「なんのつもり?」
僕はジャックと名乗った少女に問いかけた。
「なんのこと?」
少女はおどけたような口調で、けれど癪に障る口調だった。
「勝手に電話に出たこと。それとジャックってどういうこと」
「駄目だった? あ、これから皆殺しする人が常識を語らないでね。それに言ってくれたじゃない。自分のことは裏切れないって」
僕は何も言い返せなかった。あの言葉は偽りないもののはずだったのに、それゆえまだ弱かった時の生活に未練があった。
「……いいよ。別に」
少女は目元を歪ませる。
「んーわかってくれてなにより。そういえばジャックはどういうことかも訊いてたね。あれは言うなればただのノリですよぉ。格好良さはジャックの方が圧倒的ですしねぇ」
「わかった。もういいいよ」
止めていた歩みを再び始める。ジャックは早歩きで僕に追いつき、腕にまとわりついてきた。「歩くの早い。もう少しゆっくり歩こ」と荷重をかけてきた。腕に気色の悪い柔らかさを感じる。
「胸当たってるから離れて」と言うと「嫌なの?」と訊かれた。
「気持ち悪い」と答えたら「ホモなの?」とありもしない容疑をかけられた。
「ホモじゃないよ」
「それじゃさっきの電話の相手は誰? それを答えてくれたら離れるから」
「アレだよ」
僕は該当ポスターを指さした。それは先週から公開された映画の宣伝ポスターだった。その中には芽衣の姿が収められていた。役柄のせいなのか、普段のキャラクターとは正反対のボンテージ姿という過激な格好をしていた。いつかこのポスターを見た千恵はよだれを垂らしながら三ヶ月は余裕でおかずにできるとか不吉なことを言っていた。
「アレは――なかなか面白い人と知り合いで。流石モデルとでも言ったらいいかな」
「どうでもいいよ」
「どうでもいいときたか。これからやることを考えたら。どうでもいいに越したことはないけど」
ジャックは突然僕の手を引き、道路脇に停めてあるリムジンの脇まで連れてきた。無理矢理乗せられ、続けてジャックも乗り込む。運転手以外に一人先に乗り込んでいた男がいた。そのシワ深さから定年も近い年齢に思えた。僕らはその男と背の低いテーブルを挟んで向かい合うように、革張りのソファに座る。
男は口端を曲げ、朗らか表情を作った。「やあ、同士たちよ」そういって動き出し、小さく揺れる車内でシャンパンを開けた。グラスに黄金色が注がれる。ジャックは無作法気味にそのグラスを掲げる。僕も遅れてグラスを手に取った。
「色々と聞きたいこともあるだろうが形式美的にとりあえずやっておこうじゃないか――このすばらしき世界に乾杯」
ジャックと男のグラスが鈴のような音色を奏でた。「すばらしき世界」などという悪の組織に似つかわしくない音頭に戸惑った僕は二人にグラスを差し出され、遅れて音を奏でた。鈴の音ではなく、金ダライ同士がぶつかったような鈍い音だった。
「さて、桜里くん。彼にはどこまで話した?」
「むかつくやつらぜーいんぶっ殺してやろうってとこまで。あとこれからわたしのことはジャックって呼んで」
「わかりました。では私達の本当の目的を話しましょう。私達は核戦争による世界征服をするつもりです」
白けた。僕がやりたかったこととかけ離れていた。男は慌てた様子もなく続ける。「表向きにはそうなっていますね」と男は笑みを影に落とす。「本当の目的は全世界の洗脳です」
「洗脳装置?」
ジャックはクククと喉を鳴らす。
男は続ける。
「この異常な世界にしたもの。――それが全ての原因だ。新崎薫くん」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます