中居芽衣
情報屋さんと名乗る少女に告げられた事実がようやく飲み込めた。そして私は急いで電話をかけた。相手は薫くんだ。しかし、一向に電話に出てくれない。着信音が留守番コールに切り替わる。すぐにもう一度かけ直すも同様の結果に終わった。
薫くんが何故ダークヒーローなんてものをやっているのか私にはわからない。――けど、想像はついた。
彼を初めて知ったのはとある雑誌のインタビューだった。インタビューも終わり、雑談になった際に薫くんの名前があがった。新進気鋭のモデルさんで、なんでも溜息が出るくらいどころか溜息のし過ぎで酸欠になるほどの美貌の持ち主だという。ただ、そのモデルが人間不信との噂で、信用できるごく一部以外はまともに喋ることすらできないという。あくまで噂の域から達しないものだった。後日、そのモデルとテレビの収録で一緒になった。話すことが苦手なのが、尾ひれがついて人間不信という噂になってしまったというのが彼を見た感想だった。ただその美貌のせいで、極度の口下手が不思議系と捉えられているのか好意的に受け止められていた。
その番組をキッカケに薫くんと野崎ちゃんと仲良くなった。仲良くなるにつれて薫くんとちょっとした軽口ならば叩けるようになった。ただ、時々物憂げに、もしくは暗くなることがあった。どうしたのと尋ねたら、いつも「気持ち悪い」と答えられた。体調が悪いのだと思っていたけれど、あの噂通りの何かを抱えていたとしたら想像はつく。
どん底の人生を送っていた薫くんの人生がいきなり輝きだした。不可のない人生を歩いてきた私でさえスポットライトを浴びたときは戸惑った。薫はその比じゃない。見捨てられたものから急にちやほやされた、そう考えればあの「気持ち悪い」という発言にも納得がいく。
もっと真摯に向きあえば良かった。こうなってしまうとは思わなかった。けれどどうにかできた。そう思えてしまい、悔しさが堪えられない。
携帯が震えた。薫くんからだった。
「今どこにいるの?」
開口一番に尋ねた。
「こーんにちわぁ。あなた、お友達ぃ?」
薫くんの静かな声とは似ても似つかない背筋を撫でるような声が聞こえた。
「誰なの?」
「そんなに邪険にしなくてもいいじゃん。ま、邪険どころか夜道に気をつけなきゃならない程度のことはしでかしてきたけどさぁ。もっとも夜道でしか気軽に歩けないけど。――ん、やっぱり電話は駄目だね。反応がすぐに返ってこない。わたしが誰かって聞いたよね。わたしは今話題のハサミ怪人っていえばわかるよね? ただ、この名前は気に入ってないからそうは呼ばないでくれよ。ジャック――そう、ジャック・ザ・リッパーなんてのは。ハサミ怪人より格好良さも残忍さも伝わるだろうし」
まくし立てられ、わけが分からず、けれど良くはない状況に頭がついていけない。再びまくし立てられそうになるところで、聞こえる声が変わった。今度は聞き覚えのある静かな声だった。
「僕だ」
「薫くんなのよね? 今どこにいるの?」
返事がなかなか返ってこなかった。
「――ごめん。僕は僕自身を裏切れない」
ようやく返ってきたものは私の期待を裏切るものだった。反応を示す前に切られてしまった。折り返し電話をかけるも、電源を落とされたらしく留守番にすら繋がらなかった。
「……どうしよう」
情報屋さんのことを藁にもすがる思いで見る。情報屋さんは共通の友人でヒーローの人に助けを求めてみればどうかと提案してくれた。情報屋さんにまでもう名が知られているなんて、本当に凄い人だと改めて尊敬する。
私は助言の通りに深琴くんに電話をかける。ワンコールで出てくれた。「どうした?」と開口一番、ぶっきらぼうに訊いてくることに安心を覚えた。それほど私はテンパッていた。
「どうしよう、薫くんが怪人になっちゃたわ」
深琴くんは三秒ほど遅れて声が聞こえてきた。
「薫ってあのイケメンか?」
そうよ、と応じる。再度何か考えているのか少し遅れて声が届く。「アイツは世界に順応していなかったよな」と。
「ええ、そのはずだったわ」
「今どこにいる? 俺の部屋か」
「今は川崎駅近くのマンションにいるわ。先日野崎ちゃんを助けたっていうあのヒーローさんと情報屋さんと女の子といるの」
「どうしてそこにいるのかは面倒だから聞かないが、あのオッサンがいるなら丁度いい。保護して貰え」
私を巻き込まないようにという配慮なのだろう。けれど薫くんのことがどうにかならないと気が気でなかった。
「薫くんはどうするの?」
「俺がなんとかする。だからこれ以上首突っ込むな。いいな?」
「わかったわ。薫くんをお願い」
私も何か手伝いたいが、足手まといにしかなれないのは目に見えてわかった。
「あ、仲間にジャック・ザ・リッパーとかいう女がいるらしいから気をつけて」
深琴は「ああ」と応えてくれたから、安心して通話終了ボタンを押せた。マイティマンさんに深琴くんから言われた通り、保護を求めた。マイティマンさんは指示をした深琴くんのことをニュービーにしては良い判断をしていると褒めてくれた。まるで自分のことを褒めてくれたように胸がほっこりする。
「では行こうか。もちろん小さい君も一緒に保護してもらおう」とマイティマンさんが亜美ちゃんを肩に乗せた。
「どこへ行くの?」
情報屋さんが代わりに答える。
「警察庁です。私達の信用できる友人がいます」
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