新崎薫
フードを深く被り、どこかの町を歩く。まだ今朝方だというのに多くの人が慌ただしく動いていた。その一方、柄の悪そうな者らも少なからずたむろしていた。離れたところでその男らを携帯をイジりながらそれとなく観察を始める。
そいつらはおとなしそうな眼鏡の中年男性を見つけると、いじめられていた時にいくども見た笑顔を浮かべた。その笑顔のまま、中年男性を取り囲む。ここからでも街中の喧騒にかき消されることなく聞こえる。下卑た笑い声が。
殺意が胸を締め付ける。昔の恐怖と今ならやれる歓びに打ちひしがれる。
目を閉じ、頭の中で一つ一つ丁寧に想像する。あのチンピラどもがもだえ苦しむ様を。呼吸すらできず目に涙がためる様を。事切れたごとく地面に倒れる様を。
イメージが固まる。
まぶたを開く。するとそこには先程までの想像と寸分違わぬ情景が繰り広げられていた。中年男性はその隙に逃げたのを確認すると、思わず口元が歪んだ。いけないと思い、手で口を隠す。
「お兄さん、やるねえ」
背後から声がした。振り向くとガードパイプ腰掛けた女子高生らしき者がそこにいた。高めのツインテールに黒とピンクのニーソックス、じゃらじゃらとシルバーアイテムを身にまとったパンクさが特徴的だった。モデル業界で働いていなければ、この子のこともチンピラの烙印を押していたと思う。元々母親が買ってきたものしか着ていなかった僕にとってオシャレという概念自体に疎かったのだから。
「ねえ、聞こえてんの? フードの中でイヤホンとかしてるわけ?」
周囲を見回す。監視のために街中から少し外れた場所にいたゆえ僕らしかいなかった。
「そう、あんたのこと。それにしてもやるねえ、手すらださないでヤるなんて」
心臓の鼓動が速まる。喉が絞られたように呼吸が苦しくなる。慣れない悪戯をしてしまった時に限って、バレてしまったかのような居所の悪さだ。きっとあの岩永とかいう人はこんな状況なんてなんともないのだろう。どこでも我が物顔で振る舞える。そういう人種だ。僕とは正反対の人種。目の前の女子高生もきっとそういう人種だ。この独尊的な目付きは嫌というほど覚えている。
「……いったい誰?」
「こういうときは自分から名乗るのが礼儀だぜ?」
言われるままに名乗るべきかどうか考えて黙っていると、女子高生は不意に腕にしがみついてきた。あまりに突拍子もない行動に体が固まる。
「怒らないで。こう見えてもお兄さんのファンなんだぜ」
細腕に柔らかいものを押し付けてくる。
「入江桜里。今話題のハサミ怪人ってやつだよ。ダークヒーローさん?」
「どうして僕がダークヒーローだと知っているの?」
「それは私の仲間になったら教えてあげる?」
仲間と聞いて鳥肌が立った。アイツらの顔がフラッシュバックする。
「ごめん。他を当たってくれないか」
細腕を振りほどき、足早に歩き出す。女子高生は再び僕の腕にまとわりつき「ねえ、怒った? 怒ったの?」と猫撫で声で耳障りなことを口にする。「才能あるんだからさ、一緒にやろうよ。ねえってば。話しぐらい聞いてよ」無視して歩き続けていると、片腕に体重をかけられバランスを崩された。
低くなった耳元で女子高生は言葉にする。
「怪人にもダークヒーローにもなれないようないじめで悦に浸っちゃうような奴をみんなみーんなぶっ殺してやろうっていう目的もあるのにいいのぉ?」
それはそれは艷っぽい声だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます