岩永深琴

「ほら、さっさと行くぞ」

 乙女と未亡人は目を丸くしたまま、動こうとしない。

「ねえここ、省庁ってやつじゃないのかい?」

 乙女が指さした先には灰色の外壁をした大きい建造物があった。案内板には中央合同庁舎第二号館と示していた。

「当たり前だろ。ここのお偉いさんに用があるんだから」

「ここには警察庁が入っているみたいですけど、そのお偉いさんとは警察庁長官ではないですよね?」と未亡人が小さく手を挙げた。乙女が「まっさか、そんなコネあるわけないってば」と笑い飛ばす。

「よくわかったな」

 驚いた乙女の唾が顔にかかる。

「汚えぞ」

「チミ達のコネはいったいどこから湧いてきているのかね」

 謝られることはなかった。

「秘密だ。ほら、行くぞ」

 受付を通し、長官室に案内してもらう。だだっ広い長官室には、七三分けのシワ深い男性が佇んでいた。秘書が礼儀正しく頭を下げ、退室する。

「睦月ちゃんの知り合いというから誰かと思えば、深琴くんじゃないか」

「お久しぶりです」

「今君は大学生ぐらいかな」

 胸がチクリとする。悪気はない質問なのだろうが、答えづらいことこの上ない質問だった。漫画家目指して、無職だなんて言えない。ほぼ家出同然だということは決して悟られるわけにはいかない。

「まあ、そんなところです」

 お茶を濁す。立ったままもなんだということで、応接室に通され、逆に不安になる柔らかさのソファに腰掛ける。

「ふむ、それでは一体何をしてほしいのかね」

 女性の紹介し、事件のあらましを説明する。

「つまり、その組織の捜査と警護をしてほしいということなんだね」という長官の問いに頷く。

「構わない。けれどこちらからも一つ深琴くんにお願いがあるのだがいいかね」

 乙女が僕の肩に手を置く。

「なんでもどうぞ。うちのはなんでもやります!」

 人当たりが良さそうなのに気を許したのか、しゃしゃり出てやがった。

「ふむ、可愛いし、元気があって良いね。恋人かい?」

「いいえ、けど将来的には!」

「元気な子だね。応援しているよ。けど二股は良くないよ」

 二人はわっはっはと既知の知り合いのように笑い声をあげた。その一方で下手なこと言うなと釘を刺すべきだったと後悔する。うちの家がどんなに面倒な家系なのか、このコネを見れば普通は萎縮するだろう。興信所雇うことぐらいのことは普通にやるような家だというのに。

「では彼女のフィアンセに一つお願いだ。ヒーローとしてある調査をしてもらいたい」

 ヒーローということを知られていることに唖然とする。

「睦月に聞いたのですか?」

「いいや、警察の情報網を舐めてはいけないよ」

 今朝方警察が訪ねてきたのはそういうことかと腑に落ちた。

「それでその調査は何を調べたらいいのですか」

「そのイルミナティらしき組織が警察内部にも潜り込んでいるらしくてな、誰が鼠なのかを調べて欲しい」

 深みにハマるとはこのことだろうか。やけに深みがあるソファに尻がはまりながらそんなことを思った。

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