岩永深琴

「やればいいんだろ。やれば」

 ふてくされながらそう口にした。睦月の名を出されては分が悪かったし、これ以上のれん相手に押し問答を繰り返すのが面倒臭かった。

「それで結局、アンタは何をやらかして追われる羽目になった?」

 イルミナティらしき組織に追われていることまで聞いたが、その理由は聞きそびれていた。聞く気すらなかったからだ。

「私があるモノを持ちだしてしまったからです」

「何をだ?」

「それは申し上げられません。口に出してしまったら、もしもの時に危険が増します」

 そういうパターンか、とこれから先が見えてしまう。きっと無理矢理聞き出そうとしてもなんやかんや理由をつけて聞き出せないアレだ。下手すると変な第三者が現れる。根拠はある。それは先ほど逃げようとした時にえらい良いタイミングで現れた乙女が現れたことだ。記憶改竄されていない乙女が現れたということは何かしら外部の働きかけがあったはずだ。

「ならいい」

「え、いいの?」

 乙女が肩透かしを喰らったかような顔をしていた。

「問題ない。どうせあとでわかるだろう」

「なんでわかるの?」

「そうなるようにできてるからだ」

「さっすがヒーロー、正直わけわかめだけどわかったことにする」

 しかし、だ。

「それで、どうするの?」

 乙女は尋ねる。

「どうすっかなぁ」

 警察というヒントはすでに出ている。そこから辿っていくのが筋だろう。ツテはないわけではない。だが赤絨毯で導かれているような薄気味悪さを感じた。その先に続いているのが、そのツテというのが実家なのだから気のせいではないだろう。実家に連絡を取り、ツテを紹介してもらうのが 正攻法なのだろう。どこぞのストーリーテラーもそうなることを期待しているのだろう。

「誰が連絡するか」

 純度の高い不満の独り言に乙女がなんの話かと反応を示す。

「いや、なんでもねえ。ただ俺ができることは橋渡しだけだ」

「橋渡しとな」

「ああ。睦月が警察とのツテを持ってる。それでどうにかしてもらえ」

「警察に追われてたのに大丈夫なの?」

「みんながみんな敵ってわけじゃないだろ。それに俺らの家が持ってるツテならそのところは保証できる」

「……俺ら?」

 乙女が首を傾げる。

 余計なことを口にしたと視線を外し、奥歯を噛みしめる。

「――もしかして難しい家族関係だったり?」

 そんな心配は余計なほどにどこか明後日の方向に心配された。

「比較的まともな家庭で育ったわ」

「ま、いっか。そんじゃ早く紹介してよ」

 睦月に頼るのは弱みを見せることになるゆえ、できることなら避けたいがどうにも問屋がおろさないらしい。

 携帯で電話帳を開き、夏目睦月を選択し通話ボタンを押す。

「ほら、自分で頼め」

「りょうかーい」

 乙女は携帯を受け取ると和気藹々とした雰囲気で話し始める。「やはー」から始まった会話は「警察とのツテを教えて」といきなり本題ぶっこんだ。けれど「うんうん」とすんなり話が通じたような応対が聞こえた。「ではではではー」で話を切ると、えらいいい顔で親指を立ててみせた。

「うまくいったのか?」

 手を伸ばし、携帯を返すように促しながら尋ねる。

「うん、なんか目の前のヒーローに案内してもらえって。あとで携帯に会える場所連絡するってさ」

 携帯を返されるとともに面倒な答えまで返ってきた。

「めんどくせえ」

「拒否権はないからね」

「だからやるって言ってんだろ」

 そんな俺らの会話に黙って聞いていた女性が恐る恐る「あのう」と入ってきた。

「なんだい?」

 千恵が聞き返すと、「ほんとうに大丈夫なんですか?」と訪ねてきた。

「少なくともヒーローと一緒にいれば問題ないんじゃない?」

 そんな七割疑問の提案で返すと同時に手の中の携帯が震える。開くと睦月からのメールで、本文には約束を取り付けた旨の内容が書かれていた。

「お前ら行くぞ」

「どこに?」

「霞ヶ関だ」

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