岩永深琴

 三流の話に辟易しつつ、改めて女性に尋ねる。「組織ってなんだ」と。ラジオから聞こえるハサミ怪人の噂を耳にしながら、どうせどこかで聞いたことのある展開が待っているのだろうとたかをくくっていた。

「目的不明の秘密結社です。様々な業界に入り込み、内々から支配しています。その影響力は政府でさえ従えさざるをえないを聞きます。果ては自然現象をも司るとも。少なくとも、私は先まで警察に追われていました」

「どこのイルミナティだ」

 予想を遥かに上回る。青天井だった。

「世界中に影響を持つのであながち外れていないですよ」

 この世界にしたやつはSFと特撮が好きに違いないと結論付けて、これからの指針も結論付く。

「俺じゃ力になれない」

 そう伝えた瞬間、女性の顔が凍る。いまにも崩れ落ちそうになっていた。話を聞いてもらうところまできたのだから、どうにか力になって貰えると期待していたのだろう。だが、いくらなんでも力になれる限界がある。漫画に出てくるようなヒーローならば力にでもなんでもなったのだろうが、生憎ぱちモンでしかない俺には手に余る。それに一体全体どう対処しろというのだ。

「他の奴に頼め。俺はこれ以上警察に目をつけられたくない」

 立ち上がり、会計を済ますと喫茶店を後にした。すぐに後ろから女性が追いかけてきて、「後生ですから」と涙ながらに助けを求められる。崩れながら腰に抱きつき、まとわりつかれる。出勤時間になり人通りも増してきた喫茶店前でそんなことをやったものだから、朝から痴話喧嘩をよくやるなという下世話な視線を道行く人から集めていた。

 睦月に頼んで女性が安全過ごせる場所でも占ってもらうという逃げの一手を思いつく。。偉い先生方が忍んで助言を聞きに来る家の跡取りなのだから、隠れ場所を探す場所ぐらい朝飯前だろう。当ては紹介してやる、と言いかけたが喉元に押し留める。貸した借りは十倍返しにしてもらう主義で、返すアテがないのに無理矢理アテを作らせる奴に下手に頼ったら大変なことになる。きっと実家に強制連行されたのち、昔の仲間たちと引き合わせられる。

「お願いです! もうあなたにしか頼る人がいないですからぁ」

「知るか! 俺はこれ以上厄介ごとに関わりたくないんだよ!」

 反射的に声を荒げてしまう。そのせいか投げられていた好奇な視線は陰口を含んだものへと変わる。シチュエーションの違いは多分にあるが、この経験は馴染み深いものではある。だが何度体験しても慣れるものではなかった。踵を返し、その場を離れる。女性はしがみついてくる。「後生ですから」を連呼して。

 そんな折、一週間ぶり見る顔があった。その顔は女神にも、悪魔のようにも見えた。ただこの状況を打破するだろうとは直感した。

 その顔はこちらに気づくなり指差した。

「おおっと、未亡人となに面白そうなことやっちゃってんの!」

 悪魔な桃色乙女だった。

「出会い頭に真っ裸だった奴に言われたくねえ」

「サプライズだよ」と言って濁した乙女は改めて俺が置かれてる状況を観察すると、「あたし、お暇した方がいいパターンのやつ?」と小首を傾げる。

「ここにいて!」

 それが俺と女性の意見が初めて一致した瞬間だった。

 それから三人、近くのベンチに移動した。乙女を挟んで二人が両脇に座る。

「それじゃこの未亡人さんと何をしたのか白状しなさい」

 まるでイケナイことをやらかしたのような口ぶりだった。

「……それじゃ私から説明します」と女性がおずおずと小さく手を挙げた。女性は乙女に 説明を始める。女性の話が進むにつれ乙女は女性に同情的になってきた。最後の方は手と手を握って、友情らしきものを育んでいた。最終的には乙女が俺を指差して「人でなし!」と罵るまでになった。

「だったらどうしろってんだよ」

「ヒーローなんだからどうにかなるっしょ」

「なんだその無計画さ」

「おおっといいのかい? あたしには睦月ちゃんという強い味方がいるのだぞ」

 不敵な笑みを浮かべ、ウエストポーチを漁る。その笑みはどこか青めいていった。

「ない。携帯がない」

「探しに行くか」と立ち上がる。体良く逃げ出そうとしたところ、腕を掴まれた。

「逃げようたってそうはいかないよ。いいから助けてあげてよ。拒否したらあとで告げ口してやるから」

「どうしてそんなに助けたがる?」

 遠目をされる。

「こっちにも色々事情があるんだな、これが」

 三流のシナリオのあと、五流の現実を突きつけられて辟易しながら逃げられないと悟った。

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