野崎千恵

 少女と一緒に手持ち無沙汰で待っていたあたし達の目の前に現れたのは淡いゴールドのボディが艶かしい大型二輪車だった。獣の唸り声のように駆動音を響かせるそれに驚いた少女は慌てて、けれど無表情のままあたしの影に隠れた。獣の主がフルフェイスヘルメット越しにあたし達を一瞥する。女性だろうか。主が身につけたライダースジャケットは慎ましいながらも、女性を主張していた。おもに胸とくびれがそう主張していた。そんな色気にウットリする暇なく、投げられた無機質な視線にあたしは柄に間なく緊張した。少女を追っているのはコイツなのでは思い、少女を庇うように立つ。

 主はおもむろにフルフェイスヘルメットに手をかけた。ヘルメットを取ると、絹糸のような黒髪がこぼれ落ちた。無機質な視線は涼風を感じさせるものに変質する。彼女はむっちゃんだった。

「へ、むっちゃん? どうしてここに?」

 阿呆な声をあげたあたしに睦月ちゃんは口角を上げる。

「朝チュンしたのは僕ってことだよ」

 脳天かち割られたかと思うぐらいの衝撃だった。あのぶっきらぼうを絵に描いたような男にお熱を上げていると思いきや、狙っていたのはお付きの女性の方だったとは。いや、元々みこっちゃん狙いではあったものを、むっちゃんが感づき、そちらの世界へ誘ったと考えれば納得できる。そして、三人は泥沼の三角関係へ。ああ、そう考えたらご飯三杯は余裕でお代わりできる。

「朝チュン?」

 背後でそんな声があがった。

「ああ、それはねーー」とむっちゃんが未就学児にとんでもないことを教えようとしていたので慌てて「スタァーップ!」と口を挟んだ。

 そうして微笑を漂わせて「根は清純派なんだね」とあたしのアイデンティティーを崩壊させるに足る一撃をゴミ箱にチリ紙を放るが如く気安さで加えてきた。牙城を守るがために反論をするもそれが「TPOを守って楽しく下ネタ!」というよくよく考えれば真っ当過ぎた内容だったため牙城は自らの手により崩壊した。

「とりあえずその子が攫ってきたという子かい?」

 むっちゃんがあたしの背後に隠れる少女に視線をまわす。

「いや、攫ってないから。むしろ救出したんだし」

 芽衣ちゃんの誤解は解いた。そのはずだったが普段の行いがアレなせいで誤解が解けなかったのか、はたまたむっちゃんの粋なジョークか反論する羽目になった。

「もっとも、僕としちゃどちらでもいいけどね。とりあえずこれをその子に」

 むっちゃんはその女性らしい小さな体躯には不釣り合いな大きさのバイクから頭だけ隠れる黄緑色をしたヘルメットを取り出すと、あたしに向かって放った。それをキャッチして、それが子供用のものだと気付いた。

「その子に被せて、後ろに乗るように言ってくれないかな。責任持って愛の巣まで連れ帰るよ。君はここで待ってて貰えればまた迎えにくるよ」

 まだ言うかと突っ込みを入れたくなったが、グッと堪える。この女性はあれだ。ボケ倒すタイプの人だ。空気とか関係ない。自分の気が済むまでボケる性質だ。つまりはあたしの天敵だ。

「わかった。乗せればいいんだね」

 少女に「この人についていけば大丈夫だから。あたしもすぐに追いかけるから安心して」と言い聞かせながらヘルメットを被せる。少女は聞き分けよく頷いた。ちょっとぐらいは寂しいとか言ってくれたら抱きしめられたのにと、年の離れた妹のように思い始めていたあたしは少々寂しくなった。

 黄緑色がよく似合う少女を再び荒い息遣いを始めたバイクに乗せると、むっちゃんに尋ねる。

「よく子供用ヘルメットなんて持ってたね」

「都会はいいね。なんでも売ってて」

 まるで上京したての田舎者のようなことを口にして、それが垢抜けた容姿と

はまた不釣り合いで可笑しかった。

「それじゃよろしく」

 目を見て頼んだ。

「ああ、この子を送ったらすぐに迎えに来るよ」

 フルフェイスヘルメットに遮られた視線がこちらを向いている気がした。ハンドルを一捻りすると、バイクは雄叫びをあげた。むっちゃんはハンドサインで別れを済ますと、冷えた空気の中を疾走した。

 一人残されたあたしは暇潰しになにか面白いものはないかと周囲をキョロキョロする。そこでその姿を見つけた。くしくもそれは相手も同時だった。今はスーツ姿に衣装を変えているが、その顔と妙に大きすぎる肩幅までは変えようがないのですぐに気付いた。

「へんしつしゃーっ!」

 本日二度目の絶叫をあげて、あたしも疾走を始めた。

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