野崎千恵

 ついつい口元が緩んでしまう。テンションが上がりまくって、変なことを変な決めポーズで口にしてしまった。

 けどそれも仕方ない。あのおぼこ芽衣ちゃんがまさか恋をする日がくるなんて思いもしなかった。それも相談相手があたしだと考えれば、親友冥利に尽きるではないか。もちろん親友として二人をくっつけることに全力を注がねば。詳しく言えば刀が鞘に収まるように、穴があれば思わず指を入れたくように、二人をドッキングさせることを目的に二人の背中を押すもとい教唆する。

 シチュエーションとしては純情ラブラブっぷりを魅せつけるようなものもいいが、やはり荒い息遣いのその彼に芽衣ちゃんが押し倒されるというのも捨てがたい。

 ひと通り妄想を繰り広げ、満足すると現実へと戻ってくと、芽衣ちゃんたちと借りた部屋が視界いっぱいに広がった。先ほど到着したばかりだったあたしだが、それでも九時前には到着していた。当然あたしが一番乗りだと考えていた。けどそんなことはなかった。

 ソファで眠る長身の男に目を向ける。いつ見ても見入ってしまうような美青年ぶりだ。水晶の如く少しのことで粉々にくだけてしまいそうな雰囲気が、この男――新崎薫のモデルとして成功の大きな一因となっている。

 すやすやと寝息を立てる薫はさながら眠り姫のようだった。それは本当に綺麗な顔をしている。他の男が寝ていたなら桃色妄想世界へダイブするのが常なのだけれど、薫ではそんな気が全く起きない。高尚な芸術作品を見ている感覚だ。余計な気を起こしたら道徳的にマズいような錯覚さえ覚えてしまう美貌だ。お肌なんか私より綺麗だ、こんちくしょう。

 ほっぺたに指を伸ばす。どんなケアをしているのか問いただしたくなるモチモチスベスベな感触。外を走り回っている私とは対照的に、透けてしまいそうなぐらい白い。腹立たしくなって思い切りぐりぐりした。透けていいのは、濡れたシャツだけだと相場が決まっている。世間がそうでなくてもあたしが今そう決めた。

 さすがに痛みが覚えた薫は唸り声をあげながら目を覚ました。

「なんなの」

 ハスキーボイスで文句を言われた。

「もう朝だよ。おはようさん」

「僕にとっては朝は寝る時間なの」

 薫はソファの背もたれに顔を埋めて再び寝る体制に入った。

「あたし今からシャワー浴びるよ」

「勝手にすれば?」

「覗いてもいいんだよ?」

「興味ない」

「うわ、今をときめく爽やか系美少女になんてこと言うのかな!」

 大げさに反応してはみたものの無視を決め込まれてしまって反応が帰ってこなかった。

 うむ、といつも通りのやりとりを終えたことに満足したあたしはシャワー室に向かう。

 ポイポイと籠に汗を吸った衣服を投げ捨てる。走ってここまでやってきたせいで体中が火照ってしまっていた。そんなとこに芽衣ちゃんからの声が届けばそりゃテンションも上がって、色んな意味で暑くもなってしまう。

 一回冷たいシャワーを浴びないと、このままどうにかなってしまいそうだった。きっと芸術品にまで盛ってしまうと思う。後ろ向きが人の服を着て歩いている薫のことを襲ったらそのまま息絶えてしまいそうだから、その一線だけは超えてはいけない。

 ぬるいシャワーが髪を濡らした。

 だんだんと思考が穏やかになっていくのを感じる。ショッキングな桃色世界が洗い流されていった。

 身も心もサッパリしたところで、シャワー室から出た。

 着替えを脱衣所に持ってきていないことに気付いた。

 身も心も寒くなった。

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