中居芽衣

 大変だ。

 深琴くんとの通話を終えてから二十分経った。あれから折り返しはかかってきていない。電話して無事かどうかを確かめたい。けれどもし隠れていたりしたら、着信音が鳴り響いたりしたらと思うとなかなか踏ん切りがつかなかった。

 けれど深琴くんが助けを求められるのは私だけだと思う。きっとそうだ。そうに違いない。大した理由付けはできないけれど、師匠方だって大した理由もないけれど愛しの君に逢瀬へと誘われていた。何か理由が必要なら、後々になって後付よろしく明かされる裏話があるはずだ。ご都合主義的な作り話なり、口実作りをしていたお師匠の生みの親だっているんだ。素人の私がしても許されるはずだ。

 よし、電話しようと意気込むものの天使と悪魔がささやきかけてくる。二人して出てきたくせに二人共「やめておけ」と一致した意見を述べてくる。そんなことを言われたものだから、どうしようどうしようと鏡の前で右往左往する。今日こそは遊びに行こうとばっちり準備万端の格好が鏡の両端から出たり入ったりを繰り返している。

 このまま一人で思い悩んでいては日が暮れてしまうと判断した私は親友に連絡を取った。

「やあやあや、今日のパンツは何色かな?」

 挨拶代わりのセクハラが飛んできた。

「今そんな場合じゃないの!」

「ちょ、なにどうしたの。穏やかじゃないよ」

「大変なの! どうしよう!」

「落ち着きなって。そんなんじゃ何が何だかわからないって。とにかく落ち着いて一つずつ話してみて?」

「昨日話してた彼が無実の罪で警察に追われてるの! どうすればいいの!」

 野崎ちゃんの悩む声が向こうから聞こえてくる。早く答えを、という手前勝手な気持ちが私をはやらせる。そうして野崎ちゃんはえらくいい声で「今すぐ助けに行き給え! 私らはいつまでも君を待とうではないか」とおっしゃった。

「ありがとう!」

 手提げ鞄を腕に引っ掛け、飛び出した。

 深琴くんは川崎にいると言っていた。横浜駅近くのここからならば電車に飛び乗れば十五分もあれば到着する。

 乗り込んだ電車の中で携帯を見る。深琴くんからの連絡はなかった。もう捕まってしまったのだろうか。不安が込み上げる。良い人の深琴くんは誰かを助けるためならきっとなんだってできる人だと思う。けれど警察のような人には無実の罪だろうと何もできないのだと思う。

 昨日助けられた恩返しをするんだ。

 私は意気込んだ。

 それがキッカケで仲良くなれれば。

 俄然燃えた。

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