10「バトルの後に」
マジシュー部、対、マジックシューターズ研究部。
三本勝負の結果、マジシュー部の勝利となった。
「わたしたちが勝ったってことは、ふたつの部は統合、広い部室が貰えるってことでいいんだよね?」
「ああ。そうなるはず……で、いいんだよな?」
「どぉーだかなぁ? あのふたり、特に愛海の方が、はいわかりましたーつって納得するとは思えねぇんだよな。一悶着あると思うぜ?」
「新太先輩……」
バトルを終えて筐体を出た晃人たち。
愛海部長と陸緒部長はみんなの前で向かい合っているが、じっと黙ったままだ。
「あの、新太先輩。愛海部長……大丈夫なんですか?」
「あんま大丈夫ではねぇなぁ。陸緒先輩次第だろうけど」
腕を組んで堂々と立つ陸緒部長に対し、愛海部長は俯いていて、表情を見ることができない。
勝ったのはこっちのはずなのに、ハラハラしてしまう。
「愛海ちゃん色々ため込んでたから~。負けちゃって、困ってるのかも~。優羽先輩、助け船出しますか~?」
「ううん。いい機会だと思う。ここからは、ふたりの問題だからね」
美月先輩と優羽先輩の会話が聞こえ、確かにと思う。
部同士の決着はついた。あとは、兄妹の問題だ。
なかなか動かないふたりだったが、陸緒部長が小さく溜息をついた。
「……愛海。勝負はついた。約束通り、部は統合する。構わないな?」
「私は……」
ようやく切り出した陸緒部長に、愛海部長は俯いたままぽつりと呟く。
「……マジシュー部には入らない」
「なに……?」
「部は統合で構わない。でも、私は統合したマジシュー部には入らない。どの部活にも所属しない」
「それは、シルバーマジシャンズを解散するということか?」
愛海部長は首を振る。
「チームは辞めない。部に所属しないだけ。問題、ないでしょう?」
「部に入らなければチームを組めない、そんなルールは確かにないが……しかし、どうしてだ? 不便なだけだろう」
「不便とか、そんなの関係ないっ。……それよりも、あなたがいる部にいたくないだけ」
「愛海……。そんなに嫌なのか? 僕がいることが」
「当たり前じゃない……私が、どんな想いでマジシュー部を抜けて……研究部を立ち上げたのか。まったく、これっぽっちもわかってない、バカ兄がっ、いる部活に! 入れるわけないでしょう……!」
三年生だった先輩たちが引退して、チームが解散になった時に。陸緒部長が、愛海部長たちの――シルバーマジシャンズに入らなかったから。
それで喧嘩になって、部が分裂したと聞いている。
だけど陸緒部長は……。
「なぁ、愛海。これは何度も言ってきたことだが、先輩たちが引退したあと、僕がシルバーマジシャンズに入るという約束はしていない。だがな、それは――」
「クリスタルマジシャンズが最高だったからとか、言うんでしょ? そんなのわかってたわよっ!!」
「なっ……なに?」
ちらっと陸緒部長が晃人たちを見るが、四人とも首を振る。優羽先輩にも視線を向けていたが、先輩も首を横に振っていた。
「私が気付いていないと思った? ムカツクけど、兄妹なのよ? あれだけ寂しそうな顔を見せておいて、わからないわけないじゃない!」
「寂しい顔? そんな顔、僕は…………いや。そう、だったのか。
だったらどうしてあんなに怒って、マジシュー部を辞めたんだ……?」
「だからっ! これっぽちも私の気持ちをわかってくれてないって言ったのよっ!」
愛海部長はようやく顔をあげて、涙を溜めた瞳でキッと陸緒部長を睨み付ける。
「お兄ちゃんの気持ちはわかってたけど! でも! それでもどうしても、私はお兄ちゃんにシルバーマジシャンズに入って欲しかった! 一緒にチームを組みたかったの!」
「だけど僕は! 君たちとクリスタルマジシャンズを比べたくなかったんだ! 僕がチームに入れば、どうしたって比べてしまう。もちろん君らが悪いわけじゃない。君らは君らの、僕らは僕らの素晴らしさがあったとわかっているから。だからこそ、比べるようなことはしたくなかったんだ!」
「うるさいうるさいバカバカバーカ! わかってるって言ってるでしょ! それでも私は、一緒にマジックシューターズがやりたいって気持ちを抑えられなかった! 一緒にいたら、どんどん気持ちが大きくなっちゃうじゃない! だから、だから私、私ぃ……あそこにはぁ……」
ついに泣き出してしまった愛海部長に、さすがの陸緒部長もオロオロする。
「ま、待て、まさかそれが分裂の本当の理由なのか?」
「まさかってなによ! そうに決まってるでしょ! うぅ……ようやく、気持ちが落ち着いてきて、沙織をスカウトして、再出発が切れるって思ったのに……。なんで部の統合とか言い出すの? なんで一年生を指導するとか言い出すの? なんでいっつも、他の人とばっかりゲームするの? 私とはゲームしてくれないのに!」
「いや、それはだな……その、みんな見てるぞ。一旦、落ち着け? 愛海」
「私のことぜんぜん見てくれない! お兄ちゃんのばかぁぁぁぁ! うわぁぁぁぁん!!」
子供のように号泣する愛海部長と、どうしようもないくらい、情けない顔を見せる陸緒部長。
そこへ、優羽先輩が近付いて愛海部長を後ろから抱きしめる。
「……まったく。本当に、しょうがない兄妹だね」
「優羽……」
「陸緒、知らなかったでしょ? 愛海ちゃんね、私によく愚痴をこぼしながら泣いてたんだよ? お兄ちゃんの気持ちはわかるけど、一緒にチーム組むの諦められないって」
「あぁ……知らなかった、な」
「でもね、陸緒。この子はまだ、チームに入らなかった一番の理由を知らないんだよ」
「うぅ……。えっ……? 優羽、さん?」
「一番のって……優羽。僕は誰にも、君にだって話したことはないぞ……?」
「わかるよ。……チームメイトでしょ?」
「……それも、そうだな」
優羽先輩が、愛海部長の身体を離す。少し落ち着いた愛海部長が、陸緒部長の顔を見る。
「愛海。僕がシルバーマジシャンズに入らなかった理由は、実はもうひとつあるんだ」
「……もうひとつ?」
「そうだ。先輩たちが引退したあの日。あの大会の日に、僕には目標ができた。それはな」
陸緒部長は視線を逸らし、マジックシューターズの巨大観戦モニターを見る。
「来年、高校を卒業したら、また先輩たちと一緒にチームを組む。クリスタルマジシャンズを再結成する」
「さっ、再結成?」
「終わってないんだよ。僕の中で、クリスタルマジシャンズは。解散なんて……していない」
晃人は思わず、絢萌の方を見る。絢萌も、真剣な顔で陸緒部長を見ていた。
陸緒部長の考えは、リンクフォーシューターズに入る前の絢萌と同じだ。
未練があって、諦められなかったから。
新しいチームには入らず、再結成を望んだ。
「だが……すまない。愛海」
「お、お兄ちゃん?」
陸緒部長は、妹の頭をそっと撫でる。
「確かに約束はしていなかったが……。大会が終わる前までは、僕もそうなるのだろうと、シルバーマジシャンズに入ることになるんだろうと、漠然と考えていた。しかし実際に解散になった時、僕は諦めきれなかった。
そのことを隠して、約束していないと誤魔化したのは……僕の、間違いだった。本当に、ごめんな。愛海」
「お、お兄ちゃん……。私、私ぃ……うわぁぁぁぁん!!」
再び号泣した愛海部長を、陸緒部長はそっと抱きしめる。
「やっと謝れたね? 陸緒」
「本当に、優羽には敵わないな……」
*
「本当はね、もうお兄ちゃんのことなんか、どうでもよかったの」
「ど、どうでもいい?」
フードスペースに場所を移した一同。
テーブルをくっつけて10人座った席で、いきなりそんな風に切り出した愛海部長。
当然、どよめきが走った。
「沙織をチームに迎えて、バトルを重ねるうちに気付いたのよ。お兄ちゃんのことばっかり見てたらだめだって。ちゃんと、このチームのことを見なきゃって」
「愛海……」
「そんな時に統合の話を聞いて、火が付いちゃったっていうか、ね。やっぱり私は、この気持ちにしっかり決着を付けないとって思った。全部、ちゃんと言わなきゃって。
だから今回のチームバトルは、ちょうどいいきっかけだった。巻き込んじゃったみんなには、申し訳ないけどね。特に一年生。ごめんなさい」
そう言って愛海部長が頭を下げる。
「そ、そんな、愛海部長が頭下げることないですよ」
「晃人くんの言う通りですよー! 愛海部長はなにも悪くないじゃないですかっ」
「そうだよな。悪いのは陸緒部長だよな」
「だいたい陸緒部長のせいね」
「……客観的に見ても、みんなの言う通りだと思います」
沙織を含めた一年生が愛海部長を宥めたあと、一斉に陸緒部長をジト目で見る。
「も、もういいだろう? 謝ったぞ、僕は。……それより、今後のことだ。改めて聞くが、愛海。マジシュー部とマジックシューターズ研究部は、統合するということでいいんだな?」
「ええ、もちろん。それが約束だったから。名前も、マジシュー部でいいわ」
「研究部が無くなることになるが、本当にいいのか?」
「私は、マジシュー部を潰したかったわけじゃない。むしろ無くなって欲しくないと思ってる。だから、統合するならマジシュー部で構わないわ」
「……ありがとう。では」
陸緒部長は立ち上がり、腰に手を当てる。
「早速だが、マジシュー部部長として、ひとつ提案がある!」
愛海部長が怪訝そうな顔になる。晃人たちも、今度はいったいなにを言い出すつもりなのかと、ハラハラしていると――。
「愛海をマジシュー部の新部長に任命したいと思う」
「……わ、私が部長?! ダメよ、部長はお兄ちゃんが――」
「賛成の人は拍手!」
パチパチパチパチパチパチパチパチ――
立ち上がって抗議しようとした愛海部長だったが、全員から拍手を受けてひるんでしまう。
「異議は無さそうだぞ、愛海」
「まったく、いつも唐突なんだから。……そちらの一年生が本当に納得してくれるのなら、引き受けます」
晃人たちは顔を見合わす。
「納得してなければ、拍手してませんよ。それに今回のことで、陸緒部長は……その」
「うん……陸緒部長だと不安だよねぇ」
「愛海先輩、いえ、愛海部長の話を聞いて、反対するわけないじゃないっ」
「絢萌、お前もらい泣きしてたもんなー」
「そうだったの? 絢萌ちゃん。あ、ほんとだ涙のあとがあるー」
「なっ、泣いてないわよ!」
晃人も気付いていたが、敢えて黙っていたのに……。代未があっさりバラしてしまった。
「まーご覧の通りっていうかな。こっちとしても、指導は陸緒先輩でいいけど、部長には向いてないなって思ってたんだ。愛海部長がマジシュー部の部長になることに、異議なんてないっすよ」
「ありがとう……。ごめんなさい、うちのバカ兄が本当に迷惑かけたわね」
「バカとはなんだ兄に向かって。……ほら新部長。挨拶しろ」
「えぇ? 急に言われても……」
陸緒部長――先輩がイスに座ると、全員の視線が愛海部長に集まる。
新部長は一度咳払いをして、
「こほん。改めて、新部長に任命されました、柏沢愛海です。部は統合するけど、シルバーマジシャンズ、リンクフォーシューターズはそれぞれで練習を行うことになるでしょう」
同じ部とはいえ、違うチーム同士なのだ。そういうことになる。
少し、残念だ。リーナなんかは明らかに寂しそうな顔をしている。
しかしそこで、愛海部長と目が合った。部長は笑って、
「……ですが、せっかく統合したわけですし、積極的に情報交換を行い、大会に向けて練習試合を重ね、研鑽していきたいと思っています」
続けた言葉に、リーナの顔がぱぁっと明るくなり、手を叩いて喜び出す。
「ですよね、そうですよね! そうこなくっちゃ! マジックシューターズはみんなで楽しむゲーム! 一緒にがんばりましょうっ!」
リーナの喜ぶ姿に、みんなが笑顔になる。
ただ一人、美月先輩だけは涙目で、
「部長就任おめでと~。うう~、でも本当によかったよ~。愛海ちゃんずっと悩んでたから~」
「お前はなんでいつまでもメソメソしてんだよ……」
「だって~。新太君だって知ってたでしょ~? 愛海ちゃんが時々泣いてたの」
「……知らねぇよ。オレはバトルが楽しめればそれでよかったからな」
『言ってくれるじゃん。……しょうがねーだろ? 狡いのはオレの領分なんだよ。それにこのバトルに負けると、マナミのヤツがピーピー泣くだろうからさ。その方がめんどくせー』
晃人はバトル中の新太先輩の言葉を思い出す。
……本当は、ずっと気にしていたんじゃないだろうか?
「え~? ほんとに~? 新太君はすぐ誤魔化すからな~」
「誤魔化してねぇよ! それより! ミーティングはもう終わりでいいのか? 愛海!」
「そうね。生徒会長には明日報告するとして……」
「それは僕がしておこう。クラスメイトだからな」
「なら、今日はもうこれでおしまいね」
「よーしでは、バトルの打ち上げと、統合のお祝いをしようじゃないか!」
陸緒先輩がそう言うと、新太先輩がガタッと立ち上がる。
「うっし! コートぉ! オレたちはあっちでデートだ!」
「で、でーと?!」
「プライベートモードで時間いっぱいまで対戦すっぞ! ほら早く準備しろ!」
「いや、その、待ってください! 対戦って」
「勝ち逃げなんて絶対許るさねぇからな! 覚悟しろよぉ」
「げっ……。た、たすけて……」
「あはは~。新太君、終わったあとものすごーく悔しがってたからね~。ごめんね、沖坂君。付き合ってあげてね」
「あ、それじゃあわたし観戦します! リセット役もしますよー!」
「おう、頼むぜ! ていうかリーナ、おめぇもあとでバトルな!」
「いいですよー。ふふーん、楽しみだなぁ」
「それじゃ~私もリセット役で入るね~」
ぞろぞろと動き出す四人。
残ったメンバーは、少し呆れながら見送る。
「いいの? 代未。リーナだけ行かせて」
「あー、今日はもういいさ。ちっと疲れたしな」
「……ま、そうね。ジュースでも買ってくる?」
「だな。おーい、椎名。お前も行くか?」
「行きます。喉、乾いたし」
三人が飲み物を買いに行こうとすると、それを見たリーナが「あーっ!」と叫ぶ。
「新太先輩! 先にクレープ食べましょう! ほら晃人くん! いこっ!」
「えぇ? ……あ、そうだな! クレープ食べよう!」
「なっ、待ちやがれ! おい! くっそ、なんだよあのマイペース女!」
「いいじゃない~。クレープ私も食べたいな~」
「はぁ?! ……ったく、しゃあねぇなぁ」
結局バトルではなく、クレープを買いに行くことになったのだった。
「陸緒。楽しくなりそうだね、マジシュー部」
「ああ。本当に面白いよ、今年の一年は」
「ふたりとも、引退したつもりでいないでよ? お兄ちゃんにも優羽さんにも、まだまだ教えてもらいたいことはたっくさんあるんだから」
「わかってる。僕はリンクフォーシューターズの監督で」
「私はシルバーマジシャンズのアドバイザーだからね」
*
その後は本当に、打ち上げパーティー状態だった。
全員でリーナオススメのクレープを食べ、愛海部長はその美味しさに絶賛し、ハガーアミューズメントに通いながら今まで食べてこなかったことを後悔していた。
食べ終わるとやっぱり新太先輩とバトルをすることになり、晃人はボロボロに負けた。ただ最後の一本はギリギリまで粘ってタイムアップ。新太先輩は少しすっきりしない様子だったが、今度はチームをシャッフルして極大魔法のルールで対戦しようという話になり、ひとまず一対一は終わりになった。
チームシャッフルはかなり盛り上がり、今後も練習を兼ねてやろうか、という案が出る。普段と違うメンバーでプレイするのは、みんないい刺激になったようだ。
陸緒先輩と優羽先輩はゲームこそしなかったが、晃人たちの様子を見て楽しそうにしていた。
時々アドバイスをくれたり、冗談を言ってふざけたり……陸緒先輩が今回のお詫びにジュースを奢ってくれたり。
マジシュー部の部員たちは、時間の許す限り遊び続けたのだった。
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