9「10秒間の戦い」


「私たちはこのまま相手の儀式塔まで上がって、魔力注入を妨害してくるぜ!」


「コート、リーナ! そっちは任せたわよ!」


「わかった! ありがとう、ふたりとも!」



 ヨミとアヤメはきっちり仕事をこなしてくれた。

 あとはコートたちが魔力を注入できれば、勝つ可能性は十分ある。



「シンタ先輩、どこにいるんだ……?」


「後方拠点についたけど、いないね。ここに潜んでると思ったんだけどなー」



 コートたちを迎え撃つなら、ここが都合がいいはずだ。

 もしかしたら二人で戻ってきたのを見て、儀式塔前に移動したのかもしれない。

 残り時間は僅か。とことん魔力注入を邪魔するつもりだろう。


 潜伏からの奇襲は恐いが、探している暇はない。儀式塔へと急ぐことにした。



「……? あっ、コートくん危ない!」


「えっ?!」


「ミストバリア!!」



 バチンッ!!


 一瞬、なにが起きたのかわからなかった。

 真後ろで激しい音がして振り返る。

 どうやらミストバリアで魔法を防いだようだが――リーナは、瀕死のダメージを負っていた。



(これは……まさか!)



「――ミツキ、先輩! 後ろから来てる!」


「う、うそだろ?!」



 ミツキ先輩は、儀式塔で魔力を入れてるはずじゃ――。



「リング魔法! ハイドロストリーム!!」



 リーナは躊躇いなく、後ろにリング魔法を放つ。

 激しい水流を前方に撃ち出す、直線貫通タイプだ。



『プレイヤー:リーナが 敵プレイヤー:ミツキを倒しました』



「当てたのか?!」


「ふふーん、弾道でミツキ先輩の位置がわかったからね。さっきのこともあって直線貫通タイプに変えておいたんだけど、こんな形で役に立つとは思わなかったよー」


「さすがだな……。いやそれ以前によく狙撃に気付けたな」


「なんか気配を感じたんだよねー! ミツキ先輩のスナイプ、ミストバリアは破られちゃうけどギリギリ耐えられるからね! やられなきゃなんとかなる! それを試せた一本目のバトルは無駄じゃなかったな~、やっぱり。

 さ、コートくん。儀式塔はもう目の前――」



 言いかけたリーナの顔が強ばる。

 視線の先を追ってコートが振り返るのと、三つの火球がコートの身体を迂回して、後ろに飛んでいくのは同時だった。



「あっ――」



『敵プレイヤー:シンタに プレイヤー:リーナがやられました』



 ホーミングファイヤー。コートの身体に隠して飛ばしてきたのだ。さすがのリーナも避けられなかった。



「ごめんねっ、コートくん……あと少しだから、お願い!」


「あぁ……わかってる」



 コートはシンタ先輩と対峙する。先輩は、やっぱり儀式塔の前で待っていた。



「惜しかったなぁ? ふたりがかりなら、オレもやばかったぜ。ミツキを派遣してくれたマナミのファインプレーだな」


「そうですね。でも……俺ひとりでも、先輩を倒します」


「いいねぇ。はっはっは! やれるもんなら、やってみろや!」



 豪快に笑い、フレイムソードを創り出すシンタ先輩。



(……まったく、なんて顔してるんだよ)



 心の底から楽しそうに笑い、それでいて目はギラギラと、獲物を狙う狩人のように鋭い。

 この人は本当に、戦うのが好きなのだ。



「いきますよ!」



 コートは通常射撃魔法を撃ちながら、シンタ先輩との距離を保つ。不用意に近付いてもソードの餌食だ。



「そういや、さっきはスルーして悪かったなぁ。本当は相手してやりたくてウズウズしてたんだが、作戦だったもんでな」


「作戦、ですか。シンタ先輩、そんなの無視して戦いそうですけどね!」


「言ってくれるじゃん。……しょうがねーだろ? 狡いのはオレの領分なんだよ。それにこのバトルに負けると、マナミのヤツがピーピー泣くだろうからさ。その方がめんどくせー」


「ま、マナミ部長が? 泣く?」


「っ! ……大声出すなよマナミ! ああすまん、チーム通信で怒鳴られた。

 で、だ。今の状況、聞きたいか?」


「今の状況……?」


「そうだ。ミツキが前に出た代わりに、さっきやられたマナミが魔力注入してたんだ。それで今は――」



 シンタ先輩が言いかけたところで、コートの方にも通信が入る。



「こっち、儀式塔前だ! マナミ部長が出てきたぞ!」


「サオリが復帰して、魔力注入交代したのね」


「厄介な展開になったが任せろ! こっちには――!!」



「と、いうわけだ。そっちにも通信入っただろ? マナミが妨害に来た二人を相手してる。あとはサオリが魔力注入してればオレたちの勝ち――ん?」



 そこで、シンタ先輩の顔が曇る。



「リング魔法、ストーンウォール!!」



 ヨミの声が聞こえる。

 妨害タイプのリング魔法を使ったようだ。対象は――。



「あ、くそっ。残り10秒ピッタリで儀式塔にストーンウォール使いやがった!」


「そ、そっか、その手があった!」



 儀式塔をストーンウォールで囲んでしまえば、魔力注入もできない。

 バトルの時間は残り10秒。魔法の効果も10秒間だ。しかし――。



「へぇ、こっちの儀式塔76%だってよ。サオリ、ギリギリやってくれたぜ」


「なっ……」



 こちらの儀式塔は75%。1%負けている。つまり――



「10秒でシンタ先輩を倒して、魔力注入すれば俺たちの勝ちだ!」

「10秒でお前を倒して、魔力注入させなければオレたちの勝ちだ!」



 ――ふたりは叫び、残り10秒のぶつかり合いが始まった。




                  *




「ハイウィング!」



 シンタ先輩の横薙ぎをかわし、頭上すれすれを飛び越えて背後に着地する。

 背後を取ったコートはそのまま通常射撃魔法を撃とうとするが、火球が一つ、シンタ先輩の身体をぐるっと回って飛んでくる。

 それをかわした頃には、シンタ先輩はこっち振り向きながらソードを振る。たまらず距離を取るコート。



(これが、本来のホーミングファイヤーの使い方!)



 ホーミングファイヤーはチャージすれば五発までまとめて撃てるが、一発ならチャージ無しで撃てる。

 シンタ先輩はフレイムソードの攻撃の隙を、単発ホーミングファイヤーで埋めているのだ。

 陸緒部長から聞いてはいたが、実際対峙すると本当に厄介だ。



(向こうが勝つのに、シンタ先輩は俺を倒す必要はない。時間を稼ぐだけでいいんだ。でも――)



 きっと倒しに来る。ふたりの勝負に、タイムアップなんて望んでいない。


 目の前にいるのは、好敵手たる魔法使い。

 炎の魔剣と火球を操る、魔剣士だ。


 コートはずっと、このひとを倒す方法を考えてきた。

 対等に戦えるように鍛えてきた。

 作戦で、頭で。技術で、力で。

 目の前の魔法使いを越えたくて、努力した。



(魔法使いの頂点に立つなら――ここで、勝たなきゃいけない!)



 なにより。

 最強の魔法使い、リーナに託されたのだから。



 コートは右手に魔力を込める。

 まだ相手には見せていない、この魔法――。


 敵の魔法使いに、正面から突っ込む。

 待ち構えていた魔剣士は、炎の大剣を振り下ろす。



(タイミングは何度も練習した!)



 至近距離での振り下ろし。ヨミとの対戦練習で、何度斬られたことか。

 でもそのおかげで、回避のタイミングを掴むことができた。


 コートは練習通り、フレイムソードを紙一重でかわす。相手の顔が驚きに変わった。



「お前も避けんのかよっ」


「っ……! くらえ!」



 同時に飛んできた火球が腹に当たるが、一発だ。

 構わず右手に用意していた魔法を放つ。



「ダークブラスターかっ?」



 シンタ先輩はさらに踏み込み、コートに身体を寄せてきた。

 泥のような黒い魔力の塊が、シンタ先輩の脇をすり抜けていく。

 咄嗟に飛び退くが、シンタ先輩はぴったりくっついて来る。


 飛んでいった先で破裂するブラスター系の対処法として、避けてそのまま相手に近付き、破裂の範囲外に出るという荒技がある。

 コートがダークブラスターを使うことはバレている。シンタ先輩がその方法を取るのは予想できた。だけど――。



「おい。それ、二本目の時と?」


「……!!」



 バンッ!


 魔力がシンタ先輩の背中で弾ける。

 サオリに使ったのよりも、近距離で。



の、読まれて――)



「破裂距離を縮めてやがったか! だが関係ねぇ!」



 破裂した針がシンタ先輩に数本刺さるが、当然

 先輩はニヤリと笑い、この狭い間合いで剣を振り抜こうとし――。



「ハァッ?! なんっ……バインドだと!?」



 右手を後ろに回した状態で、シンタ先輩の動きが止まる。



「変えましたよ! ブラスターに!」



 バインドブラスター。ダメージはゼロだが、針を当てるとその本数に応じて相手の動きを止めることができる。

 ほぼすべての針が当りでもしない限りは、動きが止まるのは本当に一瞬。

 だがこの局面なら、それで十分だった。


 シンタ先輩が動けるようになり剣を振った時には、コートは既に間合いの外。

 空振りしたシンタ先輩に向けて、コートは通常射撃魔法を連射する。



「うおおぉぉぉぉぉっ!!」


「チッ!! ……あーあ、くそっ!」



『プレイヤー:コートが 敵プレイヤー:シンタを倒しました』



「ぐっ……。かっ、勝った!」



 最後の最後、シンタ先輩が執念で撃ったホーミングファイヤーが当たったが、食らったのはさっきのを含めてまだ二発。コートは生きている。



「コート、急げ! 終わってないぞ!」


「あ、あぁ!」


「急いで! コート!」



 残り4秒。コートはすぐ側の儀式塔に走り、手を付く。



「魔力注入……間に合え!」



 残り3秒。勝つためには、2%分入れなければいけない。



(76%にできればドローになるけど……それでも!)



 折角ここまできたのだ、なんとしても勝ちたい。なのに……。



「ダメだ! 魔力が……!」



 儀式塔の側面、手を当てた部分に浮かぶ、76という数字。

 しかしそこで、魔力がほぼ尽きていることに気付いた。

 シンタ先輩との戦いで魔力を使いすぎた。あと1%分の魔力がない。


 あと……1秒!



「コートくん! 諦めないで、最後まで魔力を入れて!」


「リーナっ!!」



 儀式塔の裏側、復帰したリーナが手を伸ばし――。




『タイムアップ! 現在の魔力注入量で、儀式塔から極大魔法が放たれます!』




「おい、今のどうなったんだ!?」


「間に合ったの? どうなのよ、コート! リーナ!!」



 チーム通信で叫ぶ、ヨミとアヤメ。

 コートとリーナは、魔力をため込んだ儀式塔を見上げる。



「俺の、見間違えじゃなければ……」


「わたしは、はっきり見えたよ」



 儀式塔から、巨大な光の束が放たれる。

 敵の儀式塔からも極大魔法が撃ち出され、ぶつかり合う。眩い光を撒散らし、そして――。



 コートたちの極大魔法が押し切り、敵の儀式塔を破壊、その後方に着弾し大爆発を起こす。



 魔力量、77%対76%で、リンクフォーシューターズの勝利だった。

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