エピローグ

「特別なパートナー」


「結局、新たにEVSが発現したのは、沖坂晃人と神津原絢萌の二人だけでしたよ。対戦したシルバーマジシャンズの中で、様子のおかしい人はいなかった」


「ふむ……そうか。もしかしたらと、思ったんだが」


「もう一つの報告の方は、、ですよ」


「ほう? 聞かせてもらおう」


「沖坂晃人と神津原絢萌が、それぞれ一人でマジックシューターズをプレイした時。……EVSが発現しなかったそうです」


「……それは」


「特に絢萌は、個人的に呼び出してランクモードをやらせたから間違いない。VR通話や、他のVRゲームで発現しないのも確認済みです」


「ふぅ……。本当に、、だったようだな」


「EVSは……」



「ああ。Evolutionエボリューション of Virtualバーチャル Senseセンス。……では、



「……もうひとつの仮説が、正しいと?」


Enchantエンチャント of Virtualバーチャル Senseセンス

 仮想感覚付与能力。仮想感覚の進化ではなく、リーナが自分の特殊な仮想感覚を、他者に授けているのではないか? という説だ」


「今のところ、ふたりは対戦なりタッグなり、リーナちゃんと一緒でなければEVSが発現していません。だから仮想感覚の付与だ、と」


「そういうことだ。もちろんまったく違うなにかの可能性もあるが、その説が濃厚だろう」



「はぁ…………。なぁ、この話、リーナちゃんには」


「もちろんしない。できるわけがない。そうだろう?」


「当たり前だ! リーナちゃんはやっと……やっと、EVSが発現する仲間と出会ったんだ。なのに、やっぱり自分だけが特殊だったなんて知ったらっ」


「その通りだ。……だから、これからもよろしく頼む」


「言われるまでもない。……リーナちゃんは、私が守る。って誓ったんだ」


「ありがとう。

 ……ん? もう帰るのか?」


「今日はアレの日だろ。リーナちゃんと約束してるんだ」


「ああ、そういえばそうだった。いってらっしゃい。気を付けてな」






「それにしても、Enchant of Virtual Sense、か。皮肉なもんだ。リーナのことを一番に思ってくれている彼女が、発現しない……授かっていないというのは」




                  *




「バインドブラスター!」


「っ……!!」



 コートの放ったバインドブラスターが破裂し、闇色の針が相手に刺さった。

 腕を振り抜こうと構えた格好で、動きが止まる。



「ウィンド!!」



 コートはそのまま、飛び退きながらウィンドを連射。一発目が命中し――



「――ミストバリア!」


「なっ……?!」



 相手の魔法使いは腕を振って二発目を払い、その回転の反動で三発目以降をすべて避けた。



「ウォーターランス!」


「あっ、しまっ――」



 その動きに思わず見惚れてしまったコートは、反応が遅れ為す術無く水の槍に貫かれるのだった。




                  *




「バインドは確かに武器使い相手には効果的なんだよね~。動きが止まるって言っても、プレイヤーの動きは止まらないから。腕をぶんって振り切ったのに、ゲームでは止まっちゃってる。ズレちゃうんだよ~。だから一瞬でも止まると、どうしても混乱しちゃう」


「こないだのバトルの前に、陸緒先輩にその話を聞いて、二本目と三本目でカスタムを変えるのを急遽思いついたんだ」


「うんうん。ギリギリでどうなることかと思ったけどねー。上手くいってよかったよね」


「新太先輩にカスタム変えたの読まれた時は焦ったけどな。さすがにバインドだとは思わなかったみたいで、助かったよ」


「でも新太先輩武器使いだから、バインドの対処法は考えてたと思うんだよ。でも不意打ちでどうしようもなかったのかな」


「……実際そのあとのバトルじゃ、当てさせてもくれなかったからなぁ。それに、リーナにはまったく効果がなかった」



 連休に入ったある日。晃人とリーナはハガーアミューズメントに来ていた。

 お互い私服で、リーナは水色のブラウスにピンクのミニスカート。カーディガンは着ていないが、春に見た時の服だ。


 今はプライベートモードで一対一のバトルをし、晃人が見事に負けたところだった。



「わたしのは武器創造系じゃないからね。ウォーターランスは一応射撃系だよ」


「いやそういう問題じゃ……。ミストバリアだよ。一瞬動きが止まったのに、動揺もなにもなく、普通にガードしたよな」


「うん? だって動きが止まるってわかってて、動き出すタイミングもわかっていれば、自分自身の動きを止めて、すぐにガードの動作に入れるでしょ?」


「……今さらっととんでもないこと言わなかったか? 動き出すタイミングって、普通わからないだろ」


「慣れるとわかってくるんだよ~。自分でディレイをかけるのが、バインド対策だからね」


「は、ははは……やっぱすごいな、リーナ」



 言うほど簡単なことではない。

 動きを止まるのがわかっていても、咄嗟にそんな判断ができるとは思えない。



(慣れ――。きっともう、身体が勝手に動くレベルの話なんだろうな)




「ねぇ。晃人くんは、マジックシューターズ。楽しい?」


「当たり前だ。特にみんなとやるようになって、前よりもずっと楽しい」


「そっか。じゃあよかった。あの時晃人くんに話しかけておいて」


「春休みのか? 突然ダメ出ししてきた」


「うぅ……あの時も言ったけど、あれは晃人くんがマジックシューターズを辞めちゃうと思ったからだよ!」


「わかってるって。……でもそうだな。あのおかげで、今は本当に楽しいよ。マジックシューターズが面白くてしょうがないんだ」


「……うん。わたしも。世界中で一番マジックシューターズが大好きだって思ってたけど、まだまだ、いっぱい好きになれそう」



 リーナはくるっと、晃人の正面に立つ。



「晃人くんのおかげでね。ありがとう」



 そう言って、元気に笑うリーナ。

 本当にマジックシューターズが好きで、今が楽しくてしかたがない。そんな感情で溢れた笑顔に、晃人は思わず……ドキッとしてしまう。


 同時に、あることに気付く。



「……リーナ。こないだ話したけど、俺、幼馴染みのことがあって、なんとしてもチームモードをやりたいって思ってた。今、それが叶って、叶ったからこそ気付いたんだ」


「叶ったからこそ? なにに気付いたの?」


「リーナたちのこと……幼馴染みの代わりにしようとしていたんじゃないかって」



 あの時の関係が、友情が、そんなもんだったの一言で片付けられてしまうのが、納得できなくて。そうじゃないって証明する方法を探していた。

 去年マジックシューターズに出会って、これなら証明できると思った。

 もう一度同じくらい強い絆を結んで、チームで勝つことができれば。


 でもそれは、リーナたちを幼馴染みの代わりにすると宣言しているようなものだ。



「酷いよな。リーナも、アヤメも、渡矢さんも。代わりなんかじゃないのに。今頃そんなことに気付いちゃったんだ」


「代わりかぁ……」



 晃人の話を聞いて、リーナは腕を組み、うーんと考え込む仕草をする。

 が、すぐに、



「うん、別にいいんじゃない?」



 あっさりと、代わりにしたことを肯定するのだった。

 晃人は思わずぽかんとしてしまったが、すぐに我に返る。



「い……いやいやいや! よくないだろ」


「ん~だって、ずっと代わりにするって話じゃないんでしょ?」


「そりゃ……もちろん」


「だったら、きっかけがそうだったってだけだよね? ならなにも問題ないよ。おかげで、わたしたちは繋がることができたんだから」


「リーナ……」


「人と人との関係って、だんだん変わっていくものでしょ? 始まりは幼馴染みの代わりでも、これからは違う。晃人くんは、今、気付いてくれたんだから。変わっていくよね?」


「……そうだな。ありがとうリーナ。リーナたちはもう、代わりなんかじゃない。俺にとって最高のチームメイトだよ」


「えへへ、よかった。わたしも今が、最高のチームだと思うよ」



 そう言って再び笑顔になるリーナを見て、晃人は……。



「……やっぱりな。リーナ、実はもうひとつ気付いたことがあるんだ」


「もうひとつ? なになに?」


「リンクフォーシューターズの……みんなの中でも、リーナは特別な感じがする」


「……えっ? や、やだなぁ晃人くん、いきなり何を言い出すの? 冗談?」


「冗談なんかじゃない。本当にそう思うんだ。俺は、リーナのこと……」


「ま、待って! え、そ、それって、晃人くん? わたしのこと、す、すっ――」




「おーい、リーナちゃん、お待たせ。そこで絢萌に会ったぜ」


「ふたりとも早いわね。なにかしてたの?」




 入口の方から代未と絢萌の声が聞こえて、リーナは手をばたばた振り回して続きを口にする。



「すっ――――『』よりも最高だってことだよね?!」



「すき焼き定食? あ、あぁー……前に作ったチームか。あれはノーカンだと思ってるし、あいつらは中学の友だちで高校違うから。最近ほとんど会ってないんだよなぁ……」



 悪友、とまではいかないが、普通の友だちだ。

 リーナたちと比べるなんてとんでもない。


 そうこうしていると、代未と絢萌が側までやってきた。

 今日はこの四人で会う約束をしていて、たまたま早く来た晃人とリーナが対戦をしていたのである。



「んん? どうした、リーナちゃん。顔真っ赤だぞ」


「えぇ?! そーかなー? いま晃人くんとバトルしてたからかなー? あはははは……」


「リーナちゃん……? いや、うん、まさかな」



 リーナが大げさに笑いながら答え、それを見て代未が腕を組んで首を傾げる。



「……どういう状況よ、コート」


「さあ……俺もよくわかんなくなってきた」



 確かに一対一でバトルをして、筐体から出て話し込んでいたが、バトルでそこまで熱くなっていたとは気付かなかった。




「ま、いいわ。それよりアレが始まるまでまだ一時間あるわよ? 集合早過ぎたんじゃない?」


「二時からだよな? マジックシューターズ新情報の発表って」


「そうよ。なかなかすごいことするわよね、この巨大観戦モニターに映すって」



 全ハガーアミューズメントのモニターを使い、新情報の発表を行う。

 そんな告知があったのは、一週間前のことだ。



「この時期の発表って、たぶん」


「間違いなく、大会開催の発表よね!」



 晃人は絢萌と頷き合う。

 夏に開催するだろうと噂されている、第二回極大魔法戦争マジックシューターズ大会。

 おそらくそれを正式発表するのだろうと、プレイヤーたちは予想していた。



「にしても、だ。一時間やるんだろ? 今日の。本当に大会開催の発表だけか?」


「確かに長いよな。もしかして、他にもなにか新情報が……?」


「あはは、なにかアップデートとかもあるのかもね~」



 こういったモニターでの発表は初めてだが、カスタム魔法やフィールド追加などのアップデートは、今までにも何度か行われている。大会開催の発表に合わせて、なにか来る可能性はある。



「……なんか、楽しみになってきたな」


「そうね。楽しみ。……って、だから始まるまでの一時間、どうするのよ? リーナ」



 今日、この時間に集まろうと提案したのはリーナだ。視線が集まる。



「ご飯でも一緒に食べようかなーって思ったんだよ。でもね」



 リーナは笑顔で、マジックシューターズの筐体を指さす。



「その前に腹ごなし。一回、チームモードやらない?」


「お、さすがリーナちゃん。飯はそこらへんでなにか買って、発表会見ながら食えばいいしな」


「いいわね。対シルバーマジシャンズの練習の時は、フリーでやることが多かったから、結局ランク上がってないのよね」


「そうなんだよー! 大会が始まるなら尚更! そろそろランク上げておかないとね! いいよね、晃人くん?」


「もちろん。……よしっ、リンクフォーシューターズ、出撃だ!」


「おーっ!」



 声をあげて、四人は筐体へと向かう。


 その途中、晃人はくいっとリーナに袖を引っ張られた。

 見るとリーナは少し頬を染め、歩きながら耳打ちをする。



「ね、ね、晃人くん。さっきなんて言おうとしたの? ほら、ヨミちゃんたちが来る前……わたしのことが、特別だとか……なんとか……」


「あぁ、あれは……」



 晃人は前方、代未と絢萌が一足先に筐体に入っていくのを確認してから、答える。

 あまり――特に、代未には聞かれたくなかった。



「俺は、リーナに惚れ込んでるんだなって」


「ほっ――ほれ?!」


「初めてタッグを組んだとき、リーナの戦いに目を奪われた。最強の魔法使いリーナに、俺は惚れ込んじゃったんだなって、気付いたんだよ」



 晃人がそう言うと、リーナは立ち止まる。

 どうしたのかと振り返ると――



「――ふふっ、あははははははっ! 惚れ込んだって、最強の魔法使いって……もう晃人くんは晃人くんだなぁ」


「え……そっ、そんな笑うなよ! 恥ずかしくなってきただろ!」


「恥ずかしがってればいいんだよ、晃人くんなんて。……それよりほら、行こっ! 最強の魔法使いの隣に並んで戦ってくれるんでしょ?」


「それは、もちろん……約束したし」


「じゃあ、晃人くんはわたしのパートナーだね! これからもよろしくっ!」



 リーナは晃人にウィンクして、肩を叩いて筐体へと駆けて行ってしまう。

 晃人はその背中を呆然と見ながら、ぽつりと、誰も聞こえない声でつぶやく。




「……リーナって、やっぱり……カワイイんだよな」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る