6「溢れる気持ち」


「まっ……待ってくれってば!」



 晃人はリーナに追いつき、腕を掴んだ。


 ハガ―アミューズメントを飛び出し、リーナは駅ビルの裏側へと走っていき、なんとか追いついたのは、線路と道路の間にある小さなスペースだった。街路樹とベンチが一つだけぽつんとあるだけの、広場とも言えない場所だ。


 晃人は乱れた呼吸を整え、背中を向けたままのリーナに問いかける。



「おっ、おしえてくれっ。俺とリーナ……なにが違うって言うんだ?」


「だ……って」



 リーナは一度深呼吸をし、手の甲で目元を拭ってから振り返った。



「まっ、前にも、言ったよ。わたし……」



 キッと晃人を睨むように見る。でもそれは、溢れ出しそうな涙を堪えるためのものだった。震えそうになる声を必死に押さえ込み、絞り出すように言葉を出す。



「わたしは、最初からっ、ずーっと、EVSが発現してるってっ」


「それは、聞いたけど……」


「だからっ、わたしは知らないの! 晃人くんや絢萌ちゃんが、ついこないだまで見ていた、普通のゲーム画面!」


「……!! で、でも、見たことあるんだろ? モニターで」


「あるよ? 動画だって、見たし。でもね? それとこれとは違うんだよ。わたしは体験したことがないんだよ。あのグラフィックで動くマジックシューターズを、やったことがないの!」


「……あっ」



 そうだ、それはわかっていたことだ。

 リーナは最初からずっとEVSが発現しているから、ゲームで得られる情報なのか、EVSでのみ得られた情報なのか、区別がつかない。そういう話は前にもしていた。

 つまりそれは、リーナが今言ったように、通常のマジックシューターズをプレイしたことがないということだ。

 通常のマジックシューターズと、EVSが発現した状態でのマジックシューターズ。

 両方体験できた晃人や絢萌と、片方しか体験できないリーナとでは、確かに違うのかもしれない。



「わたしね、ずっとズルいって、チートだって、言われてきた。フリーモードでも言われることがあるんだよ。ランクモードの時ほど、強くは言われないけどね」


「そうなのか?! それ、最近でも言われるのか?」


「う~ん……最近は、だいぶ減ったかな? とにかくね、ずっと言われてたから、ああ、わたしのプレイしているゲームは、みんなと違うんだ。ズルいって思われるくらいに、違うんだって、思うようになったの」



 ちゃんとした比較ができないから。

 ズルいと言われ続け、そんな風に考えてしまったのか。



「わたしはね、晃人くんが言う通り、マジックシューターズが好き。大好き。世界で一番好きだと言い切る自信がある。

 だからね、マジックシューターズをやめる、一切やらないって選択肢は、選ぶことができなかった。ランクの絡むモードだけやらないことにした。中途半端だって思われるかもしれないけど、でも、マジックシューターズが好きだから、やめることはできなかったんだよ」


「リーナ……」


「わたしは晃人くんみたいに、割り切れないよ。EVSが発現していても、自分が強くならなくちゃいけないのはわかってるけど、でもやっぱり有利なんだと思うから。自分だけ有利な条件でランクを競うのは、わたしは嫌なの。そんなの、ズルいから。自分が許せないよ」



 得られる情報に差があるから。

 だから、EVSが発現していること自体が、ズルい。



(……本当に、そうなのか?)



 EVSがズルくて、不正だというのなら。有利な条件だというのなら。

 SSSトリプルエスやSSの人は、どうやって勝ってきた――?



「……そうだ、そういうことなんだ」


「えっ……? 晃人くん?」


「リーナ。EVSが有利かどうかなんて、関係無いんだよ」


「関係無い? そんなこと、ないよ。関係大ありだよ」


「いいや。……聞いてくれ、リーナ。マジックシューターズは、ルールやシステム、魔法のステータスに差は無い。それでもランクがあって、強い人がいるのは、魔法のカスタムが上手かったり、フィールドを理解していたり、何度もプレイして戦い方を覚えたり……その人が、頑張ったからだ」


「……うん」


「じゃあ、同じだけ頑張った人は、同じランクになると思うか?」


「ううん……。それでも、差は出ると思うよ。だって、人によって得手不得手があるから。エイムが得意だったり、反射神経がよかったり。同じだけじゃ、ダメな場合もあると思う」



 晃人は頷く。

 どうしたって差は生まれ、それがランクに出てくる。

 同じだけ頑張って差があるなら、それ以上頑張って、埋めていくしかない。



「リーナ。俺が言いたいのは、その差のことなんだ」


「差のこと……?」



 リーナはわからないようで、首を傾げる。



「人によって得手不得手があるって、リーナ、言ったよな。得意な人と不得意な人がいるから、差が生まれる。

 じゃあ得意な人は、なんでそれが得意なんだ?」


「それは……同じだけ頑張った人同士って前提なら……『才能』?」



 そう、『才能』だ。

 頑張った量が同じでも、ランクに差があるのなら、その人には才能があったということ。



「リーナ、才能がある人は、ズルいか?」


「ううん。そんなことないよ」


「だよな。……EVSも、同じなんじゃないか?」


「同じ……って、晃人くん、もしかして」



 ようやく、晃人の言いたいことがわかったのだろう。リーナの目が見開いていく。



「EVSも、才能と同じだよ」


「で、でも……EVSは、進化した仮想感覚で……あれ?」


「その人の仮想感覚が進化して、よりリアルに仮想空間を見ることができる。それは、ズルでもなんでもない。才能と同じで、その人自身が持つ、力。強さなんだよ」



 晃人の話に、リーナの考えが、揺れているのがわかる。

 小さく震え、縋るように晃人を見る。



「わ、わたし、最初の頃……強すぎて、でもそれはEVSがあったから……で……」


「それは本当に、リーナにマジックシューターズの才能があったってことで、いいじゃないか。EVSに加えて、才能もあった。だから強かったってことだろ」


「わたしに、才能が……」



 もしかしたら――リーナにマジックシューターズの、魔法使いとしての才能があったから。

 EVSの有無よりも、才能の有無に嫉妬され、ズルいと言われてきたんじゃないだろうか。



「でもリーナ。才能の差は、努力で埋められる。同じだけ頑張ってダメなら、それ以上に頑張って、努力して勝つしかない。そしてそれは、稼働してからの一年間、みんなたくさんしてきたんだと思うんだ」


「この一年間……努力を」


「フリーモードで、ズルいって言われること、減ったんだよな。それって、全体のレベルが上がってきてるからじゃないか?」


「ぜ、全体のレベルが? あっ……でも、言われてみれば……そんな気も……」


「みんなが強くなって、リーナの強さに嫉妬する人が減った。ズルいと言う人が減った。それはつまり、リーナのEVSと才能に、追いついてきたってことなんだよ」


「そう……なの? そういう、ことなの?」


「SSランクやSSSランクの人たちは、恐ろしいくらい強いよ。現に……リーナは愛海部長に、


「あっ……それ、は」



 リーナは目を泳がせ、俯いてしまう。



「あの時、リーナはなにを思った?」




『……わたし、負けた……勝てなかった』

『リーナ……?』

『強かった……あの人。わたしは――』




 バトル中に聞こえてきた、リーナの声。

 その時感じたのは――



「――んじゃないか?」


「……っ!!」


「愛海部長に負けて、悔しいって思ったんだろ? リーナっ!」


「そん、なの――」



 リーナは勢いよく顔を上げる。目に涙を溜めて、晃人を真っ直ぐに見て、叫ぶ。



「そんなの当たり前だよ! 悔しかったに決まってるよ! 絶対勝ちたいって思った!!」


「リーナ……」


「負けたくなかったよ……だって、完っ全に、上を行かれたんだもん! 悔しいよ! 結局その後も打開できなくて、負けちゃうし、泣きたくなるほど悔しかった!」



 叫ぶリーナの目から、涙が溢れる。止められない、溢れる気持ちが、伝わってくる。



「ぜんぜん、勝てなくて……ぐっ……押されっぱなしでっ。うぅ……本当に、悔しかったよっ。……だからっ!」



 一度言葉を止めて、涙を散らすように首を振る。



「だから……もう一度、戦いたいと思った。愛海部長と……ううん、強い人と、もっともっと、戦いたいと思った」


「リーナ……?」


「だって、わかったから。わたし、なんかよりっ、ずっと……ずっと。たくさん戦って、強くなったんだって、わかったからっ。わたし、わたし……っ! それが本当に悔しいの! マジックシューターズ、こんなに大好きなのに! ランクモードも、チームモードも、できなかったことが!」



 リーナは弱々しい笑顔を晃人に向ける。



「わたしね。きっと……ランクモードも、チームモードも、すっごく楽しいんだろうなって、思ってたよ。強い人、たくさんいるのかなって、想像してた。ずっと我慢してたんだよ。

 でも……それなのに、あんなに強い人がいるんだって知っちゃったら……もうっ……!」



 晃人はリーナの肩に両手を置く。

 リーナはビクッとしたが、そのまま晃人と見つめ合う。



「やろうよ、リーナ」


「晃人……くん……」


「我慢する必要なんてない。EVSも、才能も。リーナの力なんだから。マジックシューターズが大好きで、やりたいと思ってるのなら、ランクも、チームモードも、やるべきだよ」


「わたしの……力。そっか……」



 リーナは胸に手を当てて、ぎゅっと拳を握る。

 涙が止まり、その瞳に強い光が灯っていく。



「リーナ、まずは愛海部長たちに勝とう。今は勝てなくても、あと二週間頑張れる。努力して、追いつこう――いや、追い抜こう! EVSも、才能も、努力も。全部使って、全力で勝ちに行こう!」


「……うん。次は、負けないよ」


「ああ。そしたらさ……リーナ、お願いがあるんだ」



 小首を傾げるリーナ。

 晃人は肩から手を放し、右手を差し出す。




「俺と一緒に、魔法使いの頂点を目指してくれないか?」




 リーナは驚いた顔をするが、すぐに笑顔になって、応えてくれた。




「うんっ! 絶対、なろうね! 魔法使いの頂点――最強の、魔法使いに!」




 晃人の手を取り、握手をかわし。

 二人は、誓い合ったのだった。


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