5「楽しくて、好きだから」
「晃人くんと、バトルをするの?」
「ああ。プライベートモードで、一対一のバトルをして欲しいんだ」
リーナに電話をして、ハガ―アミューズメントに呼び出した晃人。
もう夜の七時なのに、リーナはすぐに来てくれた。
晃人は制服のままだったが、リーナは私服に着替えていた。青のデニムワンピースに、白いカーディガンを羽織っている。
「どうして? マジックシューターズのことで話がしたいって言うから、来たけど……。あ、バトルするのは全然いいよ? むしろ望むところ! って感じだよ。ただ……ね。タイミング的に、さっき話したことで、なにか聞きたいことがあるのかなって」
「もちろん、その話と関係がある」
EVSは、不正かもしれない。ズルをしているのかもしれない。
だから、ランクモードとチームモードができない。
「リーナ。俺も、EVSが発現する」
「……うん」
「リーナって、EVSが発現した人とバトルをしたこと、ないよな?」
「もちろんないよ。……そっか、晃人くんとバトルをするってことは、そういうことになるんだ。どうなるかちょっと楽しみかも!」
嬉しそうな顔をするリーナを見て、晃人は頷く。
「俺とバトルすることで、リーナに答えを見付けて欲しいんだ」
「わたしに? ……答え?」
「EVSが、ズルいのかどうか。EVSが発現した者同士のバトルなら、それがわかると思うんだ」
「それはっ……! で、でも……わたしは……もう」
戸惑うリーナ。当然だ、リーナはとっくに答えを出しているのだから。
ランクの絡むモードはプレイしない。
考え抜いて、苦しんで、ようやく出した答えなのだろう。
「だったら、俺が答えを見付ける手伝いをして欲しい」
「晃人くんの?」
「俺はまだ、EVSがズルいのかどうか、答えを出せていない。だからリーナとバトルをすることで、答えを見付けたいんだ」
「……そっか、そうだよね。いいよ、約束したもんね。EVSのことレクチャーするって。晃人くんが答えを出す手伝い、ちゃんとするよ」
そう言って、リーナは真剣な顔で頷いてくれる。
(確かに、俺自身まだ完璧な答えが出せていない。だけどこのバトルで、リーナにももう一度答えを出してもらいたいんだ)
そのためにも、本気でリーナと戦いたい。
晃人は魔法をセッティングしたスマホを握りしめた。
*
『敵プレイヤー:リーナに プレイヤー:コートがやられました』
「っ……!!」
「これで二本目だねっ」
瞬殺だった。
開始まだ一分ちょっとなのに、コートは二回もやられてしまった。
改めて、リーナの強さを思い知らされる。
EVSはゲームに入ってすぐに発現した。
ゲーム画面が見えたのは一瞬だけ。発現までの時間がものすごく短くなっている。
これも、より適応したということなのだろうか。
フィールドはリーナと初めてタッグを組んだ時と同じ、森林フィールド。
中央に戻りながら、コートはリーナに話しかける。
「リーナ! ……五分間で、一本でも取れたら俺の勝ちってことでいい?」
「ええ~? そうだなぁ……わたしが勝ったらクレープ奢ってくれるなら、いいよ!」
「クレープ?! ああ~、わかった! いいぞ!」
「やったっ! よーっし、手加減しないからね!」
「お、おう! 当然、俺が勝ったらクレープ奢ってもらうからな!」
話の流れでクレープを賭けてバトルをすることになってしまったが――勝敗はあまり関係ない。
あくまで目的は、リーナに答えを出してもらうことだから。
でも一ゲーム五分間の中で、一本くらいリーナから取ってみたいとも思っていた。
情けない話だが、何本勝負をしても勝てる気はしない。それだけの力量差がある。
だけどリーナの戦い方はこれまで見てきたし、手の内も知っている。なんとか、一本だけでも取れないだろうか?
そう思って戦っているのだが――。
『敵プレイヤー:リーナに プレイヤー:コートがやられました』
「三本目~。ふふーん、コートくん、時間が無くなっていくよ~? コートくんの奢りのクレープ楽しみだな~」
ダーククロウで動きを止めて、と思ったが、あっさり避けられて反撃を食らってしまった。
(カスタム魔法をフル活用しないと、勝てない!)
セッティングを変える暇はなかったから、ハイウィングとダーククロウだ。
対するリーナも、ミストバリアとウォーターランスのはず。
「コートくん、なにか企んでるね?」
「えっ?! なんで、そう思うんだ?」
「顔見ればわかるよー。コートくん楽しんでるなって。諦めてない、勝つ気だってね!」
「なるほど、リーナには見えてるんだもんな」
今、森林の中央広場には、最強の魔法使いリーナがいる。
晃人がこれから挑むのは、そういう相手だ。
普通にやっても勝つのは難しい。でも、それでも――。
「……そうだよ、勝ちたいと思ってる! いくぞ!」
コートは中央の広場に飛び出すと同時に、通常射撃魔法を撃つ。
リーナが避けるタイミングで、ハイウィングを使って飛び上がる。
しかしそれは読まれていた。飛び上がった先に、通常射撃魔法が飛んでくる。
――が、コートは読まれることもわかっていた。
ふわっと飛んだだけですぐに地上に降り、リーナの偏差射撃が頭上すれすれを通過していく。
ハイウィングをフェイントに使用したのだ。
さすがのリーナも少し驚いてくれたようだ。
その隙にコートは通常射撃魔法を連射。
たまらずリーナは後ろに下がり、木の後ろに身を隠してやり過ごす。
すかさず、今度こそハイウィングで飛び上がり、木の枝に乗っかる。
そのまま動きを止めず、枝から枝へとハイウィング飛び移った。
葉のせいでリーナの姿は見えないが、それは向こうも同じ。木に向けて通常射撃魔法を撃ってくるが、どこに移動するのか読み切れないのか、攻撃がばらけている。
(さすがに移動しながら撃ってるか。射線で居場所がバレないようにしてる。でも、それなら)
ドンッ!
隣の木に移った瞬間、予測で撃っていたリーナの魔法が一発だけ命中する。
(もう当ててきた! さすが……!)
コートは枝からわざと落ちる。
右腕を魔法が飛んできた方に伸ばし、リーナの姿を確認しないで通常射撃魔法を撃つ。
(リーナは俺が移動しそうな方向に魔法を撃っていた。そのうちの一つが当たったのなら、一瞬だけ動きを止めて、こっちを見るはず!)
思った通り、リーナは追撃をしよう立ち止まり、右腕をコートに向けるところだった。
だけどコートの魔法の方が速い。
しかもリーナは上を狙っていたため、落下しながら撃ったコートの魔法に一瞬だけ反応が遅れた。
(このタイミングなら、リーナは回避じゃなくて――)
リーナは身をよじり、伸ばしていた右腕を肩を抱くようにして左側に引く。
あの構え、ミストバリアで防ぐ気だ。
リーナのミストバリアの判定は一瞬。いわゆるジャストガードだ。タイミングを併せるため、飛んでくる魔法に意識が集中するはず。
その隙に、コートはハイウィングで飛び上がった。
木を飛び越えて、リーナの頭上に急行、真下に腕を伸ばして――
「ダーククロウ!」
ミストバリアを使った直後、頭上からの攻撃。
さすがのリーナも避けられないはずだ。
ダーククロウを使った瞬間、コートの魔力が尽きてハイウィングが強制解除、落下を始める。
追撃はできないが、ダーククロウで動きを止めてしまえば、その間に通常射撃魔法を撃つ魔力くらいは回復する。他に敵がいないからこその作戦だが――
「……えっ?」
――リーナが上を向く。口の端をつり上げて、笑っていた。
リーナは右腕を左に引いて構えたままだ。その腕を、角度を変えて、真上に振り上げる。
(そんな、あれは再使用にはインターバルが……!)
「ミストバリア!」
「なっ……なんでっ!?」
バシンッ!
ダーククロウが防がれ、消えてしまう。
リーナは落下するコートに向けて、腕を掲げる。
「ウォーター、ラァァァーンスッ!!」
ズドンッ!!
手のひらから現れた鋭い水の槍が、コートを貫いた。
『敵プレイヤー:リーナに プレイヤー:コートがやられました』
「嘘だろ……また、勝てなかった」
「や~、すごかったよコートくん! 今の攻防!」
「待ってくれ、最後のって……あああぁ、そっか! こっちの通常射撃魔法! あれミストバリア使わずに、食らったのか!」
「コートくんの考えと同じだよー。一発だけならやられないからね。コートくんもそうやってわたしの位置を確認したんでしょ? だからわたしも、通常射撃魔法にはミストバリアを使わないで、次の攻撃に備えたんだよ」
「ああ~……やっぱり連射しないとダメだったか。でもそうするとダーククロウの魔力足りなくてさ」
「木の中をハイウィングで飛び回ってたからねー。あれはいい使い方だったと思うよ?」
「そ、そうか?」
コートは嬉しくなる。
リーナと出会った時、ハイウィングの使い方が悪いと、ダメ出しをされたのだ。
それが今、いい使い方だったと褒められたのは……素直に嬉しい。
「それにしても、ほんとドキドキしたよ~。コートくん、立ち回りだいぶ変わったよね!」
リスタート地点に戻ったコートは、すぐに中央の広場まで戻る。
今度はいきなり攻撃せず、お互い向き合う。
「リーナ、楽しそうだな」
「当たり前だよー。こんなに楽しいバトルは久しぶり! やっぱりマジックシューターズって最高だよね!」
「……顔を見れば、わかる。伝わってくるよ。マジックシューターズのこと、大好きだっていうリーナの気持ちが」
「コートくん……?」
今までのことを思い出すまでもない。
バトル中の生き生きとしたリーナの姿と、今の最高の笑顔を見れば、誰だって同じことを思うはずだ。
「リーナ。EVSはさ、ズルくなんかないよ」
「えっ……」
リーナの顔から、スッと表情が消える。
正直、リーナのそんな顔を見るのは辛いが、コートは真っ直ぐ見つめた。
「コートくん……どうして? どうして、そう思ったの?」
「簡単な話だよ。EVSが発現したからって、それだけで強くはなれないからだ」
「強く、なれない?」
「そう。リーナ自身が言ってたじゃないか。違う戦い方を身に付けないといけないって。……ほんと、そうなんだよな。EVSで得られる情報を生かせるかどうかは自分次第。結局、俺自身が強くならなきゃ、EVSだってなんの意味もないんだ」
「で、でも! 見えているものが違うんだよ? 一人だけ違うゲームをしてるんだよ!」
「今はもう、一人じゃないだろ。俺と神津原さんもEVSが発現した。同じ感覚を共有できるんだ。それも、リーナが言ったことのはずだ」
「そうだけど! でも……だめだよ、できないよ。フェアじゃないんだよ。こんな、わたしみたいな、おかしな人間は、ランクモードなんてやっちゃだめなんだよ!」
「おかしくなんかない!」
コートが声を張り上げると、リーナがビクッと肩を震わせる。
「頼むから、自分のこと……おかしいとか、もう言わないでくれ」
「…………」
「マジックシューターズが大好きだって気持ちが、溢れているから。だからこそ、俺はわかったんだ。リーナが本当はどうしたいのか」
「ま……待って、コートくん。だめだよ、それは……だって、わたし」
コートの顔になにを見たのか。リーナは目を潤ませて、イヤイヤをするように首を振る。
「リーナ。本当はランクモードもチームモードも、やりたいんだろ?」
「っ……!!」
「だったらやるべきだよ! さっき言った通り、EVSはズルくなんかない! 不正じゃない! だから……リーナ!」
リーナは首を振るのをやめ、コートのほうを向く。その目を見て……ハッとなった。
「……違うんだよ、コートくん。わたしはコートくんや絢萌ちゃんとは違うの……だから、わたしは、わたしはっ」
「リーナ……?」
一筋の涙が、リーナの頬を伝う。
「ごめんっ!」
『プレイヤー:リーナが リタイアしました。ゲームを終了します』
「なっ、リーナ!?」
フィールドが消えて、リザルト画面が表示される。晃人は急いでHMDを外し、スマホを掴んで筐体の外に出た。
「リーナっ!!」
見ると、一足先に筐体を出たリーナが、ハガ―アミューズメントの出口へと駆けていく。
「待ってくれリーナ!」
周囲の客がなにごとかと晃人を見るが、気にしている場合ではなかった。
(リーナ……あれは、苦しくて泣いている顔だ)
晃人も走り出し、リーナを追いかけた。
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