4「隣にいたから」
「……どうするのよ、沖坂」
「…………」
リーナと代未が先に帰り、フードスペースには晃人と絢萌のみ。
晃人はほぼ放心状態で、さっきまでリーナの座っていた席をぼんやり見ていた。
(リーナに、なにも言うことができなかった……)
テーブルの下で固く拳を握り、晃人は先程の話を思い出す――。
『こいつ、チートやってんじゃねぇか?』
『強すぎだろ、絶対なんかいじってる』
『おかしいよね、通報した方がいいんじゃない?』
「――リーナちゃんはこういう言葉を、何度も言われてきたんだ」
「まっ、待ちなさいよ! チートって、マジックシューターズにチーターなんているわけないじゃない。家庭用ゲームやネトゲじゃないんだから。そんなの誰だってわかるはずよ」
「お前の言う通り、マジックシューターズでチートなんて、この筐体とサーバーを同時にハッキングでもしない限りは無理だ。初期の頃に、スマホのアプリを改造しようとしたヤツはいたみたいだけどな。サーバーにアクセスした瞬間弾かれるし、どんなに偽装しても筐体で読み込む段階でアウト。すぐにアカウント抹消だ」
「く、詳しいわね、代未……」
「まーな。色々、調べたし。とにかくチーターがいるという考え自体、そもそもおかしいんだよ」
「でしょ? だったら、そんなのただのやっかみじゃない。リーナが強かったから、悔しくて言ってるだけでしょ。気にすることないわよ」
「普通ならな。沖坂、お前ならわかるんじゃないか? EVSが発現してから、何度かバトルしてるだろ」
「……俺は……」
晃人はスッと代未から目を逸らす。けどそれは、答えなくても肯定しているのと同じだった。
代未は一瞬だけ晃人に冷たい目を向けたが、誰も気付かなかった。
元の顔に戻り、話を続ける。
「僻みだろうと冗談だろうと、関係無い。チート、改造、不正……そう言った言葉を、リーナちゃんはスルーできないんだ。何故なら――」
「同じことかも、しれないから」
それまで黙っていたリーナが、ぽつりと呟く。
「他の人から見たら、たぶん、EVSはずるいんだと思うから。だって『チートなんじゃないか』って、つまり『ズルしてるんじゃないか』って言いたいわけでしょ? だからね、おかしいとか、チートとか言われても、わたしは言い返せないし、聞き流すこともできないの」
晃人は逸らしていた目をリーナに向ける。
さすがに、なにも言わずにはいられなかった。
「す、少なくともチートなんてしてないじゃないか! リーナはおかしくなんかない、否定したっていいはずだよ!」
だけど……違う。リーナが言ってるのはそういうことじゃない。
わかっていても、ちゃんとした答えを返すことができない。
晃人は自分の手が震えていることに気が付く。
(ダメだ、こんな言葉じゃ……もっと、なにか……なにか!)
でも、そのなにかが。晃人の口から出てこなかった。
リーナは悲しそうな顔で、ゆっくりと首を横に振る。
「……晃人くん。わたしのね、ここ、おかしいの」
こんこんと、指で自分の頭を叩くリーナ。
「人と違って、おかしいから。ズルしてるようなものなんだよ、これ。だからそんな人が、ランクモードをやっていいわけがない。みんな一生懸命やってるのに、ズルしてる人間が入ったら台無しでしょ? ……それが、わたしがランクモードとチームモードをやらない理由なの」
「リーナ……」
晃人は再び目を逸らす。
見ていられなかった。
自分の頭を指さして、おかしいと言えてしまうのは。
それだけ悩んで、苦しんで、傷ついてきた証拠だから。
(どれだけ……辛い思いをしてきたんだよ……!)
悲しそうに晃人を見るリーナと、目を合わせられず。
俯いたまま、晃人は尋ねる。
「リーナ。一緒にタッグを組んでくれたり、チームに仮メンバーとして入ってくれたのって……。俺がリーナと同じことを言われるんじゃなかって、心配してくれたからなのか?」
少しの間があって、リーナが答える。
「……うん、そうだよ」
――結局それ以上、晃人はなにも喋れず。代未とリーナは先に帰ってしまった。
前に、リーナが言っていたことを改めて思い出す。
『うん、これからはお互い共有できるんだよね。……晃人くん。EVSは、きっと思っている以上に辛いと思う。慣れるまで……慣れてからも、大変なんだよ。でもわたしがいるからね。きっと大丈夫だから』
思っている以上に辛い。その言葉の本当の意味を、晃人はまったくわかっていなかった。
EVSの本質に、気付いていなかったんだ。
他の人と見えているものが違うということが、どういうことなのか。
そんなことまで、考えることができていなかった。
「リーナは……」
ぽつりと、晃人は呟く。
「……リーナは、マジックシューターズが好きだから。ズルしていると言われながら――ズルをしているかもしれないと思いながら、ランクモードはできなかったんだ」
「……でしょうね。あたしだって、嫌だもの。あたしのしていることがズルかもしれないなんて、そんなこと考えながら戦えない」
「不正してランクを上げても意味が無いのと同じだ。結局自分が強くなれたわけじゃないんだから」
自分自身が強くなるのではなく、ゲーム自体を改造してしまうのは、間違っている。
晃人はそういう行為が嫌いだった。
「じゃあ沖坂。EVSはどうなの? あたしはまだ、実感湧かないけど……。ズルをしているの?」
「それは……」
自分自身の感覚が進化したものだというEVSは、不正なのか?
EVSのおかげで、バトルを有利に進めることができるのなら、それは――。
(……わからない)
でも、リーナはズルいと思っているのだろう。
だから、あんな悲しい顔で、あんなことを……。
「沖坂。もう一度、聞くわよ。……チーム、どうするのよ。あたしたちも、EVSが発現してるんでしょ?」
「…………」
絢萌自身が、さっき言っていた。
ズルかもしれないと考えながら、戦うことはできない。
EVSがズルくて、不正だと言うのなら。晃人と絢萌も、もう戦うことができない。
もし戦うことができたとしても、そこには――。
「それに、リーナは? ……チームに誘える?」
「っ……!!」
『きちんと話して理解させれば、諦めるだろ』
代未の言葉が、今になって突き刺さる。
結局、絢萌の問いかけに、晃人は答えることができなかった。
*
家に帰った晃人は、自分のベッドに倒れ、天井を眺めながら考えていた。
EVSは不正なのか? ズルをしているのか?
正直まだ、晃人は答えを出せるほどの恩恵を受けていなかった。
確かに有利だと思う。実際、相手の口の動きで行動が読めたりもした。
それを平等ではない、フェアではないと、不正扱いするのは……少し、違う気もする。
(でもリーナは、自分がズルいと思っているから……ランクモードやチームモードをやろうとしない)
代未の言う通りだった。理解した今、チームに誘うのは無理かも知れないと……思ってしまった。
あんなに悲しそうな目をしたリーナは、初めて見た。
これ以上チームに誘うのは、余計に傷つけるだけかもしれない。
(傷つける……? どうして、チームに誘うことでリーナが傷つくと思ったんだ?)
もちろん、あの顔を見たからだ。
誘いを断るというのは、それだけでもエネルギーを使うだろう。
(でも……そういうことじゃない)
だって、リーナはマジックシューターズが――
『うん! すっごく詳しいよ! あ、じゃあどれくらい詳しいか、教えてあげるね! そうだなぁ、まずこのゲームがどんなゲームかってところからなんだけど――』
『もちろん研究部の方も、マジックシューターズが好きなんだなぁっていうのがよぉっっく伝わってきたんだよ? でもね、マジシュー部のあの言い方はずるいっ。あんな風に盛り上げられたら、もうマジシュー部しか選べないよ!』
『……絢萌さんが入れ込む理由、少しわかった。……また戦いましょう、理流那さん』
『うん! またやろうね、マジックシューターズ!』
『わぁ! 面白そう! わたしもやる! 晃人くんもやろうよ! 一対一のバトル!』
『ねぇねぇ! わたしは? わたしはどうだった? 絢萌ちゃん!』
『えぇ? そ、そうね……あなたは、個人技は文句なしでしょ。余裕でSSランク狙えるレベルよ。少なくとも、Sランクであなたほど強い人、見たことないわ』
『おおぉ……そっかぁ。えへへ。照れちゃうなぁ』
――マジックシューターズが、大好きなんだ。
思い出すのは、マジックシューターズの話をする時の、嬉しそうな、楽しそうな、生き生きとしたリーナの笑顔。
春休みに出会って、高校で再会して一週間。決して長いとは言えないけど、隣でその笑顔を見続けてきた。
その気持ちを、受け取ってきたんだ。
(そうだよ……リーナの気持ちが、わかっていたから)
大好きなものを断らなくてはいけないのは、とても辛いことだ。
チームに誘っても、EVSのせいで断らなくてはいけないから。だから傷つく。
だったら……どうすればいい?
「どうすればいい? そんなの決まってるじゃないか」
晃人は身体を起こし、鞄からスマホを取り出した。
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