3「適応と段階」


「では、二本目は二週間後ということでいいか?」


「……いいでしょう。その代わり、陸緒部長。きちんとあなたが指導して。そうでないと、倒す意味がないから」


「もちろんだ。そうでなきゃ、今日戦った意味がないからな」


「なんかバカ兄の思惑通りみたいになってるのがムカツクけど……いいわ、だったらその思惑ごと、壊してあげる」


「またバカ兄と言ったな? 罰として、晩飯のおかず一品貰うぞ」


「なっ、あんたにそんな権限無いでしょ! デザート貰うからね!」



 バトル後、部長同士がそんな話をしているのを、晃人はぼんやりと聞いていた。


 マジシュー部とマジックシューターズ研究部。

 二つの部の統合と陸緒部長の退部を懸けたチームバトル、一本目はマジシュー部の惨敗だった。


 マジシュー部、ブルーガイム王国側の儀式塔の魔力は30%。

 対して研究部、レッドリウム王国側は60%でタイムアップとなった。


 リーナの宣言通り、二つ目の拠点は死守できた。だが、そこからまったく打開ができず、結局終始押され続け、晃人たちは拠点を一つも取ることができなかった。



(バトルで負けたことはもちろん悔しい。こんなことで二本目は大丈夫だろうか、という不安もある。でもなにより、今一番気になっていることは……)



「おう、コートってお前だろ? バトル中はあんま詳しく聞けなかったけどよ、どっかで戦ったことあるよな?」



 突然新太に話しかけられ、ビクッとする晃人。



『……んん? オレ、戦ったことある?』


『っかしいな、やっぱり今の?』



(そうだ、なにより気になるのは、あの時聞こえた……『』のことだ)



 新太はどう思っただろうか。もし聞かれたら、どう答えれば――。


 そんなことを考えていたが、新太は様子のおかしい晃人を見て怪訝そうに首を傾げるだけだった。

 あの時のことを突っ込んでくる様子は無い。勘違いで、片付けたのかもしれない。

 少しホッとして、晃人は聞かれたことにだけ答える。



「……はい、あります。一週間前に」


「ん~、フリーモードだよな、たぶん。わりぃ、やっぱよく覚えてねぇや」


「っ……!」


「もう~、後輩をいじめちゃだめだよ、新太君」


「いじめてねぇよ!」



 そこへもう一人の二年生、美月がやってくる。ふわっとした髪を揺らして、晃人に笑いかけた。



「あたしは、二条にじょう美月。ごめんね~うちのバカが絡んじゃって。迷惑でしょ~? 恐いよね~?」


「い、いえっ……」


「絡んだんじゃねぇって! ったく……。なぁお前さ、あと二週間あるんだから、ガンバレよ?」


「えっ? がんばれ?」


「二本目のバトルだよ。正直オレは、部の統合だとかどぉーでもいいんだけどさ。三本勝負で決めるって、なんかカッけぇじゃん?」



 晃人は思わずぽかんとしてしまい、返事ができない。



「でもその勝負も、こう圧倒的だとつまんないだろ。二本目をやるまでに、パワーアップしてきて欲しいわけよ」


「……パワーアップ」


「おうよ。その方が、面白いだろ?」



 そう言って、新太は笑う。

 口角をつり上げ、目をギラギラさせて。



(この人……純粋に、今の状況を楽しんでるだけなんだ)



 晃人はぎりっと歯を食いしばる。

 新太は一週間前のあのバトルのことを思い出せないと言っていた。なら……。



「先輩。次は、勝ちます」


「お? いいじゃん、いいよお前。勝ってみろよ、オレた――ぐふっ!」



 言いかけて、突然喉を詰まらせる新太。

 なにごとかと思ったら、襟を引っ張られ首が絞まっていた。



「ほら、後輩いじめてないで、帰るよ」


「まっ、はなして、優羽ゆう先輩! くるしっ」



 眼鏡をかけた女の先輩が後ろから引っ張り、引き摺っていこうとしている。



「喋れるなら大丈夫でしょ。……ねぇ、マジシュー部の君」


「は、はい! 俺ですか?」


「うん。君だけじゃなくて、一年生に。ごめんね、変なことに巻き込んじゃって。でも、少しだけ付き合ってくれるとありがたいかな」


「はぁ……」



 優羽先輩と呼ばれていた三年生は、ほんの少しだけ寂しそうな顔で、小さく頭を下げる。

 晃人はなんのことかわからず、曖昧に頷くことしかできなかった。




                  *




 本当なら、この後反省会をして解散……というところだったが、晃人と絢萌が集中できておらず、後日部室で行うことになった。

 リーナは反省会をしたかったようだが、二人の、特に絢萌の様子がおかしいことに気付き、了承してくれた。


 陸緒部長は先に帰ったが、一年生四人はハガ―アミューズメントに残り、フードスペースでテーブルを囲む。

 リーナと代未が並んで座り、その正面に晃人と絢萌。



「えっと~……絢萌ちゃん、大丈夫?」



 ぼうっとして俯いたままの絢萌に、リーナが心配そうに話しかける。


 もっとも、この席に座るまで、リーナも真剣な顔でじっと床を見つめていた。

 話しかけると、「ハッ、ごめん、今のバトルのこと考えてた!」と慌てて顔を上げる。それを三回も繰り返してようやくこの席に着いたので、よほど反省会がしたかったと見える。



(でも……申し訳ないけど、今はそれ以上に話したいことがある)



 バトルの内容以上に、を――。



「おい、なにかあるなら話せよな」



 代未はなんだかイライラしているようで、肘をついて指でコツコツテーブルを叩いている。

 一瞬自分が言われたのかと思ったが、どうやら絢萌に言ったようだ。



「あっ……うん。さっきのバトル、なんだけど」



 晃人は隣の絢萌の顔を見る。

 困惑し、言いたいけど言っていいものかどうか、迷っている感じだ。



(これは……まさか、絢萌は)



 バトル中にも思ったのだ。もしかしたら、絢萌は――と。

 思わずリーナの方を見ると、ばっちり目が合う。

 驚きと……確信。二人はこっそり頷き合う。



(いや待てよ、代未がいるここで、あの話をしていいのか?)



 絢萌に助け船を出していいものか、迷っていると――。




「いつもより……すごくリアルに、見えたり……しなかった?」




「神津原さん、それは――」




 絢萌を睨み付けながら、強い口調で代未が言う。



「いつもと同じ、変わらない、ただのゲーム画面だ」


「で、でも、あれはっ」


「……少なくともは、だけどな。でもリーナちゃん。それから沖坂は……違うんだろ?」



 代未が続けたその言葉に、晃人は息を呑む。



「渡矢さん、EVSのこと、知って……?」


「当たり前だ。前にも言っただろ、私は誰よりもリーナちゃんのことを知ってる。もちろん、EVSのこともだ」


「ま、待って代未ちゃん! わたし晃人くんのことは話してないよね? なんで知ってるの?」


「リーナちゃん……私が気付いていないと思った? ちょっとショックだなぁ。リーナちゃんが沖坂に執着してるのは、こいつにEVSが発現したからだ。もう何度か一緒にバトルしてるしな、見てりゃわかるって」


「うぅ……そっか。ごめんね、黙ってて……。本当は代未ちゃんに、一番に話さなきゃいけないのに」


「あ、謝る必要ないよ。言っただろ、私は誰よりもリーナちゃんのことをわかってるって。だから、気にしなくていい」


「……代未ちゃ~ん!」



 ひしっと代未に抱きつくリーナ。代未は少し嬉しそうな顔で、その頭を撫でる。



「ちょ、ちょっと! あたしを置いて話を進めないでよ! なんなのよ、E……V? なんとかって! 発現?? もう、ちゃんと説明してよ!」


「わかったわかった。しっかし、まさか絢萌までとはなぁ……」



 そう言って、代未はEVSについて、前にリーナがしてくれたのとまったく同じ説明を始める。

 絢萌にEVSが発現したことにも驚いたが、代未がEVSのことを説明できるほど詳しかったことにもっと驚いた。



(本当に、全部知ってたんだな。……あれ?)



 説明を聞きながら、晃人は思わず首を傾げる。


 ならどうしてリーナは、晃人のことを代未に黙っていたのだろうか?




                  *




「なによそれ……そんなの信じられるわけないじゃない。……ないけど、ああもう……わけわかんないわっ」



 頭を抱えてテーブルに突っ伏す絢萌。

 晃人にはその気持ちがよくわかった。


 EVS。

 Evolutionエボリューション of Virtualバーチャル Senseセンス

 人が仮想空間を見る感覚の、進化。


 そんな話をされたって、信じられるわけがない。

 だけど実際に仮想空間がリアルに見えてしまっているから、信じないわけにもいかない。

 絢萌は今、その狭間で揺れているのだ。受け入れるには、少し時間がかかるだろう。



「リーナ、渡矢さん。俺も聞きたいことがあるんだっ」



 晃人はテーブルに身を乗り出して切り出す。

 ひょっとしたらEVSの説明の中で出てくるかもしれないと思ったが、出てこなかった。

 口を挟むと絢萌がますます混乱するだろうと思い、ずっと我慢していたのだ。



「なんだよ、だいたい説明したぞ。そもそも沖坂はリーナちゃんから聞いてるんだろ? 今さらなにを聞きたいんだよ」


「待って代未ちゃん。わたしは晃人くんがなにを聞きたいのか、予想が付くよ」



 バトル中、晃人と新太のやり取りを聞いていたのなら、リーナは気付いただろうと思っていた。

 晃人は頷いて、



「さっきのバトルで、俺、新太先輩の声が聞こえたんだ。……チーム通信だったのに」


「……なに?」


「あ~、やっぱりそっかー。晃人くんも、声で聞こえるようになったんだね」


「リーナはずっと、あんな風に声が聞こえてたのか? 口の動きだけじゃなくて」


「うん、そうだよ。もうわかったと思うけど、これ、困ったことに広域通信との区別がつかないんだよね~。ほら、わたしも最初の愛海部長の通信、無視しちゃったでしょ? 普段広域通信で相手と会話なんてしないからさ~。どっちなのかわからなかったんだよねぇ」


「ああ……そっか、それで代未が」



『リーナちゃん! !』



 あれは代未が、リーナに広域通信だと教えていたのだ。



「でもリーナ、相手の口の動きでなにを言っているかわかったって話した時、声のこと言わなかったよな」


「うん。晃人くんはまだそのなんだなーって思ったからね」


「段階……。リーナも、最初は違ったのか?」


「最初は口の動きだけだったよ。でもいつの間にか声で聞こえるようになってたんだよねぇ。びっくりしたなぁ、あれ。なんの前触れもなかったし」


……なのか?」


「お父さんは、何度も仮想空間を経験することで、感覚がより適応したんだろうって、言ってたよ」


「感覚が、より適応した……」



 ああ、と腑に落ちた。なにかが変わったという感覚があったから。

 リーナの言うとは、そういう意味なのだろう。

 でもそれは……。



「俺は……きっかけがあったよ。あの頭痛がそうだと思う」



 バトル中に晃人と絢萌を襲った頭痛。

 それが治まった直後に、新太先輩の声が聞こえたんだ。


 もちろんその前から変わっていた可能性もある。

 リーナのようにいつの間にかそうなっていて、たまたま頭痛の後に気付いただけなのかもしれない。


 でも、晃人は何故か確信していた。





 聞こえるはずのない、相手の声が聞こえた。

 それに気付いた時に、頭に浮かんだのだ。

 あの頭痛が、次の段階に上がるきっかけだったのだと。



「う~ん、わたしは頭痛とか無かったんだけどなぁ。本当に、ある日突然だったよ。前の日も特別なことはしてなかったし、お父さんも純粋に成長したと考えればいいって、言ってたよ?」



 不思議そうに首を傾げるリーナ。代わりに、代未が真剣な顔で身を乗り出してきた。



「ちょっといいか。沖坂、お前はあの頭痛を境に変わったと思ってるんだな?」


「ああ、そうだと思う」


「確信してるんだな。じゃあ、絢萌はどうだ?」


「……そんなの、わからないわよ。あたしがリアルに見えた……その、EVSが発現? したのって、今日で二回目なのよ? 最初は沙織とのバトル中で、もともと広域通信で話してたし。今回はあたし、特に相手と話したりしてなかったから。成長だとかより適応したとか、わかるわけないじゃない。……ただ……」


「ただ、なんだ? 他になにか感じたんなら、言ってみろよ」


「……沖坂が確信したのも、わかる気がするのよ。あたしも頭痛が治まった時、なにかが変わったって、感じたから」


「変わった……。なるほどな」



 代未は一人納得すると、背もたれに寄りかかり、腕を組んで目を瞑る。

 なにか、考え込んでいるようだった。



「晃人くん。それからたぶん、絢萌ちゃんも。声が聞こえるようになったんなら、今まで以上に戸惑うと思うんだ。でも安心して、大丈夫! 普通にゲームする分には支障はないから。不安になることはないよ? だから誰かになにかを言われても、気にしないでね? 酷いこと言う人もいるかもしれないけど、ぜーんぶスルーしていいからねっ」



 念を押すように、言葉を重ねるリーナ。

 きっと、自分が酷いことを言われ続けたから。晃人たちを心配しているのだ。


 しかしそれを聞いた絢萌が、眉をひそめる。



「……リーナ? あなたがランクモードをやらないのって……そういうこと?」


「うっ、あ……えっと、それはその……」



 さすがにあれだけ話せば、EVSが発現して間もない絢萌も気付いてしまったようだ。

 リーナは自分の失言に、慌てふためく。

 そのリーナを見て、代未はため息をついた。



「はぁ……。そうだよ、リーナちゃんがランクに絡むモードをやらない理由は、そこにある」



 その言葉にますますリーナが慌てて、



「よ、代未ちゃん?! 待って、その話は!」


「もういいよ、リーナちゃん。二人はEVSが発現したんだから」



 代未はギロっと晃人を睨んで、続ける。



「きちんと話して理解させれば、


「なっ……。いや、俺だってもうわかってるよ、渡矢さん。リーナがバトル中に酷いことを言われたって話なんだろ? リーナは強いから、俺なんかよりもずっと酷い言葉を言われたはずだ。敵意や悪意をストレートにぶつけられて、それが辛くてランクモードをやらなくなったんだろ?」



 晃人がそう言うと、代未は表情を消す。

 しばらく間を開けてから、答える。



「それがまったく無いとは言わない。……そうだな、お前は、それじゃあ諦めないかもな。

 けど、リーナちゃんが言われた言葉は――心を折った言葉はな……沖坂、絢萌、お前らが想像しているのとは次元が違うんだよ」



 そこまで聞いて、リーナが顔を伏せてしまう。

 次元が違う……?



「教えてやるよ。リーナちゃんがなんて言われたのか。リーナちゃんはバトル中に――」



 代未が続けた言葉の意味が、一瞬わからなかった。


 本当に、晃人たちが想像していたものとは違ったから。少なくとも今の晃人は言われないだろう。まさしく次元の違う言葉。




『こいつ、チートやってんじゃねぇか?』




 だけどその言葉は、晃人の身体に重くのしかかるものだった。

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