2「芽生えた気持ち」
状況を整理しよう。
まず、マジックシューターズ研究部の部長。
彼女の名前は柏沢
マジシュー部部長の、柏沢
二つの部が統合すれば、広い部室がもらえる。
生徒会にそう言われた愛海部長は、それがマジシュー部からの提案だとわかると、抗議をしに乗り込んできた。
晃人たちは部が分裂した理由をまだ知らないが、反発が起きるのは容易に想像できる。
陸緒部長はどうして、そんな話を生徒会に持ちかけたのだろう?
それから、研究部の二年生。
入学式の日、リーナとタッグを組んだバトルで、敵側のチームだった二人だ。
その時晃人は、新太にこれでもかと言うほどやられている。
――よえーなぁ……――
こっちのことはわからないだろうし、説明もできない。でも晃人にとっては忘れることのできない一戦だった。
これだけでも十分お腹いっぱいだというのに、放課後はまだまだ終わらない。
「では、こういうのはどうだ? 愛海」
陸緒部長と愛海部長の言い争い――正確には、キレる愛海部長を陸緒部長がのらりくらりとかわすだけ――を終わらせたのは、陸緒部長のとんでもない提案だった。
「マジックシューターズのチームバトルを行い、マジシュー部が勝てば統合、負けたらこのままだ」
「私のことやっぱりバカにしてるでしょ? 研究部がその勝負を受けるメリットが無いわ!」
「ふむ……では、こうしようか。負けた方は、勝った方の部の言うことをなんでも一つ聞く」
「……なんでも?」
そう呟いた瞬間、愛海部長は冷静な顔に戻り、氷のような冷たい眼差しで陸緒部長を見た。
「いいわ。ただし、こちらの条件は……柏沢陸緒部長。あなたに、マジシュー部を辞めてもらいます」
「えぇ? ちょっと待ってくださ――」
「いいだろう。こちらの要求は部の統合だ。――三本勝負でいいか?」
「いいわよ。どうせ勝つのは私たちだから」
晃人が口を挟もうとしたが、話はとんとん拍子に決まってしまう。そして――
『マジックシューターズ、バトルスタート!』
すぐにハガ―アミューズメントに移動し、一本目のバトルが開始されたのだった。
*
「なんっっで私らが、バトルしなくちゃなんないんだよ!」
バトルが始まると同時に、ヨミが叫んだ。
プライベートモードを使い、マジシュー部と研究部、それぞれ四人タッグ、つまりチームでのバトルなのだが……マジシュー部側は一年生四人が戦うことになった。
「まぁまぁ、ヨミちゃん。しょうがないよ、わたしたちがやらないと、研究部の不戦勝だって言うんだもん」
「なんか理不尽だよな……。ていうか、陸緒部長の退部がかかった勝負なんだから、自分が出ればいいのに。なんで俺たちなんだよ」
「ほんとよね。……だいたい、今のあたしたちで勝てるの?」
アヤメのその問いに、誰も答えることはできなかった。
研究部のチームは、三年生を除いた四人。チームの強さは未知数……だが、想像はできる。
沙織の強さはよく知っているし、その沙織が愛海部長のことを強いと認めていた。
そしてなにより、晃人がまったく刃が立たなかった二年生、新太と美月がいる。
「とにかくやるしかないよ。わたしとコートくんが前衛でいいんだよね」
「そうね、あたしが中衛、ヨミが後衛ね。……今のあたしたちなら、このフォーメーションでやるしかないでしょ」
まだチーム登録もしていないし、リーナとヨミはチームメンバーとして決まったわけでもない。
アヤメも昨日一緒に組むことが決まったばかりで、四人での連携はまったく練習していない。
そんなチームで……勝てるのか?
『いいから、君たち四人で戦ってくれ。頼む』
陸緒部長はそう言って晃人たちを戦場に送り出したが、本当になにを考えているのかわからない。
コートはそっと溜息をつき、首を振る。今は考えても仕方が無い。バトルに集中しよう。
リーナと前線へ急ぐ途中――気が付くと、景色がリアルに見えるようになっていた。
EVSの発現。相変わらずきっかけはわからないが、あまり意識しないでも、開始すぐに発現するようになってきた。
今回のフィールドは、放棄された市街地。
石畳の道路沿いに、ヨーロッパの古い石造りのような家が立ち並ぶ、ファンタジーの王道のような大きな街。
レッドリウム王国とブルーガイム王国の、ちょうど中間辺りにあったこの街は、戦争が始まるとすぐに戦場へと変わり、放棄された今でも激戦区となっている。
建物の多くは崩れ、半壊し、屋根の無くなっているものも多い。戦いによる炎は今も消えることなく、あちこちに瓦礫の山があった。EVSでリアルに見える晃人にとって、それらの破壊の爪痕は本当に生々しい。
マップ構造は、中央に円形の広場と、陣地を隔てる一本の川が流れている。
川は生きていて、きちんと水がある。
このゲーム、ホバー移動なこともあり、川の上でも浮いて移動が可能だ。
しかし少しでもダメージを食らうと水没し、起き上がるまでの間無防備になる。水辺でダメージを食らうのは、命取りだ。
もう一つの特徴として、拠点の場所が他のフィールドと違い、左右ではない。
小さな塔が拠点になっていて、一つは中央の広場の円の一番手前に。もう一つは、広場と儀式塔の中間地点。
つまり儀式塔と拠点、広場が一直線になっているのだ。
(だから中央でのぶつかり合いが多くなるんだよな、このマップ)
コートとリーナは中央の広場。アヤメはその手前、拠点で様子を見る。
「ここ、中衛も前衛の援護ができるのよね。きっと向こうの中衛も前の拠点まで上がってるはずよ」
「そうだね~。あ、向こうも二人、広場に出てきたよ」
赤いローブが二人、広場の反対側に姿を現す。
ちなみに今回も、コートたちはブルーガイム王国、青いローブだ。
敵は二人ともフードを被っていて、誰なのかわからないが……。
「……たぶん、左がシンタって人かな。右はマナミ部長?」
リーナが小声で呟く。
コートは思わず、リーナの顔を見てしまう。
(わかるのか? 俺にはまだ、顔は見えていないけど)
「……おいアヤメ! 中央はいいから、下がって後ろの拠点を守れ! 私も前に出る!」
突然、ヨミがアヤメに指示を飛ばす。
「はぁ?! なんでよ、奇襲が来るって言うの?」
「昨日サオリが言ってただろ! あの魔法のセッティングは短期決戦狙いだって! 前衛にサオリがいないなら、左右どっちかから奇襲が来る!」
「待ちなさいよ、前にいる二人がサオリじゃないって保証は」
「いいから下がれ! リーナちゃんを信じろ!」
「っ……! わかったわよ!」
結局アヤメは、ヨミの指示に従って後ろに下がるようだ。
「コートくん! わたしたちが踏ん張らないとね! がんばろっ」
「お、おう!」
返事をし、前方に意識を集中するが――。
(ヨミはリーナの言うことを全面的に信じているんだな)
敵の二人がシンタとマナミだというのは、リーナの予測だ。
EVSで見えているのなら――間違いないのだろう。
(……ヨミはEVSのこと知ってるのか?)
リーナがEVSのことを話すのは、いつもヨミがいない時だ。知らないのかもしれない。
だとしたら、とんでもない信頼感だ。
「あっ、ほら、やっぱり左はシンタ――先輩だよ!」
左側の魔法使いは、早くも炎の大剣を創り出した。
それを見て、コートもスイッチが入る。
「今度こそ……っ!!」
「コートくん! 無茶しないで、一緒に戦おう!」
「わ、わかってる!」
一人で突っ込んでも勝ち目はない。そもそも、マナミという強さが未知数の魔法使いがいるのだ。コートだけでは時間稼ぎにもならないかもしれない。
コートは川越しに、近付いてくるシンタに向けて通常射撃魔法を撃つ。
シンタはそれを難なくかわし、川に架かっている橋の袂まで迫る。
リーナとマナミは橋よりも右側で、川を挟んで通常射撃魔法を撃ち合っている。
「さすが、噂のフリーモードの魔女ね。狙いが正確だわ」
「…………」
「……あら、つれないのね」
マナミ部長がリーナに話しかけるが、リーナは反応しない。
「リーナちゃん! 広域通信!」
「……えっ。あ、ごめんなさい! 集中してて」
「いいわ。……そうね、私も集中しないと、落とされそう」
右側の撃ち合いが激しくなる。一緒に戦おうとリーナは言うが……。
「よう、後輩! オレは
シンタも広域通信で話しかけてくる。
リーナの援護は期待できない。ここは、コート一人で彼を抑えなければ。
コートは左手の魔道書をめくり、通信を切り替える。
「……沖坂晃人、です」
「なんだぁ? 暗いヤツだな。もっと楽しく行こうぜぇ!」
「……っ!」
シンタはコートが以前戦ったことのある相手だと気付いていない。
そのことに一瞬頭に血が上りかけるが、すぐに冷静に、ならばチャンスだと頭を切り換える。
こっちは相手のセッティングを知っているが、相手は忘れているのだから。
「行きますっ!」
コートは叫んで、橋の左側にジャンプする。
川に落ちながら、シンタに向けて通常射撃魔法を連射する。
「おっと、水上戦か? ま、付き合う義理はねぇけどな」
シンタは落ちていくコートに向けて右手を伸ばす。
赤い火の玉が五つ浮かび上がり、ドンッと撃ち出された。
(きた、追尾火の玉!)
予想していたコートは、川の上に着地すると同時に、橋の下に潜り込む。
コートを追尾しようとした火の玉は全弾橋にぶつかってしまい、消えた。
「へぇ? しょうがねぇな、付き合ってやるか」
シンタは言いながら、川にジャンプする。
(……今だ!)
シンタが下りてきた反対側からハイウィングで飛び上がり、橋の上に戻る。
「あ? どこいった!」
シンタがコートを見失う。
コートは橋の上を駆け、再びジャンプ。シンタの真上から魔法を連射し――
ドガッ!
「なっ、後ろ……!?」
コートの背中に風属性の通常射撃魔法が直撃する。
バランスを崩し、落下しながら背後を見る。
(……マナミ部長?!)
リーナとの撃ち合いの最中に、コートの動きに気付いて一発飛ばしてきたのだ。
(狙撃を警戒して、素早く動いてたのに……当ててくるなんてっ)
ザパン! ザパン!
水に落ちる音が二つ。
どうやらコートが撃ったのも一発当たったようだ。シンタも川に沈んだ。
「このやろ、どうやって上に……ってハイウィングか!」
コートが水上に飛び上がると、目の前に、同じく水中から飛び出したシンタ。
「もらった!」
「しまっ……」
咄嗟に通常射撃魔法を撃とうとするが、遅い。
炎の大剣が蒸気を纏い、横薙ぎ一閃。コートの身体が引き裂かれた。
『敵プレイヤー:シンタに プレイヤー:コートがやられました』
(また……また、勝てなかった……)
「コートくん、ごめん! 援護できなくて! でもこっちは……なんとかするから!」
リーナの声にハッと我に返る。
戦いはまだ終わっていない。
コートはリスタート地点に戻る前に、リーナたちの方を見る。
マナミ部長がコートを攻撃した隙に、リーナがジャンプ、橋の縁を掴んでさらにジャンプ。三角飛びで向こう岸に渡っていた。
着地と同時に飛んできた通常射撃魔法をかわし、素早く距離を詰め――
「リーナっ! 狙撃に気を付けろ!」
コートの声と同時に、敵陣の拠点から闇属性の狙撃魔法が撃ち出された。
「ミストバリア! ――きゃっ」
咄嗟にリーナはミストバリアを使うが、威力の高い狙撃魔法は完全には防げなかった。
バリアにより弱まった魔法が、リーナに直撃する。
「今のタイミングで、防げるものなのね」
リーナが顔を上げると、目の前にマナミの手のひら。
魔法が撃ち出され――
『敵プレイヤー:マナミに プレイヤー:リーナがやられました』
(リーナがやられた……!)
そこへ、さらにアナウンスが流れる。
『敵プレイヤー:サオリに プレイヤー:ヨミがやられました』
『プレイヤー:アヤメが 敵プレイヤー:サオリを倒しました』
「サオリのやつ、最後の最後でこっち狙ってきやがった!」
「やられるとわかって、相打ち狙いに切り替えたんでしょ」
本当にサオリが後ろの拠点に奇襲をかけたようで、二人が撃退してくれていた。
「それより……なんなのよ、これ」
「なんだ? どうかしたのかよ、アヤメ」
「な、なな、なんでもないわよ! あたしは急いで前の拠点を守りに行くけど、敵の前衛二人残ってるのよね?」
「……すまない」
「もうちょっと踏ん張れよな、コート! ま、三対二ならしょうがねーか。リーナちゃんもやられちゃったし……。って、リーナちゃん?」
コートと一緒にリスタート地点に戻ったはずのリーナが、みんなの会話に入ってこない。
「……わたし、負けた……勝てなかった」
ぽつりと呟くリーナ。コートは心配になり、名前を呼ぶ。
「リーナ……?」
「強かった……あの人。わたしは――」
次の瞬間――
ズキンッ!!
「っ……あぁっ!!」
突然激しい頭痛に襲われて、コートは思わず膝を突く。
「きゃああっ! こ、こんどは、なに……よっ……!」
「おいどうした! なにかあったのか?! アヤメ! コート!」
ヨミが声を荒げて呼びかけてくるが、頭痛が酷くて返事ができない。
(一緒に悲鳴を上げたのは――アヤメ?)
『敵プレイヤーに 一つ目の魔石を起動されました』
『敵プレイヤー:マナミに プレイヤー:アヤメがやられました』
アヤメも同じ頭痛に襲われているのだとしたら、拠点を守りに行く途中で動けなくなったのだろう。拠点はあっさり奪われてしまう。
すでに復帰が完了しているコートも、頭痛でなにもできない。
「なんなんだよ! リーナちゃん? リーナちゃんは無事か?!」
「……うん。わたしは、なんともないよ」
いつの間にか復帰していたリーナは、後方の拠点、塔の頂上に姿を現す。
「この拠点は、絶対取らせないから!」
リーナのその宣言と同時に、視界が真っ白になり――
――もう負けない――
――元に戻ると、さっきまでの頭痛がすっかり消えていた。
「っ……ハッ、ハッ、ハァ……」
あまりの頭痛に呼吸を忘れていた。胸を押さえて、呼吸を整える。
突然頭痛が収まったせいか、なんだかクラクラする。
「なっ、なんだったのよ……今の、頭痛はっ」
「やっぱり、アヤメも……?」
「コートも? ……ねぇあんた、もしかして」
アヤメがなにかを言いかけた時、
「三人とも! 拠点まで急いで! ここは全力死守だよ!」
リーナの檄が飛び、ハッとする。
そうだ、ここは戦場だ。ぼうっとしている暇はない。
急いで儀式塔の裏から飛び出し、リーナの待つ拠点へと向かった。
拠点に辿り着くと、リーナの塔の上からの攻撃に、シンタとマナミは攻めあぐねている様子だった。
コートは左側から回り込み、シンタに通常射撃魔法を撃つ。
シンタはすぐに気付き、その攻撃をかわした。
二人は正面から向かい合う。
シンタはじっとコートの顔を見て、口を開き――
「……んん? オレ、戦ったことある?」
(やっと思い出した……!)
「ありますよ! 俺は先輩に――」
言いかけて、気付く。シンタの顔に浮かんだ、焦りのような表情に。
左手の魔道書を見て首を傾げる、その仕草に。
(なんでそんな顔をするんだ? それに、その動作は……まるで、まるでっ)
「どうした、コート! 突然なに言ってんだ?」
シンタの仕草とヨミのチーム通信で、コートはわかってしまった。
(俺には、シンタ先輩の『声》』が聞こえた。でも今のは――)
「っかしいな、やっぱり今のチーム通信だったぞ?」
たった今、広域通信に切り替えたのだろう。
コートはシンタの言葉に、衝撃を受けるのだった。
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