6「想いを懸けて」


「いくわよ、サオリ!」


「どうぞ。アヤメさん」



 アヤメ対サオリ。プライベートモードを使用した、一対一のバトル。

 二本先取の三本勝負。リング魔法は無し。通常射撃魔法とカスタム魔法だけで戦うルールだ。

 フィールドは、先日コートたちとのバトルでも使用した、採掘場フィールド。

 適度に大きな岩が転がっていて身を隠すこともでき、単なる撃ち合い勝負にはなりにくいフィールドだ。


 学校でアヤメが勝負を申し込むと、珍しく驚いた顔を見せたサオリは、躊躇うこと無くその勝負を受けた。

 そして早速、放課後にハガ―アミューズメントで勝負となった。

 コート、リーナ、ヨミの三人もゲームに入り、観戦している。



「リフレクトレーザーっ! 避けられるものなら避けてみなさい!」



 カスタム魔法、リフレクトレーザー。

 威力と魔力消費を犠牲にはしているが、三回まで跳弾を可能にした魔法で、あとは光属性の通常射撃魔法とまったく同じ。

 通常射撃魔法に跳弾のカスタム魔法を紛れ込ませ、翻弄するのがアヤメの戦法だった。



「前より……跳弾のコントロールが上手くなってる」


「当たり前でしょ! あんたとやらなくなってから、どれだけ経ってると思うのよ!」



 跳弾の戦法は、もちろんサオリも知っている。

 ただ、跳弾の精度、使うタイミング、どれも以前とはまったく違う。

 事実、サオリは防戦一方で攻めに転じることができないでいた。



「……わかってる。観戦モニターで見たことがあったし、それでSランクまで上がったみたいだから」


「なっ……み、見てたの?」


「たまに……」



 サオリの言葉に、アヤメの頭に血が上る。



(見てたんなら……どうしてっ!!)



 しかし次の瞬間ハッとなる。飛んできた氷弾に気付き、紙一重で避けた。

 サオリが隙を突いて放った、氷属性の通常射撃魔法だ。



(あぶなっ! ……だめよ、これくらいで心を乱されちゃ)



 アヤメは回避してすぐに、カウンターで通常射撃魔法を撃ち込むが――難なく回避される。



(相手はあのサオリ、ちょっとの油断が命取りね。でも、まだあたしの跳弾に対応しきれてない。数発被弾してる。……今なら、一本取れる!)



 アヤメは果敢に攻め、背後と右側を岩で囲まれた場所にサオリを追い込む。



「そこっ、もらうわよ!!」



 敢えてサオリではなく、背後と右の岩に向かって魔法を撃つ。

 そしてワンテンポ遅れて、正面から魔法を撃った。



「跳弾魔法……来ると思った」



 サオリはぴょんと飛び上がり、背後の岩に飛び乗る。

 そこで跳弾をやり過ごすつもりだろう。

 アヤメの放った最初の二発が狙い通り岩に当たると――そのまま消えた。



「あれ、通常魔法? ……あっ」



 三発目、こっちが本命。正面に撃った弾が岩の高い箇所、サオリの足下付近に当り、跳ねた。

 上に逃げたサオリを追うように、真っ直ぐ顔に向かって飛んでいく。



「っ……!!」



 意表を突かれたサオリは僅かに反応が遅れたが、仰け反ってギリギリかわす。

 すぐに顔を戻して前を見るが――そこに、アヤメの姿はなかった。



「こっちよ!!」



 サオリから見て右側に回り込んだアヤメが、通常射撃魔法を連射する。

 これにはさすがに、サオリも反応できなかった。

 アヤメの魔法は見事に直撃し――。



『プレイヤー:アヤメが 敵プレイヤー:サオリを倒しました』



「おぉ……! アヤメが一本取った!」


「すごーい! やっぱり強いよアヤメちゃん!」


「ふんっ、だから言っただろ?」



 じっと黙って見ていた三人が、歓声を上げる。

 アヤメも、ふぅと一息ついてから、小さくガッツポーズを取った。



「コート、リセットお願い」


「あ、そうだった」



 サオリ側のチームに入っていたコートが、アヤメを魔法で倒す。

 こうやってダメージをリセットしてから、二本目の開始だ。




「アヤメちゃん今の上手かったね~。あの状況なら誰だって最初の二発が跳弾だと思うよ。ああいう狭い場所でこそ跳弾は輝くからね」


「そうよ。その裏をかいたってわけ。でもそれだけじゃなくて――」


「魔力の節約も兼ねてた?」


「――さすがね。実はもう魔力が少なかったのよ。どっちにしろサオリなら上に逃げると思ったから、三発目をリフレクトレーザーにしたの」


「でもその跳弾も避けられちゃうと思って――」


「そう! 視線が逸れた隙に移動して追撃の連射! そのための魔力調節でもあったのよ」



「そんな高度な駆け引きをしていたのか。気付かなかった……」


「まだまだだなーコートは。私はなにか仕掛けるつもりだ! って気付いてたぞ」


「……それは俺も思ったぞ?」



 通信でそんな話をしている間に、二人が中央に揃う。



「まんまと騙された。アヤメさん、駆け引きも上手くなってるね」


「どうも。……でもあんた、まだ本気出してないでしょ?」



 サオリは首を横に振る。



「私は、本気だよ。本気だからこそ……しっかり、


「え……?」



 ……見てた?

 アヤメがその意味を図りかねていると、



「そろそろ始めるよ~?」


「あ、いいわよ。始めて」


「いつでもどうぞ」



 サオリと距離を取り、身構える。



「それじゃ……二本目! バトルスタート!!」



 リーナの合図で、二人は動き出す。

 アヤメはさっきと同じように、通常射撃と跳弾で翻弄しようと前に出る。

 サオリはすぐに近くの岩に身を隠した。



「今度も取らせてもらうわよ!」



 岩の裏に当たるようにコントロールして、跳弾魔法を放つ。

 ――が、そこで視界の右端に赤い光が見えた。



「なっ……?!」



 赤い熱線が、アヤメの頬を掠めた。

 サオリのカスタム魔法、ヒートレーザーだ。



(おかしい……正面の岩に隠れたはずなのに、もうあんな右端まで移動してる。早過ぎる)



 アヤメはひとまず、魔法が飛んできた方に牽制で跳弾魔法を撃っておき、最初にサオリが隠れたはずの岩まで移動して身を隠した。


 サオリのヒートレーザーは、火属性の攻撃的なカスタム魔法。魔力消費が大きく、連射もできない代わりに、射程を伸ばし威力も上げている。スナイプ系の魔法よりは射程が短いが、通常射撃魔法より長いため、射程の有利を取りやすい、厄介な魔法だ。

 アヤメが一緒にやっていた頃から使っているカスタム魔法で、その強さはよく知っている。



(愛用してたから、今も使ってるだろうとは思ったけど。連射ができないって欠点も、サオリのエイムなら問題ないのよね)



 もう一つの欠点である魔力消費の多さは、もう一枠のカスタム魔法でカバーしていた。

 一定時間魔力の回復速度がアップする、サポート魔法。

 再使用するにはインターバルが必要だし、貴重なカスタム枠を一つ使ってしまうが、それでも相性がいいからと好んで使っていた。実際、上手く欠点をカバーしていた。



(サオリは今も、同じセッティングなの……?)



 考えながら、隠れているサオリの居場所を探す。

 最初はこの岩に隠れ、すぐさま右に移動した。そしてその次は……。



「そこっ!」



 アヤメは岩から身体を半分だけ出して、勘でスタート時に自分がいた方向に通常射撃魔法を撃つ。

 ビンゴ、サオリの肩に直撃する――が、まだ倒せていない。

 サオリはそのまま、アヤメに突っ込んでくる。

 アヤメは冷静に狙いを付け、通常射撃魔法を連射。――同時に、サオリが右に跳んだ。



「あっ、あんたやっぱり……!!」



 魔法は右に避けることを予測して撃ったものもすべて、外れてしまう。

 そしてそのまま、素早くアヤメの右側真横に回り込む。

 これは通常の移動速度じゃない。



「ヒートレーザー」


「っ……このっ!」



 サオリの魔法が、アヤメの頭部にクリーンヒットする。



『敵プレイヤー:サオリに プレイヤー:アヤメがやられました』




「サオリっ……! 魔力回復速度アップ、外したのね!」


「うん。代わりに、移動速度アップに」



 もしかしたらと思っていたが、対応できなかった。

 サオリのエイム力に移動速度、そしてヒートレーザーの射程と威力が合わさったら……手が付けられない。


 サオリはヨミにリセットしてもらいながら、通信で話を続ける。



「……研究部の、マナミ部長にアドバイスしてもらった」


「えっ……あの部長に?」


「そう。魔力回復速度アップで持久力を上げるよりも、短期決戦を狙った方がいいって」


「っ……!!」



 アヤメの中で、言いようのない感情が渦巻く。

 研究部の部長が出したというアドバイスは、サオリに相応しいものだと思うし、実際それで強くなっている。


 ただ、それでサオリが強くなったということが。


 気持ちが悪くて。認められなくて。……認めたくない。

 アドバイスは正しいのに、間違っていないのに。サオリは強くなっただけなのに。

 その事実を、知ってしまった事実を、自分の中から排除したくてたまらない。



 アヤメは強く目を瞑り、首を振る。

 暗い闇がぐるぐると回っていて、目眩のような感覚の中……。


 不意に、昔のことを思い出す。


 それは、フレンズ4ガール。そのチーム名を決めた時のこと。




「もうさー『チームしほあいあやめさおり』とかでよくないー?」


「……安直過ぎ。椎名が一番強いんだし『さおりんず』は?」


「それもどうなのよ。もっとこう格好いいのがいいわ。『黄昏の魔女たち』みたいな」


「絢萌ー、それはさすがにちょっと引くよー」


「……却下で」


「なんでよ! もう……沙織はなにかないの?」


「『フレンズ4ガール』とか」


「え? おぉー? なんかそれ、いいかもー!」


「……いいね。私たちに合ってる」


「なによ、良い案出すじゃない。じゃ、あたしたちのチームは『フレンズ4ガール』で決まりね!」



 そう言って笑い合う、みんなの姿が。


 すっと、消える。




「……あぁ、そっか」



 アヤメは呟き、HMDをずらして目元を拭う。

 さっきまで渦巻いていた感情は、もうすっかり消えていた。



(サオリは研究部のアドバイスで強くなった。でもあたしだって……)



 ゲームに復帰し、中央に向かいながら、自分の魔法のセッティングを再確認する。



「サオリ。あたしは絶対に、あんたに勝つわ」


「……私だって。アヤメさんには、負けない」



 三度みたび、中央で対峙する二人。



「準備、いいね? ……三本目、バトルスタート!」



 開幕と同時に、今度は二人とも岩に隠れる。

 アヤメは牽制で跳弾魔法を撃ち、すぐに別の岩に隠れる。その直後、サオリのヒートレーザーが背後を通り抜けた。



(一カ所に留まってたら、サオリの機動力に捕まる! 跳弾魔法で牽制して、常に移動しなきゃ!)



 アヤメの判断は正しく、サオリはなかなかアヤメを捉えられない。しかしそれはアヤメも同じで、いつものように跳弾をコントロールする余裕が無い。お互い、決定的なダメージを与えられずにいた。



「サオリ! 本当は対戦が終わってから聞こうと思ったんだけど、やっぱり今話すわ!」


「……対戦中に、それはどうかと思うけど」


「いいから聞きなさい! ……あんた、フレンズ4ガールのメンバーのこと、どう思ってたのよ」


「どう、って言われても……」


「強くなる気のない、弱い三人は必要無かった?」



 アヤメの言葉に、サオリの攻撃が止まる。岩に隠れて動きを止めたようだ。

 同じくアヤメも攻撃の手を止め、なるべく離れた岩に隠れ、魔力の回復を図る。



「そんなことない。私は、シホさんとアイさんにも、マジックシューターズを続けて欲しかった」


「だったら! なんで強くなる気がないなんて言ったのよ!」


「それは私のアドバイスが、怒ってると思われたから。アドバイスと思って貰えなかったから。だから……」


「もう、あの時も言ったでしょ! 言葉を選びなさいよ。もっと上手く説明すれば、誤解されずに――」


「私は、そういうの……苦手、だから」


「……サオリ?」



 サオリが、遠くの岩に乗って、姿を現す。



「アヤメさんが、上手く説明してくれるって思ってた。アヤメさんは、説明得意だから」


「あ、あたしだってフォローしたわよ! でもだって、あんた、その頃からランクモードやるようになったし……」


「……それは、だから。みんなの代わりに、私が強くならなきゃいけなかったから」


「えっ……? 代わりに?」


「そう。私だって、みんなに怒ってるって思われたくないから。だから、もっと強くなって、私がみんなになにも言わなくてもいいくらい、強くなって、チームを勝たせることができればいいんだって思った」


「……あんた、そんなこと考えてたの?」



 チームが嫌になったからじゃなくて。

 チームのために、強くなるために、ランクモードをやっていた。


 アヤメも、自分が隠れていた岩に飛び乗る。



「サオリは本当に不器用ね……。いくらあたしでも、それはわからなかったわよ」


「……うん。また誤解されたんだって、二人が辞めた時に気が付いた。でも……もう、遅いから。私のせいで、シホさんとアイさんは辞めてしまった」


「それ、違うのよ」


「……違う? どういう……」


「この間偶然二人に会って、あたしも初めて本音を聞けたわ。……サオリ。ある意味、あんたの言う通りだった」


「教えて。二人は、なんて言ってたの!」



 サオリは珍しく声を荒げる。

 アヤメは微笑んで、



「強くなる気がなかった。もともと、そこまで本気でやるつもりはなかったんだって」


「えっ……?」


「でもあたしとサオリが本気で、楽しそうだったから。だからチームを組んだって」


「だ、だったら、辞める必要は……」


「足手まといになる。強くなる気の無い自分たちが一緒に続けても、チームは強くなれないって思ったんだって」


「そん、な……」


「サオリ、あんたが言いたいことはわかるわ。あたしも思ったもの。急がなくていい、一緒にだんだん強くなれば、それでよかったのにって」


「ちっ……違うよっ。それなら、やっぱり私のせい。私が一人で強かったから。さらに一人で強くなろうとしたから! だから二人がっ!」



(あぁ……あのサオリが、泣いている)



 ほとんど表情を変えない、感情を表に出そうとしないサオリが。

 涙を流しているんだと、何故かアヤメにはわかった。



「それもあるのかもしれない。でも、これはあたしのせいでもあるの。みんなの間を取り持つことができなかったから。だから……っ」



 アヤメは拳を握りしめる。

 本当は、この続きを言うのがとても恐い。決心した今でも、口にしたくなかった。

 でも、決着をつけなくちゃいけないから。



「だからっ。フレンズ4ガールは、!」


「あ、アヤメ、さん……!」



 チーム、フレンズ4ガールは。二人が辞めたあの時に、もう終わっていたんだ。



「さあ、勝負の続きよ! サオリ!」



 サオリが頷き、二人は同時に岩から飛び降りる。

 アヤメは通常射撃魔法と跳弾魔法を交互に撃ちながら、サオリの移動ルートを絞り、飛んでくるヒートレーザーをかわす。


 移動速度アップは、魔力回復速度アップと同じで、効果は一定時間でインターバルがある。さっきの会話でインターバルが終わり、魔法をかけ直したはずだ。

 サポート魔法の中でも、移動速度アップは効果時間が特に短い。長引かせず、早い内に勝負に出るだろう。



(あたしだって、時間切れを待つつもりはないわよ!)



 まずはサオリとの距離を詰めなければいけない。じゃないと、ヒートレーザーに射程で負けてしまう。相手の動きが速いからって、距離を取るのは下策。


 サオリのヒートレーザーは、アヤメの使うカスタム魔法、熱線が爆発するヒートボムに見た目が似ている。

 そもそもこの二つは、二人で同時に使うのを想定したカスタム魔法だった。

 どれが爆発するのか、どれが射程の長い強力な魔法か、わからなくするために。


 シホがそういう魔法があるといいんじゃないかと提案し、アイが爆発するのがいいと言い出して。

 四人で考えてカスタムした魔法だった。


 フレンズ4ガールの、主軸となるコンビネーションになるはずだった。



(だからこそ……、苦渋の決断だったわ)



 距離が縮まり、ついにお互いがお互いを正面に捉える。

 サオリは通常射撃魔法を撃ち、切り替えて跳弾魔法を撃つ。



「……もう、わかってるから」



 サオリはそう呟くと、通常射撃魔法はぎりぎりでかわし、跳弾魔法を横に大きく跳んでかわす。



「なっ、あんたまさか!」


「一本目で、見極めた。切替の間があるって」



 違う、と心の中で叫ぶアヤメ。

 驚いたのはそこじゃない。リーナと同じ見切り方をしたことに、驚いたのだ。



(やっぱり、とんでもないわね。SSランク!)



 魔法使い――サオリが、右腕を伸ばしたまま左に跳ぶ。

 咄嗟に、アヤメは魔道書のページを捲った。



「ヒートレーザー!!」



 サオリの放つ、赤い熱線。同時に、その瞳から細かい涙が飛び散るのが見えた。


 アヤメは身体を捻りながら、右腕をブンッと振る。



 バシンッ!



「えっ……?」


!!」



 完全には打ち消せなかった。威力の弱まったヒートレーザーがアヤメの左腕に突き刺さる。

 負傷はしたけど、まだ生きていた。


 一撃必殺の魔法を防がれて、呆気に取られるサオリ。

 アヤメは「その反応、あたしとまったく同じね」と呟いて、右腕をサオリに向けた。



「リフレクトレーザ-!」



 サオリは咄嗟に回避行動を取るが、跳弾魔法の連射からは逃れられず、次々と命中し――。



『プレイヤー:アヤメが 敵プレイヤー:サオリを倒しました』



 最後まで驚いた顔のまま、サオリはすうっと消えていったのだった。

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