7「それぞれの道で」
「あたしの勝ちね。沙織」
「……うん」
夕暮れ時の、誰もいない公園。
一対一のバトルを終えて、ハガ―アミューズメントから場所を変えた五人。
ずっと無言だった絢萌と沙織が、ようやく話し始めた。
「ヒートボム、撃ってこないなって。気になってたけど……」
「まさか変えてるとは思わなかった?」
コクリと頷く沙織。
でしょうねと、絢萌は心の中で呟く。
ヒートボムは、フレンズ4ガールのみんなで考えたカスタム魔法。
それを外して別のカスタム魔法にするのは、沙織の想定外だっただろう。
(迷いはあった。でも、それでも沙織に勝って、強くなったことを認めて欲しかった。この気持ちに、決着を付けたかったから)
だから絢萌はヒートボムを外して、リーナが使っていたミストバリアを入れたのだ。
先日リーナとバトルをして、ミストバリアを使われた時に。
沙織のヒートレーザーへの対策は、これしかないと思ったから。
「ねぇ沙織。……あなた、研究部を辞めて、チームを抜けて、あたしと新しいフレンズ4ガールを作るつもりはない?」
「…………」
沙織は黙って、首を横に振る。
「……でしょうね。わかったわ」
「ええ~!! 絢萌ちゃん勝ったのに! どうして?!」
「そうだよ……神津原さんも、なんでそんなあっさりしてるんだよ」
絢萌が沙織の拒否を受け入れると、リーナと晃人が騒ぎ始めた。
すると代未が、
「リーナちゃん、ここは割り込んじゃダメだと思うぞ。沖坂、お前もだ。これは二人の話で、私らが口挟んでいいことじゃないからな」
「そうだけど~、絢萌ちゃん、このために頑張ってきたのに」
「リーナの言う通りだ。新しいフレンズ4ガールを作るんだって、諦められないって、言ってたじゃないか!」
絢萌は三人の方を見て、微笑む。
「そうなんだけどね。でも戦ってみて……気付いちゃったのよ」
いいや戦う前から、心のどこかでわかっていた。
フレンズ4ガールは、もう、終わっているんだと。
だからヒートボムを外す決断ができたのだ。
でも、それを認めることができない自分も、まだ残っていたから。
「絢萌さん」
呼ばれて、絢萌は沙織の方に向き直り、じっと見つめて続きを促す。
「私は、もう。研究部のみんなの……仲間、だから」
「そう……ね」
沙織は研究部のアドバイスで強くなっていた。
それは改めて、フレンズ4ガールが終わったと、突きつけられたようなものだった。
目の前の沙織が。
フレンズ4ガールの沙織ではなく、マジックシューターズ研究部の沙織だということだから。
(そしてあたしも……もう)
フレンズ4ガールの、絢萌ではないのだ。
「あたし、ちょっと気付くのが遅かったみたいね。四人で作ったフレンズ4ガールは、もう終わっていたことに。沙織はとっくに受け入れて、前に進んでいたのに」
沙織はまた、首を横に振る。
「違う……違うよ、絢萌さん。私は、逃げただけ。またフレンズ4ガールの時みたいなことになるのが、嫌だったから。研究部の、愛海部長みたいな強い人がいるチームなら、私のアドバイスなんて必要のないチームなら、私のせいで仲間が辞めることは無いって、思ったから」
「沙織……。それが、スカウトを受けた理由なのね」
「そう。だからぜんぜん、前になんて進めていない。技術的には強くなっても、私は……成長していなかった」
沙織の頬を一筋の涙が伝う。
相変わらず表情の変化は乏しいけど、絢萌にはその涙に込められた強い気持ちがわかった。
「沙織。あなたはでも、今のあたしの誘いを蹴ったじゃない。もう、立派に研究部のチームメンバーなのよ。最初は違っても、これから前を向いて歩いて行けば、それでいいのよ」
「絢萌さん……私は」
「むしろあそこで断らなかったら、ひっぱたいて目を覚ましてやろうと思ってたわよ」
「でも、絢萌さん! 私は、本当は、私、だって……絢萌さん」
沙織は苦しそうに胸を押さえる。どうしてもその続きを口に出せない。
それで、十分だった。
「本当に、どうしようもないくらい、遅すぎたみたいね。もっと早く、こんな風に話していれば、あたしたち……あたし、たちは」
絢萌も、続きを言うことができなくて。
正面の沙織が、なにを見たのかハッとした顔になり、くしゃっと顔を歪ませる。
そしてボロボロと、涙をこぼし始めたのだ。
「さ、沙織……」
名前を呼んで、絢萌も気付く。
自分も、沙織と同じ顔で、涙をこぼしていることに。
「絢萌さん……!」
二人は、向かい合ったまま、嗚咽を漏らして涙を流し続ける。
言葉の続きは、もう。口に出すことはできないから。
代わりに涙を流すことしか、できなかった。
どれくらいの時間、泣いていただろう。
二人が落ち着くまで、晃人たち三人は、じっと黙って待っていてくれた。
「……ごめん、みんな。変なとこ、見せちゃったわね」
涙を拭って、絢萌は三人の方を向く。
晃人は少し視線を逸らしながら、
「いや……変じゃないよ」
「そう? でも、やっぱりごめん。色々してくれたのに、ね」
「いや、だから……それも、気にしなくていいって」
そんな風に言う晃人に、絢萌は微笑みかける。
「沖坂。あたしね、気付いたのよ。沙織が研究部のチームのおかげで強くなったように、あたしはあんたたちとのバトルのおかげで、沙織に勝つことができた」
ヒートボムを外し、ミストバリアを入れたおかげで、バトルに勝った。
沙織がマジックシューターズ研究部の沙織として、強くなったように。
絢萌も新しい場所で、強くなったのだ。
「あたしも沙織みたいに、前に進まなきゃね」
絢萌は晃人に近寄り、正面に立つ。
「ねぇ沖坂。……あたしを、あんたのチームに入れてくれない?」
「えっ……お、俺のチームに?!」
「ダメなの? メンバー、探してるんでしょ?」
「ダメじゃない! むしろ、もし新しいチームを作るのがダメだったら、こっちからお願いしようと思ってたくらいだ!」
「あっはは、あんたはもう……まったく」
絢萌は晃人に手を差し出す。
晃人は呆気に取られていたが、すぐに顔を引き締めて、絢萌の手を握った。
「これから、よろしくね。沖坂」
「こちらこそ。よろしく、神津原さん」
見つめ合い、そっと手を離すと、絢萌は沙織の方に振り返る。
「そういうことだから。沙織、あたしはこっちのチームで、強くなるわ」
「……うん。見てるよ、絢萌さん。絢萌さんが、強くなるのを。だから」
「わかってる。あたしも見てるわ。沙織のこと。そしていつか……強くなったあたしたちと、勝負しましょ」
「うん。……沖坂さんじゃ私たちのチームには勝てないけど」
「そこは冷静に答えなくていいのよ! まったく」
そう言って笑い合う二人。
でも、と絢萌は心の中で思う。
本当に、勝てないだろうか?
研究部の実力はわからないし、当の本人は後ろで肩を落としている。
でも。
絢萌は先日の晃人の言葉を思い出す。
指導を引き受ける際、三人の中で一番弱い晃人には、ダメ出しをいっぱいすると半ば脅しのように言ったのに、晃人は――
『強くなりたいからだ! そのためなら、どんなにきついこと言われたって、受け入れられる! ちゃんと聞く! そんなの当たり前のことだ!』
それを聞いた時、思ってしまったのだ。
ああ、彼が同じチームメンバーだったら……強くなれるのかもしれないと。
「本当に、楽しみにしてなさいよ。沙織」
そう言った絢萌自身が、楽しそうに笑うのだった。
「そういえば絢萌さん。さっきのバトルの最後。……よくあんな、範囲の狭いミストバリアで防げたね」
「あれねー。あの距離で防げるか、一か八かだったんだけど。我ながらよく反応できたと思うわ。なんか、覚醒した感じあった」
「ああ……うん、そう感じるとき、あるよ」
相手の攻撃に超反応できた時や、不利な状況で正面からの撃ち合いに勝った時とかに感じる、覚醒した感。
あの時は、いつも以上だったかもしれない。まるでゲームとは違う――。
「……あれは……なんだったのかしらね」
「絢萌さん?」
「なんでもない。……きっと、気のせいよね」
絢萌は首を振って、あの時感じた違和感を、気のせいにしてしまう。
「…………?」
そんな絢萌の様子を、晃人は首を傾げながら見ていた。
*
「よかったね、晃人くん。チームメンバーが増えて」
「そうだな。これで四人に――」
「わたしは仮メンバーだから、まだメンバー集め頑張らないとね!」
「……やっぱりそうなるのか」
すっかり陽が落ちかけた、公園からの帰り道。
晃人は隣を歩くリーナと、そんな話をしていた。
絢萌と沙織は並んで前の方を歩き、そのすぐ後ろの代未と三人でなにか話している。
おそらくこちらの声は聞こえていないだろう。
(メンバーか……。リーナと代未が、そのままメンバーになってくれるのが一番いいんだけどな)
というより、晃人にはそれ以外考えられなかった。
絢萌を入れた、この四人でチームを組む。そのためには、やはり……。
「リーナ」
「うん? どうしたの?」
晃人は足を止めて、リーナの名前を呼ぶ。
突然立ち止まった晃人に、リーナも首を傾げて立ち止まる。
「ずっと、聞こうと思ってたことがあるんだ」
「わたしに? なになに、マジックシューターズのこと? だったらなんでも答えるよ?」
晃人は首を縦にも横にも振らず、真剣な眼差しでリーナを見つめた。
「……晃人くん?」
「もしかしてリーナは……ランクモードのバトル中に、酷いことを言われたことがあるんじゃないか?」
「え……」
「それで、ランクモードをやらなくなってしまったのか?」
空を赤く照らしていた夕陽が沈み、辺りがすうっと影に覆われていく。
ゆっくりと目を逸らすリーナが、どんな顔をしていたのか。
暗くなってしまったせいで、見ることができなかった。
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