5「やる前から諦めるな!」
「なによ、朝っぱらからこんなところに呼び出して」
月曜日の朝。晃人たちは早めに登校して、絢萌を学校の屋上に呼び出した。
リーナがいつの間にか絢萌と連絡先を交換していたので、昨日の夜の内にお願いしておいたのだ。
もちろん代未も呼んである。晃人を真ん中に三人並んで、絢萌に向かい合っていた。
「単刀直入に聞くよ。……以前のチーム、フレンズ4ガール。神津原さんはまだ諦めてない。再建しようとしているんじゃないか?」
「やっぱりその話――って、なんでそうなるのよ! いきなりビックリするじゃない」
さすがに唐突すぎたかもしれない。でも絢萌は動揺しながらも、答えてくれる。
「もう、解散……してるのよ? シホとアイは完全にマジックシューターズ辞めちゃって、やる気も無いし。また誘うなんて無理」
「だから神津原さんは、新しいフレンズ4ガールを作ろうとしていた。……椎名さんと、一緒に」
「っ……!!」
晃人の言葉に、狼狽してたじろぐ絢萌。
その反応を見て、晃人は自分の考えが合っているのだと確信する。
それはリーナも同じようで、
「やっぱり絢萌ちゃん、未練あるんだよね? 前のチームに」
「それは……」
「なんだ、そういうことかよ。だったら作ればいいじゃねーか」
絢萌の肩が僅かに震えた。
代未は気にせず、言葉を続ける。
「そのためにランクモードでランク上げたんだろ? 椎名にちゃんと見てもらうためにさ。新しいチーム作ろうぜって言うだけだろ」
「作ればいいって……言うだけって……。
そんなの……。
……それが簡単にできるなら、とっくにそうしてるわよ!!」
代未は絢萌の顔を見てハッとする。すぐに晃人とリーナも気が付いた。
鋭く代未を睨む絢萌の目に、涙が浮かんでいることに。
絢萌は涙混じりの声で続ける。
「未練? 当たり前でしょ! 諦められなかったわよ! 四人で作ったチームが、あんな風に解散しちゃって……納得できるわけないじゃない! 辞めちゃったシホとアイは仕方ないけど、まだ沙織がいる。沙織と一緒に、もう一度チームを作ろうって思った! なのに……沙織は!!」
「……研究部に、スカウトされちまった」
「そうよ! 折角Sランクに上がって、沙織にもう一度チームを組もうって言おうと思ったのに……なんで、なんでよ! なんでスカウトなんかされてんのよ!! なんであっさり引き受けてるのよ!」
「だから、諦めたのかよ。椎名とチームを組むの」
「っ……それで諦められるほど、あたしの気持ちは柔くないわよ」
「じゃあなんで椎名を誘わないんだよ。研究部のチームに入ったとか、関係ないだろ。引き抜いちまえよ」
「それは……」
絢萌は代未からリーナに視線を移し、しかしすぐに目を逸らしてしまう。
「渡矢さん、待ってくれ。神津原さんは準備をしていたんだよ。今渡矢さんが言ったように、椎名さんを引き抜くための準備を」
「準備? なんだよそれ」
代未は首を傾げているが、絢萌は驚いた顔で晃人をまじまじと見る。
「あんた……どこまでわかってるのよ」
「わかってるっていうか、全部繋げるにはこう考えるしかなかったんだ」
「んー? おい沖坂! とっとと話せよ! なんだよ準備って」
「わからないか? リーナのことだよ。神津原さんはリーナにランクモードをやらせて、SSランクになってもらいたかったんだ」
「はぁ? なんでリーナちゃんがっ……いや……待て。準備って、そういうことか?」
怒鳴りかけた代未だったが、突然冷静な口調になる。さすがにわかったようだ。
「ねぇ絢萌ちゃん。もしかして、わたしをチームに勧誘しようと思ってた?」
「うっ……」
「神津原さんは、椎名さんを研究部から引き抜くのに、自分以外のメンバーも揃えておきたかった。向こうよりも魅力的なメンバーで」
「そこでリーナちゃんってわけだ。ふんっ、目の付け所はいいが、生憎リーナちゃんはランクモードもチームモードもやらないからな!」
「えーっと、渡矢さん落ち着いて。……そう、リーナはランクモードをやらないから、Cランクだ。いくらフリーモードで有名だとしても、それだと説得力に欠けるかもしれない。だから、まずはSSランクを目指してもらいたかった」
「わたしにランクモードをやれって言ってきたの、そういう理由だったの? 絢萌ちゃん」
「いや、だから、それは……えっと……」
絢萌はしどろもどろに言葉を続けようとしたが、観念したのか、目元に残った涙を拭い、盛大なため息をついた。
「はぁ~……。そうよ。あんたの言う通りよ。リーナの戦い方がチームプレイに向いてないって言ったのは、本当だけどね」
「うん。あのアドバイスは、本物だったと思ってるよ」
絢萌はその言葉に面食らったようだが、小さく咳払いして話を続ける。
「あたしね、動画をたくさん見た。上手い人の動画を見て、勉強して、フリーモードとランクモードで何度も試した。そんな時リーナの動画を見付けたのよ。こんなに強い人が、フリーモードにいるんだって驚いたわ。
……そしたら入学式の日に、あなたがリーナって呼ばれているのを見かけて……マジックシューターズの話をしてたし、間違いないと思った。そこで、リーナをチームメンバーにする計画を思い付いたってわけ」
絢萌は少しだけ悲しそうな顔で笑って、リーナを見る。
「というわけなんだけど。ねぇリーナ。ランクを上げて、あたしとチームを組んでくれない?」
「な、お前どさくさに紛れて――」
代未が声をあげようとするのを、リーナが手で遮る。
「ごめんね。わたしはやっぱり、ランクモードも、チームモードもやらないよ。それに今は、晃人くんのチームに仮だけど入ってるから。絢萌ちゃんとは組めないよ」
「……そう。わかったわ」
絢萌はそう言うと、晃人たちに背を向けて、出口へと歩き出す。
「待ってくれ、神津原さん。……これからどうするんだ?」
振り返り、晃人を見る絢萌。
「リーナが無理なら、他の強い人を探さなきゃ。なかなか同じレベルの人は、いないと思うけどね」
「……そっか。やっぱりフレンズ4ガールのこと、諦めるつもりはないんだな」
「当然でしょ。今さら、諦めろという方が無理よ」
今度こそ話は終わりと、絢萌は再び背を向ける。
晃人はその小さな背中に向けて、叫んだ。
「だったら、そんなことをしてちゃダメだ!」
「……なんですって?」
絢萌は振り返らず、足だけ止める。
「強いメンバーを揃えるとか、そんなの必要ないって言ってるんだ!」
「だったら! どうしろって言うのよ!」
「神津原さんが椎名さんより強くなればいいだけだろ!」
「なっ?!」
ゆっくりと、驚いた顔で振り返る絢萌。
「あたしが、沙織よりも?」
「椎名さんと戦って、勝って、チームに入れって言えばいいんだ。自分が、隣りに立てるくらい強くなったって、証明すればいい。強くなる気があるってわからせればいいんだよ!」
「い、言ったでしょ! 沙織は研究部のチームの誘いにあっさり乗ったのよ? 未練なんて無いのよ。今さら、そんな簡単にあたしの声に耳を傾けるとは思えない。だから先にメンバーを揃えようとしたんじゃない!」
「椎名さんに直接聞いたわけじゃないんだろ? 本当に未練がないのか」
「それは……聞いてないけど、でも沙織はもう……」
「神津原さんは椎名さんと戦うべきだよ! 強くなったことを認めさせなきゃ!」
「む、無理よ。沙織は今SSランクなのよ? あたしが勝てるわけないじゃない……」
「ランクなんて関係無い。やる前から諦めるな!!」
ビクッと震える絢萌。
それを見て、代未が笑う。
「ははっ、こいつの言う通りだ。お前、挑む前から諦めるとか、情けないヤツだなぁ」
「な、情けない?! あ……あたしはっ」
「もっと自信持っていいんじゃねぇか? お前、強かったよ。戦った私が言うんだ、間違いない」
「……あんた」
「……まぁ、リーナちゃんほどじゃないけどな」
少し恥ずかしいのか、鼻の頭を掻く代未。
すると今度はリーナが笑って、
「わたしから見ても強かったと思うな~、絢萌ちゃん」
「勝ったあなたに言われても……」
「あはは……でもほんとに強いって思うよ! あそこまで跳弾コントロールできる人、なかなかいないからね~。あれは十分武器になると思うなっ! わたしが言うんだから間違いないよ!」
最後は代未と同じことを言って胸を張る。
絢萌は最初ぽかんとしていたが、やがて小さく笑う。
「あはは……フリーモードの魔女の、お墨付きか」
「えっ、うわ、だからその呼び方やめてよ~」
「いいじゃない、別に」
そう言って、絢萌は空を見上げる。
「…………そうね。沙織とバトル、してみようかな」
絢萌のその言葉を聞いて、晃人たち三人の顔がほころぶ。
「おっし、やっとやる気出したか。お前、椎名とケンカもしなかったって言ってただろ? してみろよ、本気でケンカ」
「沙織とケンカ……。そうなのよね、チーム組んでからはぜんっぜんしてなかった。あーもう、いいわ、真っ正面からぶつかってやろうじゃない!」
「う~、なんかいいな~!! マジックシューターズのことはマジックシューターズで決着をつける! 的な感じが! ねぇねぇ、プライベートモードでやるでしょ? わたしたちも見学していい?」
「け、見学? 別にいいけど……って、見世物じゃないわよ?!」
「そこはほら、わたしたちが見届け人ってことで! あ、ジャッジってことでもいいかな。とにかく、わたしたちのことは気にせず戦ってくれていいから! ね?」
「もう……しょうがないわね」
喜ぶリーナに、少し呆れ顔の絢萌。
最後に、晃人が絢萌に声をかける。
「神津原さん。……思いっきり戦って、その上で、椎名さんと話をしてみなよ」
「…………うん。そうするわ」
ぎゅっと拳を握り、代未、リーナ、そして晃人の顔を順に見る。
「……ありがとね、三人とも。なんか、沙織に言いたいこといっぱい浮かんできた。あたし勝つわ。沙織に絶対、勝ってみせる!!」
絢萌は拳を突き上げて、空に誓うのだった。
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