4「絢萌の想い」
「もうわかったと思うけど、あたし中学の時にチーム組んでたのよ。沙織と、昨日の二人とね」
ハガ―アミューズメントでは落ち着かないということで、駅ビルの中にあるカフェに場所を移した。
四人掛けのテーブルに、晃人とリーナが並んで座り、晃人の正面に絢萌、その隣りに代未が座った。
「でも解散しちゃったんだよね? なにかあったの? チーム内で」
「あったと言えばあったし、なかったといえば……なにもなかったのよ」
「うん? どういう意味?」
「リーナちゃん、それをこれから話してもらうんだろ?」
「あっ、そうだね。ごめんごめん、わたし余計な口を挟まないようにするね!」
リーナは自分の口を手で塞ぐ。
そこまでしなくても……と晃人は思ったが、リーナが口を挟むと確かに横道に逸れそうだ。
リーナと代未のやり取りを見て、絢萌は小さくため息をつく。
「……なんかちょっと気が抜けたわ。ねぇ沖坂。あんた、さっきの沙織の言葉、どう思った? チームプレイをするほど、みんな強くない。強くなりたいんじゃなかったんだって」
「うーん……ちょっと、言い方きついかなって思ったけど」
「やっぱりそう思うわよね。……問題があったとするなら、そこなのよ」
「言い方きついのが?」
「あたしたちのチームは、確かに弱かったわ。チームプレイなんてまったくできてなかった。……でもだからって四人全員が弱かったわけじゃない。沙織だけ、飛び抜けて上手かったの」
晃人はゆっくりと頷く。
実際に戦ったことがあるから、沙織の強さはよくわかっていた。
「だからね、沙織はよくあたしたちにアドバイスしてくれてた。さっきのバトルでは、こうするべきだった、あの時の判断ミスが敗因だった、とかね。鋭い指摘をしてくれた」
「……きつい言い方で?」
「そう。沙織はなんていうかな、言葉が足りないのよ。だから冷たい印象を受けちゃう」
「あるよな、アドバイスなのに注意された、怒られたって受け取られること」
代未がうんうんと頷いている。代未の口調的に、同じくそう思われることが多いのかもしれない。
「俺だったら、どんな言い方されてもアドバイスとして受け取るけど」
「ふふっ、あんたなら、そうでしょうね」
そう言った絢萌は、何故か優しげな……どこか羨望の混じったような目で、笑みを浮かべた。
初めて見た表情に、思わず晃人はドキッとしてしまうが、絢萌は気付かず話を続ける。
「でも、シホとアイ……二人は違った。冷たい、恐い、厳しすぎるって、影で言っていたわ。なんとか取り持とうと頑張ったんだけどね」
絢萌は背もたれに身体を預けて、上を向く。当時のことを思い出しているのかもしれない。
「じゃあ、それが原因でチームを辞めちゃったのか?」
「そうね。それだけじゃ、なかったみたいだけど」
姿勢を戻し、絢萌はテーブルの自分の紅茶に口を付ける。
「沙織はそれが原因で辞めたと思ったでしょうね。チーム抜けるだけじゃなくて、マジックシューターズそのものをやらなくなっちゃったから」
「えぇ?! マジックシューターズ自体やめちゃったの?」
押えていた口を離して、声を上げるリーナ。
マジックシューターズが大好きなリーナにとって、ショックな話だったのかもしれない。肩を落として、しょんぼりとしている。
「あたしもあの時はショックだったわ……。沙織は、自分のアドバイスを違う風にマイナスに受け取ってしまうのは、強くなる気がないからだって言ってたわ。あたしのことも、向上心が無いって思われたみたい」
「それでさっき、あんなことを言ってきたのか」
「そういうこと。沙織と二人の間を取り持とうとして、もう少し言い方を考えなさいよって言ったのが、そう捉えられたみたいね。ま、そこはあたしの失敗ね」
「失敗って、神津原さんは取り持とうとして勘違いされたんだろ? だったら……」
「いいの。とにかく、それでチームは解散になって、でもあたしはマジックシューターズを続けた。沙織はチーム解散する少し前から、ランクモードばっかりやるようになっていたから、タッグを組んでプレイすることも無くなって……仕方ないから、あたしもランクモードでランクを上げていったわ」
仕方ないからと話す割には、険しい顔でカップを見つめる絢萌。
もしかしたら、強くなる気がないと言われたのを気にして、ランクを上げようと思ったのかもしれない。
「それでようやくSランクに上がって、たまたまハガ―アミューズメントにいた沙織に報告しようと思ったら……沙織と一緒に、あの人がいたのよ」
「あの人? 誰のことだ?」
「あんたたちも見たことあるわよ。マジックシューターズ研究部の部長。部活紹介で喋ってた人よ」
「け、研究部の部長? なんで椎名さんと?」
思わぬところが繋がって、晃人だけじゃなく、リーナと代未も驚いている。
「スカウトよスカウト。なんでもチームメンバーの一人が三年生で、引退しちゃったから穴埋めで新メンバーを探していたみたい。沙織は推薦で真ヶ峰に早く決まってたから、ちょうどいいって」
「研究部からのスカウト……そんなことがあったのか」
呆気に取られる晃人に対し、代未は感心した様子で腕を組む。
「へ~、やるなぁ研究部の部長。その頃には部が分裂してたってことだろ?」
「そうみたいね。マジックシューターズ研究部って、名乗ってたみたいだから」
「ふーん。で、椎名はそのスカウトを受けたわけだ」
「……そうよ。沙織はあっさりとそのスカウトに乗った。あたしの目の前でね」
絢萌はそう言って顔を伏せてしまう。今どんな顔をしているのか、正面の晃人にはわからなかった。
「二人がマジックシューターズを辞めちゃった時と、同じくらいに……もしかしたら、それ以上に、ショックだったかもしれない。沙織はあたしたちのチームのことなんか……。なんの未練も無いんだ、って」
俯いたまま紡いだ言葉の重さに、晃人たち三人は何も言えず、お互い目を合わせることもできなかった。
出会って間もない晃人たちが、いい加減な慰めを言うことはできないから。
やがて、絢萌は顔をあげる。その時には、すでにさっきまでの感情は消えていて、すました顔で紅茶を一口飲み、話を続ける。
「沙織から見たら、同じチームだった二人が辞めちゃって解散になった。そこへチームの誘いがあったから、話に乗った。という、それだけの話。なにか問題が起きたわけでもなく、ケンカをしたわけでもない。だからなにかあったと言えばあったし、なかったと言えばなかったのよ」
絢萌は自嘲気味に笑って、もう一口紅茶を飲む。
「むしろケンカでもすればよかったのかもね。そうすれば解散しなかったのかな。あたしたちのチーム……『フレンズ
「それが、神津原さんのチームの名前?」
「そうよ。確かこれ、沙織が名付けたのよね……」
そう言って絢萌は、遠くを見るような目になる。
今ので絢萌の話は全部だろう。
晃人は考える。絢萌の話を聞いて、それで、自分はどうしたい?
「あーあ。なんか恥ずかしい話しちゃったわね。あ、チームプレイだけどね、確かにランクとフリーモードで試しただけで、チームモードでは経験無いけど、それでもあなたたちに教えられるくらいの知識はあるから。安心して」
「そこは、心配してないよ」
「そう? ……少しは不安がるもんじゃない? 沖坂、あんたも結構変わってるわよね」
それで話は終わりになり、明日は日曜日だから次は月曜日の放課後に、ということで解散になった。
*
「こんばんわ~、晃人くんっ! お、アバター、マジックシューターズのだねー」
「こんばんは。この魔法使いのアバターが一番馴染むんだよ」
翌日日曜日、夜。晃人はリーナとVR通話で話をしていた。
自室でHMDを装着し、VR空間にアバターを表示させて通話ができるもので、リーナは自分に似せたポニーテールの女の子のアバターを使い、背景が宇宙に設定された空間をくるくると動き回っている。
晃人は今言ったように、マジックシューターズの魔法使いをデフォルメ化したアバターだ
(……そういえばこれ、リーナにはどう見えてるんだ?)
リーナは、マジックシューターズに限らずVR空間すべてがリアルに見えると言っていた。晃人は今発現していないが、リーナは常にEVSが発現している。このアバターを使用した空間は、どういう風に映っているのだろう。
「そういえば晃人くん。マジックシューターズで、EVS最初から発現するようになった?」
「……まだだよ。相変わらず最初は普通のゲーム画面だ。昨日一緒にやった時は、発現するまでの時間が短かった気がするけど」
「そっかー。少しずつ変わっていくのかな? そもそもなんで違いがあるんだろうね」
「俺が後天的に発現したからだろうけど……。それよりもさ、一つ気になることがあって」
「なになに? なんでも言って!」
「今日、一人でランクモードをやってきたんだ。……だけど一度も、EVSが発現しなかった」
「えぇ?! リアルに見えなかったの?」
「ずっとゲーム画面に見えてた。……なんだろうな? やっぱりなにかきっかけが必要なのか……」
「う~ん、まったく見当が付かないよ~」
EVSが先天的に発現した最初の一人がリーナだとしたら、後天的に発現したのは、今のところ晃人が最初の一人。前例が無い以上、推測することしかできない。
「むむむ~。って、いけない! EVSのこと話すためにVR通話したんじゃないんだよ!」
「おっと、そうだったな。神津原さんのことだ」
「そうそう! 晃人くんは昨日の絢萌ちゃんの話、どう思った?」
「どうって言われてもな……」
EVSのことも大事な話ではあるのだが、今回の本題は絢萌のことだ。
話を聞いて丸一日経つが、あの話をどう受け止めればいいのか、わからないでいた。
それはリーナも同じだったようで、VR通話に誘われたわけである。
「もうなんか、神津原さんの中では決着がついてそうな気がしないか?」
「そんなことないよ! わたしはそんな風には見えなかったな~」
「じゃあ、どんな風に見えたんだ?」
「それはもう、チームに未練ありまくりだなって!」
「み、未練ありまくり?」
「うん! だって絢萌ちゃん、沙織ちゃんのことチームに未練がなかったんだって話すとき、すっごく苦しそうだったでしょ? 俯いてたけど少しだけ震えてた。それってきっと、絢萌ちゃんは未練があるってことだと思うの」
晃人はハッとした。言われてみればそうだ。震えていたのは気付かなかったが、あの時、俯いたまま話した絢萌の声は、確かに苦しそうだった。
絢萌に未練があるからこそ、沙織に未練が無いことがショックだったんだ。
「それにね、よく考えたらまだわからないことがあるんだよ」
「わからないこと? 神津原さん、前のチームのことは全部話してくれたと思うけど」
「ううん。前のことじゃなくて、今のこと。どうして絢萌ちゃんは、わたしにランクモードをやれって言ったのかな?」
「えぇ? それは……確か、チームプレイに向いてないからって理由で……。あ、いやでも、SSランクを目指してもらわないと困るって言ってたな」
確か絢萌と代未が言い争っている時に、ぽろっと口にしていた。
「リーナがSSランクを目指さないと困る理由って、なんだ?」
「まだはっきりとわからないんだけど~……。なんか、昨日聞いた話と、繋がりあるんじゃないかなぁって思うんだよね~。どう繋がっているのか、わからないんだけど。でも絢萌ちゃんの、行動原理っていうの? 特にマジックシューターズ絡みのことは、全部そこにあると思うんだよね~」
一理あるなと、晃人も思う。
以前のチームのことに、集約されている気がする。
フレンズ4ガール。
絢萌と沙織が、一緒に組んでいたチーム……。
「……もしかして、諦めてないのかな」
「うん? なにを?」
「チームだよ。フレンズ4ガール」
「それって、絢萌ちゃんがチームを再建しようとしてるってこと? でも一緒だった二人はゲーム自体……マジックシューターズを辞めちゃったんでしょ?」
「ああ。その二人を再度誘うのは、さすがに無理なんだと思う」
もちろん以前の四人が揃うのがベストだろう。
でもそれはもう適わないと諦めているなら、その次は……。
「リーナ。これはもう、本当に推測だけどさ。もし神津原さんが――」
晃人はリーナに、自分の考えを話す。
リーナはアバターの表情をクルクル変えて驚いていたが、最後には晃人の考えに賛同してくれた。
「じゃあ、明日絢萌ちゃんにそのこと聞いてみないとね!」
「……神津原さんに、椎名さんとのこと。決着付けてもらおう」
「そうだね。よーっし。じゃあ明日! おやすみ、晃人くん」
「うん、明日。おやすみ」
リーナとのVR通話を終えて、HMDを外してベッドに横になる。
明日、絢萌と話すとして……では、その後はどうするのか?
天井を見ながら考える。
「……やっぱ、それしかないよな」
答えを見付け、晃人は拳を突き上げるのだった。
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