7「共有できること」


「や~、あの人本当に強かった……。時間ぎりぎりでゲームには勝ったけど、なんか複雑な気分だよ。あの人が前衛で最初から攻めてきてたら、負けてたかもしれないよ~」


「……そうだな」



 筐体から出て観戦モニターを見る。

 コートたちブルーガイム王国が極大魔法を完成させ、勝利したとリザルトが出ている。


 終盤、ずっと後衛にいた敵プレイヤーが攻め上がり、コートたちの儀式塔前で大立ち回りを繰り広げた。

 儀式塔の魔力が97%というところで、注入してくれていた味方がやられてしまい、その後も魔力注入を妨害され続けた。

 敵陣側から戻ったリーナが相手をしていたのだが……最後の最後で、リーナはやられてしまう。


 リーナが勝てなかったことにも驚いたが、それよりも……。



「……晃人くん? どうかした?」


「ちょっと……な」


「む~……もう、晃人くん? なにかあったんなら、なんでも話してよ。EVSのあの感覚を共有できるのは、わたしだけなんだからね?」


「リーナ……。ごめん、そうだったな。でも、あんまり気分の良い話じゃないぞ?」


「構わないよ。……というか、少しだけ、予想ついちゃった」


「えっ? あ……そう、か」



 今リーナ自身が言ったじゃないか。

 EVSのことを共有できるのは、同じくEVSが発現した者だけ。

 それはつまり、リーナも同じ経験をしているということだ。



「最後の方で敵を倒した時に……見ちゃったんだ、口の動き。……ふざけんな、死ねよって、言われた」


「……うん」


「俺、あんな敵意むき出しの感情をぶつけられたの……初めてかもしれない。

 その後はもう、まったく集中できなかった。リーナに加勢しようと思ったのに、呆気なくやられて……。あの人強かったから、どっちにしろすぐやられてたかもしれないけどさ」



 リーナを倒してしまうほど強かったのだ。コートでは手も足も出なかっただろう。

 もしかしたらSSランクだった可能性もある。



「ゲーム前にリーナが、EVSは思った以上に辛いって言った意味、よくわかったよ。良いことずくめじゃないんだな」


「晃人くん最初の方で、相手が笑ったのを見て、わたしが相手の射程内に入ったことに気付いたって言ってたよね? 表情や口の動きは、読み取っていないはずのデータ。受け取れないはずの情報。晃人くんはそれを有効活用できたけど……でも、だいたいは余計に相手の敵意や悪意を受け取る結果になるんだよ」


「敵意や悪意……か」


「うん。普通のゲームなら、見ることはないものだよ。マジックシューターズだって、相手にも聞こえる広域通信はあるけど、滅多に使われないでしょ? 必要ないんだよ、感情の送受信は」


「……そうかもな。荒れる元にしかならない」



 稼働当初は、ゲーム後のトラブルが多発していたと聞く。筐体から出て因縁を付けようとするプレイヤーがいたそうだ。今はそういうプレイヤーは減り、マナーは良くなっている。



「ゲーム中に、全員が全員俺たちみたいに相手の感情がわかったら、酷いことになりそうだな」


「想像したくないね~……」


「そういえば……相手の口の動きが見えるってことは、チームチャットで何を話しているかもわかるってことだよな?」


「ううん。口の動きが見えるのはね、自分に向けられた言葉だけだよ。チームやタッグ間での会話はから、作戦内容まではわからないよ」


「そういうもんなのか」


「うん。だから、だからこそね。相手の感情がストレートにぶつかってくるんだよ。間違いなく、わたしに向けられた言葉なんだって」



 ――ふざけんな! 死ねよ――



 あの言葉は……間違いなく、晃人に向けられていたのだ。

 思い出し、ぶんぶんと頭を振るが、消えてくれなかった。



「これでだいたい、EVSのことはわかってもらえたかな?」


「そうだな……。あとはEVSが発現する時としない時の違い、かな。今回も最初はいつものゲームの画面のままだったし。リーナ、なにかコツでもあるのか?」


「あ、それそれ! わたしも驚いたよ~。ずっと発現してるわけじゃないんだね」


「ん? どういう意味…………って、まさかリーナ」


「わたしは最初からずーっとこうだからね。晃人くんみたいなパターンもあるんだなぁ」


「なっ……ゲーム中、常にEVSが発現した状態なのか? ていうか最初からって言った? 最初って?」



 晃人が若干混乱気味に問いかけると、リーナはくすっと笑う。



「最初は最初だよ~。わたしが初めてVRを体験したその時から、わたしにはその空間がリアルに見えていた。だからね、すぐには気付かなかったんだよね~。わたしはVRってすごい技術なんだなぁって感動してたんだけど、どうにもお父さんと話がかみ合わなくてね。HMD付けないで、モニターで映像を見せてもらってようやく違いに気付いたんだよ。わたしが見ているのは、こんなポリゴンちっくな画面じゃないよって」


「そうだったんだな……」



 ある日突然VR空間がリアルに見えるようになったのではなく、最初から。

 晃人のが後天性のEVSなら、リーナのは先天性のEVSなのだ。



「なぁ……もしかして、リーナは」


「あの。ちょっと、いい?」



 そこで、横から声がかかる。

 声の方を向くと、リーナと同じくらいの背格好の女の子。

 ストレートのショートボブ。ややつり目がちで、少し冷たい印象のある顔立ち。

 その子を見て、晃人はおやっと思う。



「あれ、確か……うちのクラスの?」


「あ、ほんとだ~。ええっと、椎名さん、だったっけ?」



 よく覚えていたなと、晃人は感心する。

 ホームルームで自己紹介はあったが、それだけで全員の名前を覚えることはできなかった。



椎名しいな沙織さおり。……名前、聞いていい?」



 どうやら彼女も、晃人たちの名前を覚えていないらしい。



「俺は沖坂晃人」


「わたしは早瀬理流那だよ~。よろしくね、沙織ちゃん」


「……よろしく。私、今のバトルに入ってたんだけど」


「えっ……あ! あの強い後衛! そういえばプレイヤーネーム、サオリだった!」


「そ、そうなのか?」



 沙織は表情を変えず、こくりと頷く。

 リーナを倒したプレイヤーが……クラスメイトの女の子だったとは。



「二人……昨日ここで、絢萌さんと話してた」


「あやめって神津原さんか? 知ってるの?」


「うん。中学、一緒だった」


「そうなんだ!? そっか~。あ、もしかして一緒にマジックシューターズやってたの?」


「少しだけ。……それより、昨日のこと」



 少し? 晃人は詳しく聞きたかったが、沙織は話すつもりはないようだ。話題を切り替えてしまう。



「ランクモードがどうこうって、話してたけど。絢萌さんに、なんて言われたの?」


「うん? あ~……わたしにね、ランクモードをやれって。断ったんだけどね~、意外としつこくて」


「そう……。やっぱり、聞き間違いじゃなかった。いったい、どうして……」



 沙織は一人考え込んでしまう。

 晃人とリーナは顔を見合わせ、首を傾げる。



「……だめ、わからない。でもバトルしてみて、わかったこともある」


「椎名さん? いったいなんの話を……」


「沖坂さん。それから、早瀬さん」


「リーナでいいよ~」


「リっ……理流那さん。二人の戦い方は、他の人と違う気がした」



 ぎくりとする。再び晃人とリーナは顔を見合わせてしまう。



「き、気のせいじゃない? わたしたち、そこまで特殊な戦い方してないと思うよ?」


「いいえ。……特に、理流那さんはそうだった。上手く言えないけど……戦いにおいての視点が違うというか……」



 もしかしたら沙織もEVSに? と晃人は一瞬思ったが、今の言い方からしてそれは違うようだ。

 あくまでゲーム画面から見たリーナが、他とは違うと気付いたようだった。



「そうかな~。でもわたし、沙織ちゃんに負けちゃったけどね~」


「違う。……理流那さん、魔力を注入しながら戦ってた」


「あはは、バレてた?」


「え……?」



 今のバトルはタイムアップで終わったんじゃない。

 コートたちブルーガイム王国側が、極大魔法を完成させて勝利したのだ。

 でも沙織が攻めてきたときは、儀式塔の魔力はまだ97%だった。



「あれって、味方の誰かが注入したんじゃないのか?」


「他の人は全員、私が倒した。沖坂さんも」



 リーナがやられたのは、魔力が100%になるのと同時だった。

 その隙に誰かがこっそり注入したのだと思っていたが……全員やられていたようだ。


 リーナはその状況を見て、沙織を倒すよりも魔力100%にして勝ってしまうことを選んだのだ。



「タイムアップでも勝てそうだったけどね~。念のためね。沙織ちゃんだって、わたしたち四人を相手にしてたんでしょ? むしろそっちのがすごいと思うよ?」



 ……悔しいが、その通りだと思う。


 沙織はやはり表情を変えず、じっとリーナを見つめる。



「……絢萌さんが入れ込む理由、少しわかった。……また戦いましょう、理流那さん」


「うん! またやろうね、マジックシューターズ!」



 小さく頭をさげて、立ち去ろうとする沙織。

 その背中に、なにかを思い付いたのか、リーナが声をかける。



「沙織ちゃん! 沙織ちゃんは部活入らないの? マジックシューターズの!」



 すると、くるりと振り返り、一言だけ返す。



「入ったよ。……マジックシューターズ研究部に」

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