5「EVS」
「ビックリしたよね~。まさか部員が一人しかいないなんて」
マジシュー部部長、柏沢先輩の衝撃的告白の後、晃人とリーナはふたりでハガ―アミューズメントに来ていた。
フードスペースで向かい合って座り、学校でのことを話し合う。
「でも、おかげで疑問は解けたよ」
柏沢部長は、部員が一人しかいない理由をこう説明してくれた。
『もともとマジックシューターズの部はマジシュー部一つだったんだが、分裂しマジックシューターズ研究部が出来てな。他の部員は皆そっちへ流れてしまった』
部の分裂。それが、マジックシューターズの部が二つある理由だった。
そんな内情まで、入学前にわかるはずもない。
「分裂ってなにがあったんだろうね~。しかも柏沢部長一人になっちゃうなんて。そこまで人望無いようには見えないのにね? あ、何人くらいいたのか聞けばよかった!」
「あんまり詳しく話聞けなかったからな」
「ヨミちゃんと神津原さん、ケンカ始めちゃったからね」
そもそも晃人たちがここにいるのは、部長の話の後にあの二人が言い争いを始めたからだ。
やっぱり入部するべきじゃない、チーム組めないならやっぱりランクモードやるべき、ランクはやらない、いいややらせる……という具合に。
そんな中、こっそりリーナが晃人の横にやってきて、
『ちょっと話したことがあるから、このまま抜け出さない?』
晃人はその提案に乗り、二人を残してマジシュー部部室を後にする。
当然、いなくなったことはすぐにバレる。柏沢部長が気付いて手を振っていたし。すぐに代未から連絡が入ると思うが……リーナはスマホの電源を切ってしまった。
もっとも行き先はここだとすぐにわかるはず。あまり時間は無いかもしれない。
「ヨミちゃんには悪いけど、タイミングを窺ってたんだよね~。晃人くんとふたりだけで話をしたかったから」
「そうだったのか? 俺の方も聞きたいことがあって、話がしたいと思ってたんだ。昨日のバトルのことで」
「そうだよね~。気になるよね、気になっちゃうよね。……あのさ、晃人くん。あの時、やっぱり相手の口の動き、見えてた?」
驚いた。まさかリーナの方から切り出してくれるとは。でもそれなら話が早い。
晃人はテーブルに身を乗り出す。
「俺は逆に聞きたい。リーナはどうしてそう思ったんだ? 俺が、見えているって」
「それは、えーっと……なんとなくそうなのかなーって思って。ほら、通信の切り替えミスではなかったみたいだし、もしかしたらなにか見えちゃってたりするのかなーって。そ、そんなわけないと思うよ? そんなことあるわけないとは思うんだけど、もしかしたらってことも……ある、かな? なんてね?」
いつものように捲し立てるように喋るリーナだったが、どうにも歯切れが悪い。
終いには、自信が無さそうに上目遣いで晃人の顔を窺う。
これはもう、晃人が認めてしまった方が良さそうだ。
「わかった。俺の方から話すよ。
……リーナの言う通り、俺にはあの人の口の動きが見えた。それだけじゃない、いつも以上にマジックシューターズの世界がリアルに見えていたんだ。ゲームの画面を見ている感覚じゃなくて、本当の本当にその世界に自分が存在しているような、リアルな感覚だった」
「晃人くん……やっぱりそうだったんだ」
「リーナ、なにか知ってるなら教えてくれ! あれは気のせいじゃないのか? 錯覚じゃないのか?!」
「気のせいでも錯覚でもないよ。あ、ううん。考え方によっては錯覚と言えるのかな? そう見えちゃうんだもんね。幻視って言った方が近いのかなぁ」
「ど、どういう意味だ? 幻視……? いや、それよりも……まさかリーナ」
「うん。わたしもね、リアルに見えてるんだ。マジックシューターズの世界が」
晃人はその言葉を聞いた瞬間に力が抜け、背もたれに深く身体を預けた。
リーナもマジックシューターズの世界がリアルに見えている。
もしかしたらそうなのかもしれないと、昨日からずっと思っていた。
「ごめんね、晃人くん。わたしの方からリアルに見えているよって、言えなくて。もし違ってたらどうしようって思ったら、なかなか言い出せなくて」
「……そっか。いや、それはいいよ。当たり前だと思う。秘密に、してるんだろ?」
「うん。こんなこと言えないでしょ? 知ってるのは本当に身近な人だけだよ」
もし万が一リーナの推測が間違っていて、口の動きが見えていたわけじゃなかったとしたら。リーナは自分の秘密をただバラすだけになってしまう。
「リーナ、教えてくれ。マジックシューターズの世界がリアルに見える、あれは……いったい?」
「もちろん教えるよ。そのためにわたしは、晃人くんとチームを組むって決めたんだから」
「え……? リアルに見えることが、チームを組んでくれた理由?」
「きっとね、晃人くん戸惑うと思うから。戦い方も変えなきゃいけないかも」
「それってどういう……」
戸惑うというのはわかるが、戦い方を変えなきゃいけない?
晃人はリーナの言っていることがわからず、首を傾げる。
「順番に説明するよ。まずはそうだね、これがなんなのか? ってところからかな」
「そうだな……。それが一番気になる」
「わたしはマジックシューターズの世界が……ううん、VR空間がリアルに見える。この感覚のことを『仮想感覚の進化』って呼んでるの」
「仮想感覚の進化……」
「
「に、人間の進化って……えぇ? そんなまさか……」
「あはは、もちろんまだ仮説だよ。公にはされていないし、研究者は一人だけだから」
「そう、なのか。……あぁちょっと混乱してきた。言っていることはなんとなくわかるんだけど……」
VR空間を見る感覚が進化した。そのおかげで、普通以上にリアルに見えるようになった。
これはもう、そうだと理解するしかないのだろう。
ただ人間の進化だとか言われると、スケールが大きくなり過ぎて実感が湧かない。
「……ええと、研究してる人がいるんだな。リーナはその人に色々教えてもらったのか?」
「うーん、というより、わたしがそうだってわかったから、その人は研究を始めたんだよ。わかってる限りだと、わたしがEVSに発現した最初の一人だからね~」
「リーナが最初なのか……。じゃあその研究者の人はいったい?」
「わたしのお父さんだよ。元々近い研究をしててね、わたしが普通じゃないってわかって、EVSの研究を始めたの」
「お、お父さん?! ああ、なるほどそういうことか。納得した」
「お父さんはね、まだEVSのことを公にする気はないの」
晃人は黙って頷く。
もし公にしたら、リーナはどうなってしまうか。
……現実はわからないが、どうしても嫌な想像をしてしまう。モルモットとか、そういう。
「でもお父さんは言ってた。そのうち、そういう人が増えるって。VRの技術が発達した今、人間は急速に適応していくはずだって。……いつかきっと、わたし以外にEVSが発現した人にも出会えるって」
「リーナ……。もしかして、今まで一人だったのか? 他にEVSが発現した人は……」
「いないよ。少なくともわたしは知らないな~。もちろん気付かれていないだけで、世界のどこかに発現している人はいるかもしれない。お父さんもその手の情報はチェックしてるみたいだけど、自分たちのことを隠しながら探しているから、漏れはあるだろうって」
「……それは、そうだよな」
そういう研究をしていますと公言していれば、情報も入ってきやすいだろう。が、そういうわけにもいかない。
「晃人くん。EVSはね、受け取ったデータをただリアルに見せるだけじゃない。読み取っていないはずのデータまで、ネットワークを通じて受け取ることができるんだよ。普通なら伝わるはずのない、人の微細な動きとかね」
「読み取っていないデータを……?! そんなバカな、どうしてそんなことができるんだよ!」
「う~ん、その辺りの仕組みまだわかってないんだよね。ハードウェア的には絶対にあり得ないことだから。でもほら、晃人くんはもう体感してるはずだよ。口の動き、見えたんでしょ?」
「あれが……そういうことなのか? いやでも……」
リアルに見えるだけなら、錯覚に近いものだと理解ができた。
だけどハードウェアが読み取っていないはずの情報を、受け取ることが出来るというのは……。
それはもう、普通じゃない。超能力の域ではないのか。
「あー……。そうでもなきゃ、口の動きなんて見えるはずがないんだよなぁ……。あんなに細かい動きまで、読み取っているはずがない」
「うん。さっきも言ったけど、まだ仕組みや理屈はわからないから、そういうもんだって受け入れるしかないんだよね~。だって、見えちゃうんだもん」
「俺も、見ちゃったんだもんな。受け入れるしかない、か」
観念するしかない。どんなに非常識でも、超常的でも、受け入れるしかない。
見えてしまっているのだから。
「わたしたちが受け取れる情報は、他の人よりすっごく多いんだよ。草木が揺れたり、衣擦れの音まで聞こえたりする。そのすべてを拾うのは大変だけど、マジックシューターズで戦う上で、必ず助けになる」
「それって……。リーナの視野が広いのは、EVSのおかげなのか?」
「あはは、今言った通り、助けにはなってるよ。でもね、そこは経験の部分が大きいかな?」
「そ、そうなのか。いきなり視野が広がるってわけでもないんだな」
「うん。それは自分で鍛えなきゃ。でも何度も言うけど、EVSは視野を広げるサポートをしてくれるよ」
「サポートか……。戦い方を変えなきゃいけないって、そういうことなのか?」
「入ってくる情報が人より多いっていうのはすごく有利なことなんだけど、それを生かすには今まで通りじゃダメだからね」
まだ実感が湧かない部分も多いが、それでも晃人の中で色々と腑に落ちた。
リーナの強さの秘密も、少しわかった気がする。
「つまりリーナは、俺にそのレクチャーをするために仮でチームを組んでくれたんだな」
「そうだけど……えっとね、実はもうひとつ理由があって」
「もうひとつ?」
「うん。あのね、晃人くんの言う通り、わたしずっとひとりだった。EVSに発現した人に初めて会ったの。こんな話をするの、晃人くんが初めてなんだよ」
「リーナ……」
「やっと……この感覚を共有できる人と出会えた。チームモードを実際にやるのは、やっぱり難しいんだけど、それでも一緒にマジックシューターズをやりたいって思ったの。あの世界を本当の意味で共有できるんだって。そう思ったら、なんか嬉しくって」
「その気持ち、少しだけわかるよ。……俺、春休みにリーナとバトルをした時に、初めてEVSが発現したんだけど、あれは気のせいだって言い聞かせようとしてた。でも、あれだけリアルな感覚……無かったことにはできなかった。誰かあの感覚をわかってくれる人はいないのかって、思ってた」
「うん、これからはお互い共有できるんだよね。……晃人くん。EVSは、きっと思っている以上に
「……? あ、ああ」
思っている以上に辛い?
晃人はまだ、その言葉の意味が理解できなかった。
リーナの真剣な表情に、ただ頷くしか出来ない。
「よーしっ。晃人くん! 早速タッグを組んでみよっか! EVSの使い方、しっかりレクチャーするからね!」
リーナはいつもの笑顔で、元気よく立ち上がる。
晃人も釣られて笑い、
「そうだな。……よろしくお願いします。リーナ先生?」
「あ、久しぶりだね、それ! でもそうだなぁ。今度はリーナ先輩にしてもらおうかな?」
「どっちでも……いや。よろしく、リーナ先輩」
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