4「ここはマジシュー部の部室だ」
マジシュー部の部室はとても狭かった。
奥行きは普通の教室と同じだが、横幅が三分の一くらいしかないかもしれない。
その上、中央に長机が二つ、向かって右の壁にスチールラック、左にホワイトボードが置かれていて、部屋はさらに狭く感じた。
一番奥に柏沢陸緒部長が立っていて、その左側、ホワイトボードの前に神津原絢萌が座っている。
「やっぱり来たわね」
「やっぱり……? 俺たちが来るってわかってたのか? どうして……」
「なんだ、君ら知り合いなのか?」
「え? 知り合いって言うかなんていうか」
晃人が言い淀んでいると、
「別に、その人は知り合いでもなんでもないわ」
「……あぁ」
用があるのは、あくまでリーナだけということか。
「どうしてわかったのかって? はぁ……むしろなんでわからないと思うのよ」
「どういう意味だ?」
「言ったでしょ、あたしD組だって。部活紹介の時、あんたたちの後ろにいたの。あんたとリーナ、マジシュー部の紹介の後ずっと立って拍手してたでしょ? あんなの見ればここに入ることくらい予想できるわよ」
「うっ……」
まったくもってその通りだった。返す言葉もない。
……が、代未はそうではなかった。
「確かに二人は目立ってたな。でも私らの後ろの方でも、
「なっ……?! だ、だれかしらね~? あ、あたしは気付かなかったけど~?」
そっぽを向いて誤魔化そうとする絢萌。
なるほど、わかりやすい。
「へ~、わたしたち以外にもそういう人いたんだね~。そっかそっか、なんか嬉しいな。その人もマジシュー部に来るといいね!」
「来ると思うぜ~。もしかしたらもう来たかもしれないな~」
……リーナは素で気付いていないようだ。ふたりの会話に絢萌の顔が真っ赤になる。
「だ、黙りなさいよ! そもそもあたしはね、あんたたちを――」
「まぁまぁ落ち着け。なんか色々あるようだが、ほら、君たちもこっちに来て、座ってくれないか?」
言葉を遮り、場を収めようとする柏沢部長。
絢萌は浮かしかけた腰を下ろしてそっぽを向く。晃人たちも中に入ってドアを閉めた。
長机を囲むようにパイプ椅子が四つ。リーナと代未が右側に並んで座ったので、晃人は左側、絢萌の隣りに座るしかなかった。
(この子……なんでここにいるんだ? チームバトルに否定的だったのに)
ちらりと隣りを窺うと、彼女はじっとリーナを見ている。いや、睨んでいた。
当のリーナは気付いていないのか、物珍しそうに狭い部室を見渡していて、代わりに代未が絢萌を睨み返していた。
「さて、ようこそマジシュー部へ! もう知っていると思うが改めて。僕は柏沢陸緒、ここの部長だ。四人とも入部希望ということで構わないか?」
「俺は――」
「あたしは!」
絢萌はガタッと立ち上がると、ビシッとリーナを指さす。
結局収まらず、さっきの続きをするつもりだ。
「リーナ、あなたがチームを組むのを阻止するために来たのよ!」
「……ほう?」
「えぇ? 阻止? なんでそんなこと?」
「忘れたの? あなたはチームモードよりもランクモードをやるべきだって言ったでしょ!」
「え~……。それがまずよくわからないんだけど? なんでランクモードをやるべきなの?」
「そうだ! だいたいお前にリーナちゃんをどうこう言う権利は無い! リーナちゃんはフリーモードしかやらない! チームもランクもやらない!」
ガシャンとパイプ椅子を後ろに倒しながら立ち上がる代未。
(やっぱり衝突するんだな、この二人)
「なにやら訳ありのようだが……。君たち、僕の紹介を聞いていたか? マジシュー部はチームモードの大会優勝を目指すべく、マジックシューターズの腕を磨くための部だぞ?」
「わかってるわよ! だから阻止しに来たんじゃない!」
「阻止って言われても、わたしもう晃人くんと仮でチーム組むことにしちゃったよ? もう遅いよ?」
「だから! 仮でしょ? チーム登録するわけじゃないんでしょ? だいたい、チームモードはやるつもりないんでしょ?」
「その通り、リーナちゃんは絶対にチームを組まない!」
「いやそれはちょっと待て……」
さすがに聞き捨てならず、晃人も立ち上がった。
「リーナがチームモードをやるかどうかは、本人が決めることだろ? リーナ自身が仮とはいえやると言ってるんだから、周りは後押しするべきだ。そうじゃないのか渡矢さん!」
昨日から気になっていた。リーナがやりたいと言えば、代未の性格ならその意志を尊重するはずだった。なのに……。
「そうだな、きっとお前の言う通りだよ。それでも私は、リーナちゃんにチームモードはやらせない。ランクが絡むモードは一切! やらせない!」
「ヨミちゃん……」
頑なに譲らない。
リーナがチームモードとランクモードをやらない理由が、それだけ根が深いということなのか……。
「ふむ……。本当に、色々事情がありそうだな」
柏沢部長は目を瞑り、何度も頷くと、
パンッ!!
と、大きく手を叩いた。
「な、なによ急に……ビックリするじゃない」
「もう一度言わせてもらうが、ここはマジシュー部の部室だ。そして僕は部長だ。場を仕切る……状況を整理する権利があると思うぞ?」
絢萌は少し俯き、静かに椅子に座った。それを見て晃人と代未も大人しく座る。
「よし。まず……カミツハラ、と呼ばれていた、君」
「神津原絢萌です」
「そうか、絢萌君だな。君はそちらの彼女、リーナ君だったか? チームモードをやらせたくないと」
「あ、わたしは早瀬理流那って言います。でも、今みたいにリーナで構わないです! そう呼ばれる方が好きなので! むしろそう呼んでください!」
「うむ、わかった。……ああそうか。君はあの、フリーモードの魔女か?」
「……え、知ってるんですかっ?! できれば、それでは呼んで欲しくないです……」
「まぁまぁ有名だからな。動画も上がっているんだが、知らないのか?」
「えええぇぇぇ?! し、知らなかったです」
「なっ、バカッ、それは隠しておいたのにっ」
「ヨミちゃん! 知ってたの?! なんで隠すの~!!」
「う、ごめんリーナちゃん! 二つ名だけでもあんなに嫌がってたのに、動画まであるなんて言えなくて……」
「あ~……俺、昨夜調べて見ちゃったよ。その動画」
極大魔法戦争マジックシューターズには、プレイを録画する機能があり、スマホに動画を保存できるようになっている。
ネットに上がっている動画は、リーナの対戦相手のプレイ動画や、観戦モニターをカメラで撮影したものだった。
「うう~晃人くんまで~。……恥ずかしいなぁもう」
「すまない、話を逸らしてしまったな。リーナ君、君はフリーモード専門と噂で聞いたが」
「はい、そうですよ~……。あ、でも、晃人くんとチームを組むことにしたんです。仮ですけどね」
「コウト……というのは、彼だな。仮とはどういうことだ?」
「沖坂晃人、です。仮っていうのは、ちゃんとチームメンバーが集まるまでの仮のメンバーってこと……だそうで」
「なるほどな。しかしそっちの、ヨミ君だったかな。君はそれすらも望んでいないと」
「渡矢代未っすよ。まぁそういうことです」
「ふぅむ……」
腕を組み、考え込む柏沢部長。
「リーナ君と代未君に、事情がありそうなのはわかった。だが……絢萌君。君はどうして、リーナ君のチーム参加を阻止したいんだ? 出会って間もないように見えるが」
「さっきも言ったけど、ランクモードをやらせるためよ」
「力ある者は振るうべき場所で振るえ。そう考える気持ちは、僕にもわかる。もちろんフリーモードがそういう場では無いとは言わないし、そこは個人の自由だ。それよりも僕が気になったのは……ならばどうして、チームモードはダメなのだ?」
「そっ、それは……」
「もしかして君は、チームモードが嫌いなのか?」
「なっ……! 違う、あたしは……」
俯く絢萌。他の人には見えなかったかもしれないが、隣の晃人にはチラッと見えてしまった。
歯を食いしばり、悔しそうな顔の絢萌を。
柏沢部長が気付かず続ける。
「マジックシューターズは色々な人がプレイしている。ランクモード至上主義なプレイヤーも少なくない。だがチーム四人で強くなり、ランクを上げていくというのは……格別だぞ?」
「うるさいわね! そんなのわかってるわよ! ランクが上がっていく嬉しさも、連携が上手くいった時の気持ちよさも、みんなで一緒に、強くなって……」
そこまで言って絢萌はハッと顔を上げ、すぐに再び俯いてしまう。
「……なんでもない」
(正直……俺も柏沢部長と同じ事を考えていた。チームモードのことが嫌いだから、ランクモードをやらせたいんだって)
でも、そうじゃないのかもしれない。
「……そうか。それはすまなかったな」
「…………」
絢萌は俯いたまま首を振った。
「むぅ……」
柏沢部長は腕を組み、天を仰ぐ。
「やれやれ、まさかここまで個性的なメンバーが集まるとはな。しかも結局入部するのかどうかもわからない」
「わたしは入部しますよ~。もともとそのつもりで来たし、そこは安心してください!」
「り、リーナちゃん?! くっ……リーナちゃんが入部するなら、あたしもするよ。もちろんさっき言った通り、ランク絡みのモードはやらせないけどね」
「俺も、もちろん入ります!」
「おお、それはよかった。では絢萌君。君はどうだ?」
「あたしは……保留よ。今日はチームを組む阻止をしに来ただけだから」
「それは残念だな。他に新入部員が来ない限りは、人数が足りなくてチームを組むことができないんだが」
柏沢部長の言葉に、晃人は俯いて黙り込む。
リーナと組んで……代未が組んでくれたとして、それでも三人。あと一人足りない。
「って、柏沢部長。他に部員は? 二年生とか。いないんですか?」
「バカだな、沖坂。すでにチームを組んでるに決まってるだろ?」
「あ、そっか……」
至極当然の答えに、晃人はそんな質問をしたことを恥じた。
「いや、いないぞ。二年生」
「……え?」
「君たち三人が入ってくれるのなら、部員は僕を含めて四人となる」
「………………はい?」
柏沢部長の衝撃的な告白に、一年生四人は固まってしまうのだった。
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