2「その熱さを待っていた」


『マジックシューターズ研究部』

『マジシュー部』



 ホームルームで配られた部活動一覧の用紙には、確かにマジックシューターズの部がふたつ書かれていた。


「おかしいな、入学前に調べた時は、この『マジシュー部』だけだったと思うんだけど」


「うんうん! わたしが見た時もそうだったよ? どうしてもうひとつあるの? ヨミちゃん」


「そこまではわかんなかったなー。割と最近新設されたみたいだ。『マジックシューターズ研究部』の方は」



 晃人もリーナも、調べたのは入試よりも前、去年の夏から秋頃だ。まさか新たにもうひとつ出来ているなんて思わず、入学が決まってからは調べていなかった。



「とにかく、部活紹介を見てみるしかないな」


「そうだね~。どっちに入るか、それで判断しないとね」


「沖坂、お前は私たちと別の方に入れ」


「いやいやいや……」



 オリエンテーションが開かれる体育館に移動し、席に座る。

 クラス、男女で列は決まっているが、順番は自由だったため、晃人はリーナたちの後ろに座った。


 オリエンテーション前半は、校長先生の話や授業や行事についての説明、校歌の練習だった。休憩を挟んでようやく部活紹介が始まる。

 しかしそれも、マジックシューターズのふたつは割と後ろの方で、晃人は途中ウトウトしてしまった。


 そしてようやく。

 待ちに待った、マジックシューターズの出番が来た。



「次、マジックシューターズ研究部です。よろしくお願いします」



 まずは、新設されたという『マジックシューターズ研究部』の方からだ。



「いよいよだね、晃人くん」


「ああ……」



 そっと振り返るリーナに、晃人は頷き返した。


 体育館の壇上に、ふたりの女子が上がる。

 一人は少しクセのあるショートカットで、目尻がきりっと持ち上がった、凛々しい感じの女の子。ネクタイは赤で、二年生。

 もう一人は髪をアップにして眼鏡をかけ、落ち着いた大人のような雰囲気の女の子。ネクタイは緑、三年生だ。


 スタンドマイクの前に立ったのは二年生の方だった。三年生の方は傍ら、一歩後ろに立ち、ショートの子の背中をじっと見守っている。三年生は受験があるから、二年生が部長をするのだろうか。


 ショートの子はスタンドマイクの高さを調整すると、堂々と新入生たちを見渡し、話し始めた。



「一年生のみなさん、初めまして。私たちはマジックシューターズ研究部です」



 緊張した様子は微塵も無い。聞きやすく、よく通る声だ。



「みなさん、極大魔法戦争マジックシューターズというゲームをご存じですか? ハガーアミューズメントにて展開されている、VRを利用した画期的なゲームです。

 稼働してもうすぐ一年になりますが、未だ熱狂的な盛り上がりを見せており、今最も流行っているゲームと言っても過言ではないでしょう」



 晃人も頷いて同意した。目の前のリーナなんかは、何度も頭を縦に振っていて、思わず笑ってしまう。



「去年の夏、極大魔法戦争マジックシューターズの全国大会が行われました。元々人気のあったゲームが、この大会を機にプレイヤーが爆発的に増え、大きく知名度を上げることになりました。

 この中にもいるのではないでしょうか? 去年の大会を見て、マジックシューターズを始めたプレイヤーが」



 今度は静かに、ゆっくりと頷く。

 そう、晃人が始めたのも、全国大会の動画を見たのがきっかけだった。



「まだ発表はされていませんが、おそらく今年も大会が開かれるでしょう。

 私たちマジックシューターズ研究部は、全国大会に向けた練習を行っています。チームを組み、魔法のカスタムを研究し、連携の練習をする。もちろん……目指すは、全国大会優勝です」



 ごくりと、唾を飲み込む。



(全国大会優勝が目標……! すごい、本格的に活動してるんだ!)



 静かで丁寧な口調だが、微かに混じった熱が体育館に広まっていく。誰も、彼女の姿から目を離せない。


 もちろん、それは晃人も同じだ。

 ……いや、きっとその熱を、誰よりも感じ取っている。


 ずっと思い描いていたから。

 大会を勝ち抜くために、お互いが切磋琢磨するチームを。



「みなさん。マジックシューターズの腕前を上げたい方は、是非マジックシューターズ研究部にお越し下さい。……ちなみに」



 ちらりと、舞台袖に視線を向ける。一瞬だったから、気付いた人は少ないだろう。



「この後に、もう一つのマジックシューターズ部が紹介を行います。ですが、本気で全国大会出場を目指している方は、私たち『マジックシューターズ研究部』へ。お待ちしています」



 ショートの子はそう言って締め括り、一歩下がって礼をする。

 新入生たちは少し戸惑ってしまったが、すぐに拍手が巻き起こった。

 傍らの三年生は、二年生の最後の一言に小さなため息をついたように見えたが、結局なにも言わずに頭を下げて、一緒に舞台袖へと下がっていく。



「もしかして大会出場を目指すために、新たに部を作ったのか……?」


「今の感じだとそうかもね~。もうひとつのは気楽な感じなのかな?」



 思わず呟いてしまった声に、リーナがくるっと振り返って応えてくれる。

 だとしたら、晃人は『マジックシューターズ研究部』一択になる。

 逆にリーナは、もう一つの『マジシュー部』に入ろうとするかもしれない……。



(それは、困るな)



 リーナとチームを組むのなら、同じ部に入った方がいい。

 後で話し合う必要があるかもしれない。



「次、マジシュー部です。よろしくお願いします」



 晃人があれこれと考えていると、すでに壇上にはひょろっと背の高い男の人が立っていた。

 他の部は二、三人壇上に上がっていたが、マジシュー部は彼一人で紹介をするようだ。


 彼はスタンドマイクの前に立つと、マイクの位置を調整……するのではなく、がしっと引き抜いた。

 僅かに会場がどよめくが、彼は気にしない。右手にマイク、左手は腰に、不敵な笑みを浮かべて体育館を見渡す。



「僕はマジシュー部部長。柏沢かしわさわ陸緒りくお、三年生だ!!」



 マイク無くてもいいんじゃないか、というくらい大きな声で、自己紹介から入る部長……柏沢陸緒。

 新入生の何人かが耳を押さえる中、彼は注目を浴びることに成功し満足したのか、力強く頷き、さっきより少しだけ声量を落として話し始めた。



「マジックシューターズというゲームは……あれだけ有名なら、もうみんな知っているだろう。先ほど研究部が説明してくれたしな。あれ以上の説明は不要のはずだ」



 大胆に端折ったが、確かにその通りだった。

 舞台袖の幕が何故だか激しく揺れていたが、気付いた生徒はごく僅かだった。



「近年、VR――バーチャルリアリティの技術は飛躍的な進歩を遂げた。ヘッドマウントディスプレイの小型、軽量化、高解像度化によりバーチャルの世界は広がり、ゲームを知らなくてもどこかでバーチャルの恩恵を受けているはずだ。

 例えば映画館。ヘッドマウントディスプレイを使用したVR上映なんかは、最近話題になっているだろう。僕は巨大スクリーンで観るのも好きだが、ヘッドマウントディスプレイで観るとひと味違った感覚で映画を鑑賞できる。まぁ好きな映画は両方観てみろということだな。VR技術とHMDは映画館を潰すと言われていたが、むしろ盛況らしいぞ?

 それからご存じ、VR通話だ。VRでアバターを使い、同じ空間にいる感覚で会話ができる、いわゆるテレビ電話のVR版だ。知っているか? 今度のスマホの展示会で、このVR通話ができる機種が出るそうだ。HMDをどうするのかはまだ発表されていないが、もしこれが発売されたらVRはますます身近なものとなるだろう」



 映画もVR通話も知っている。特にVR通話は、中高生の間では大流行しているから。

 スマホでできるようになるというのは、晃人は初耳だった。



「そんなVR技術の最先端を行く分野はなんだと思う? そう、ゲームだ。VRの技術は、常にゲームから始まっていると言っても過言ではない。

 その技術の粋を集めたゲームが、極大魔法戦争マジックシューターズ。本格的なVRにより、ゲームの中に入ることを可能にしてみせたゲームだ。

 ……ああ、わかっている。ダイブや電脳空間と言った、本当の意味でゲームに入るものではない。だが、まずはVR技術あってのものだろう? 出発点はここのはずだ。とにかく――今現在、もっともダイブに近いVRゲームがマジックシューターズと言えるだろう」



 マジシュー部部長はマイクを左手に持ち替え、右の手のひらを開いて前へ突き出す。



「長くなったが、諸君! 我々はVR技術により、バーチャルワールド、もう一つの世界を手に入れた! 仮想空間と呼ばれてはいるが、そこには確かな世界がある! マジックシューターズを体験したプレイヤーなら、実感したはずだ!!」



 晃人は思い出す。初めてマジックシューターズをプレイした時のことを。

 広がる草原、生い茂る樹木、降りしきる雨、戦争の爪痕残る廃墟。

 フィールドを吹き抜ける風。川の流れる音。空に浮かんだ太陽の光。

 そして、魔法のぶつかり合う衝撃――。


 確かに自分はそこにいて、戦っていた。その感覚はどんなゲームよりも実感できた。

 もう一つの世界が、ここにあると。



(春休みのバトルと昨日のバトルは……それをさらに上回る、リアルだった)



 柏沢部長は右手を腰に戻し、話を続ける。



「そこに世界があるのならば! 僕らはプレイヤーではない。使だ。だから僕は、部員募集の際にはこう言わせてもらおう。、と」



 と、晃人の心臓が大きく鳴った。

 ドクドクドクと、鼓動が一瞬で早まる。



「もう一つの世界で、共に戦う仲間を募集しよう。仲間と共に戦い方を身に付け強くなる。自分の技と、仲間との連携で勝利を掴み取れ! それが極大魔法戦争マジックシューターズというゲームだ」



 その通りだ、と叫びそうになるのを必死に堪える。



「マジックシューターズは四人で一つのチームを組む。共に戦い、それぞれが奮闘し、時には助け合う。全員が完璧に動くことは難しいだろう。だがだからこそ、意見を出し合い何度も対戦を繰り返し、戦い方を理解していく。それが強さに繋がっていくのだ。ただのゲームではない。本物の戦闘が、ここにある」



 これは研究部の紹介とは真逆だ。

 冷静さの中に微かな熱を帯び、ジワジワと広げた研究部。

 対して、熱さを包み隠さずさらけ出し、燃え上がらせるのがマジシュー部の紹介だ。


 おそらく万人には受け入れられないだろう。引いてしまう人もいるかもしれない。

 だけど、晃人は受け入れられる人間だった。

 むしろそれくらい熱い方がいいと思っていた。そういう熱さを待っていたのだ。



「もう一度言おう。戦友を募集する。共に勝ち抜くための仲間を募集する。覚悟がある一年生は、是非僕のマジシュー部へ。幸い、この僕、柏沢陸緒は去年の大会でベスト8まで残った、大会の経験者だ。アドバイスもできる。今よりも力を身に付けたい人は、僕の元へ来て欲しい。もちろん……」



 柏沢陸緒はニヤリと笑い、マイクを持った左手を下げ、右手でバッと眼前を払う。



「我こそは、頂点に立つ『使』だという者は大歓迎だ!!」



 マイク無しでも体育館の隅々まで届く大音声に、辺りはしんっと静まり返った。


 晃人の身体がぶるりと震える。口元に、自然と笑みが浮かぶ。


 耳が痛くなるような静寂の中、彼はマイクをスタンドに付け直し、一歩下がって頭を下げた。



 ――うおおおぉぉ……!



 巻き起こる、雄叫びにも似た歓声と拍手。

 やはり引いた人もいるみたいだが、盛り上がりは研究部の時の比ではなかった。


 晃人も声をあげて立ち上がり、拍手を送っていた。



(悩むまでもないな。俺が入るべき部は……こっちだ!)



 晃人は周りの視線など気にせず、最後の最後まで拍手を続けた。

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