第3話「バーチャルセンス」
1「フリーモードの魔女」
「昨日のあの子、色々すごかったね~。漫画とかに出てきそうな感じだったよ」
「まるで狙ったかのようなタイミングだったよな」
「どーせ私たちの会話聞いてて、本当にタイミング計ってたんだろ」
入学式の翌日、朝。晃人たち三人は、リーナの席に集まっていた。
話題は当然、昨日のことだ。
「あと、わたしはちょっぴりショックだったよ……」
「き、気にすることないぞ、リーナちゃん!」
「そうだよ。あんなの……」
バトルの後、晃人たちの会話に割り込んできた少女。
晃人はその時のことを思い出していた。
*
「フリーモードの魔女! フリーモードなんてやってる場合じゃないわ! あなたはランクモードでSSSを目指すべきよ!」
「…………」
「…………」
「…………」
次から次へとなにが起きているのか、頭の追いつかない晃人。
どこから突っ込んだらいいか迷って、珍しく言葉の出ないリーナ。
真っ先にキレて怒鳴りそうな代未は、何故か顔を片手で隠して「あちゃー」というポーズをしていた。
「ちょっと、なにか反応しなさいよ! あなたに言ってるのよ?」
「あっ、うん。でもその、フリーモードの魔女…………ぷっ。あ、笑っちゃ失礼だよね。ごめんね。なんていうの、二つ名っていうの? まさかそんなの付けてくれてる子がいるなんて、思わなくて。ちょっと戸惑っちゃった。それも、ま、魔女とか――ぷぷっ」
「なっ……?!」
「ごめんごめん! 折角付けてくれたんだもんね。フリーモードの……魔女っ。くっ。それは、うん、できたらやめて欲しいな~あははっ」
「あ、あたしが付けたんじゃないわよ!! 知らないの? この辺じゃ有名よ? あなた」
「そんなわけないよ~。わたしそんなの初耳だよ? ぜったい流行ってないよ~」
「俺も聞いたことないぞ……」
「そう? でもそっちの子は、聞いたことあるんじゃない?」
少女が指さしたのは、未だに手で顔を覆っている代未だ。
「え~? そんなことないよね、ヨミちゃん。わたしがそんな風に呼ばれてるわけないもんね。やだなぁもう」
「…………」
「……? 渡矢さん、まさか」
さっきも思ったが、こういう場面で代未がキレないのはおかしい。
まだ出会ったばかりの晃人でもそれはわかる。
つまり……。
晃人の視線に代未が気付き、ため息をつく。
「そうだよ沖坂。お前が考えてる通りだよ。ずっと、リーナちゃんの耳には入らないようにしてたのに……まさかこんな風にバラされるなんてなぁ!!」
後半は少女に向けてだった。
ようやくいつものように怒鳴った代未だったが、対する少女はむしろ胸を張って受け止める。
代未のあの睨みを受け止められるとは、かなりのメンタルの持ち主だ。
もっとも胸を張っても身長差があるため、どうしても見上げる形になってしまうが。
「ヨミちゃん待って! うそ、ほんとなの? わたし本当にそんな呼ばれ方してるの? ヨミちゃんなんで教えてくれなかったの!」
「だって嫌だろ?! フリーモードの……魔女っ、とかっ! そんなダサい名前で呼ばれてるなんて、リーナちゃんショックだろ?」
代未の言葉に、晃人は頷いた。
「確かにショックだよな。渡矢さんの言う通りだ」
「だろ? だから隠してたんだ。ほんとダサいよな。誰が名付けたんだよ」
「ううっ……あんまりダサいダサい言わないで。知らなかったけど、そう呼ばれてるのわたしなんだよね。わたしがダサいみたいに聞こえてきたよ」
「リーナちゃんはダサくないぞ!」
「でもそんなダサ……二つ名、呼ぶ方も恥ずかしいと思うんだけど」
「な、なによ! 文句ある?」
「いや別にいいけどさ……本人が恥ずかしくなければ」
「待て待てぇ! 文句ならあるぞ!」
代未がさらに前に出て、至近距離で少女と睨み合う。
「二つ名のことはともかく、お前なんなんだよ。よりによってリーナちゃんにランクモードをやれ、だと?」
「そうよ! 今のバトルを見ていて確信したわ。フリっ……彼女は、強い。ランクモードでこそ輝く強さよ!」
今、二つ名で呼ぼうとして、頬を赤らめて止めた。やはり恥ずかしくなってきたようだ。
「関係ないんだよ! リーナちゃんは絶対ランクモードをやらない! ついでにチームモードもやらない! 当然チームも組まない!」
「って渡矢さん、チームは組むよ、仮だけど」
「沖坂は黙ってろ!」
「そうよ外野! 黙ってなさい!」
「むぐっ……」
口を挟めば火傷する。
だけど……わかっていても黙ってはいられなかった。
「いいや黙らない! そもそもランクモードでこそ輝く強さってどういう意味だよ!」
「ふんっ。あんた一緒にやっててわからないの? 意味なんて言葉の通りよ。……本当にチームを組むのなら、すぐにわかるんじゃない?」
「え……?」
組めばわかる?
晃人がタッグを組んでわかったのは、リーナの強さだけだったが……。
「ああもう、そんなのどーだっていいんだよ! リーナちゃんはランクが絡むモードはやらない! 話は以上だ! ほらどっか行け!」
「……まぁいいわ。でも必ず、あなたにランクモードをやらせてみせるわよ」
ビシッと代未の後ろ、リーナを指さす。
「う~ん、無理だと思うな~」
「無理じゃないわよ! ……まったく。あたしは、一年D組の
そう言い残して、少女……絢萌は、立ち去っていった。
*
「……あんな二つ名、忘れた方がいい」
「フリーモードの魔女とかダサいんだよなぁ。リーナちゃん、ショックを受けるのはわかるけど、こいつの言う通りフリーモードの魔女なんて忘れた方がいいぞ」
「もうその名前出さないで~……」
机に突っ伏してしまうリーナ。その姿に、代未が慌てる。
「わ、悪かったリーナちゃん。もう言わないから」
「……本当?」
「約束する。……はぁ。こうなると思ったから隠してたんだ」
最後は小声だったが、晃人には聞こえた。
意外と慎重なのかもしれない。リーナに対してだけかもしれないが。
「それよりほら、リーナちゃん。今日は部活紹介があるぞ」
「あっ! そうだったね。オリエンテーション、体育館でやるんだよね?」
顔を上げ、パッとリーナの顔が明るくなる。
その笑顔を見て、ほっと安心する代未と晃人。
今日はホームルームの後に、新入生オリエンテーションが開かれることになっている。
そこで各部の代表がどんな活動をしているのか、紹介をするのだ。
「楽しみだな~、マジックシューターズ部」
この学校にある、マジックシューターズの部活。元々晃人はそこでチームメンバーを集めるつもりでいた。
今はリーナとチームを組む――仮ではなく本当に――という目標があるが、それでも晃人は入部するつもりだった。
「って、リーナもマジックシューターズの部活に入るつもりなんだな」
「そりゃそうだよ~。ランクモードはやらないけど、フリーモードはやり込んでるからね! 別にそういう人が入ったっていいと思うし」
晃人の想像では、マジックシューターズの部活はランクやチームモードをやり込むための部だと思っていたが、リーナはそうではないらしい。
「そうだな、まだどんな部かもわからないもんな」
「うんうん。だから部活紹介が楽しみなんだ~」
笑顔で言うリーナを見て、本当にマジックシューターズが好きなんだなと思う。
それだけに、ランクモードやチームモードをやらないのは不思議だ。
(結局、どうしてリーナが仮とはいえチームに入るって言ってくれたのか、聞けなかったんだよな)
あの少女、絢萌のせいで、うやむやになってしまった。
(いや、うやむやになったのはそれだけじゃない)
『ねぇ……晃人くん。さっき、なんて言いかけたの?』
『え……?』
『あの人の口の……って。言いかけたよね。もしかして『口の動きでわかった』とか?』
リーナには聞きたいことがたくさんある。
できれば代未のいない時に、二人で話したいが……そんなチャンスがあるだろうか?
「……そうだ。リーナちゃん、マジックシューターズ部のことなんだけど」
代未が神妙な顔で切り出した。
その様子に、リーナも首を傾げる。
「うん? どうかしたの? ヨミちゃん」
「念のためと思って、調べておいたんだよ。この学校さ、マジックシューターズの部がふたつあるぞ」
「「……え?」」
リーナと晃人の声が、綺麗に重なった。
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