5「曖昧な約束」


「ごめんねー、わたしチームモードやるつもりないんだ。だから、お断りするね」


「っ……!!」



 筐体から出て第一声、リーナに断られた晃人は膝から崩れ落ちた。



「わ、そんなに落ち込まないで? ごめんね、わたしチームモードだけじゃなくて、ランクモードもやってないの。ランクが絡むのは、やりたくなくて。フリーモードばっかりやってるんだよ」


「あ……だからCランクなのか」


「うん、そういうこと」



 納得した。Cランクなのにマジックシューターズに詳しく、恐ろしく強いことに。



(どうしてランクモードやらないんだ?)



 あれだけ強ければ、Sランクはもちろん、その上だって狙えるはずだ。



「ごめんね。コートくんとは、チームを組めないよ」


「そ、っか……」




 バトルの終わり際。



『俺と一緒に、魔法使いの頂点を目指してくれないか?』



 と、晃人は言ったわけだが、当然、意味が通じるはずもなく、筐体から出る前に通信で説明をしたのだ。



『魔法使いの……頂点?』


『……ハッ。ち、ちがうんだ。つまり一緒にチームを組んで、チームモードの大会に出て欲しいって意味!』


『ああー。じゃあ頂点って、優勝ってことだね?』


『そう! そういうこと!』




 マジックシューターズには、フリーモード、ランクモードの他に、チームモードがある。

 予め四人でチーム登録をし、ランクモードとは別のチームランクを競うモードだ。


 晃人はリーナに、自分とチームを組んで欲しいと言いたかっただけなのに。

 どうしてあんな言い回しをしてしまったのか。自分でもわからない――



(いや、わかってる。錯覚してしまったからだ。リアルに見えすぎて、まるで自分が本当にあの中に入ってしまったかのような――)



「――コートくん? 大丈夫?」


「あ……うん。いや大丈夫ではないけど、大丈夫」



 晃人はようやく立ち上がり、リーナと正面から向き合う。


 ……やっぱり。

 あの時見たリーナと、今見ているリーナ。まったく同じだ。


 ゲームとは思えないほどリアルに見えていた、あれは一体……。



「……? とにかくそういうわけだから。わたしはそろそろ……」


「あっ。待った! 少しだけでも、考えてくれないか? どうしても、リーナとチームを組みたいんだ!」


「おおっと、意外と食い下がるね? どうしてそこまで、わたしと?」


「俺はもともとチームモードがやりたくてマジックシューターズを……。いや、そこはいいんだ」


「え、よくないような。大事なところじゃなかった?」


「それよりも! 俺はあの時、リーナが本物の魔法使い、最強の魔法使いにんだ! だから、一緒にチームを組んで欲しいと思った。リーナが一緒なら、チームモードの頂点も夢じゃないって――」


「魔法使いに……? わたしが? それって……」



 神妙な顔になり、顎に手を当てじっと晃人の顔を見る。



「あぁ、ほら、ハイになってたっていうか、覚醒した感あったっていうか。錯覚だったとは思うんだけど、妙にリアルに見えてさ。だから……その。いや、わかってるんだ、変なこと言ってるって。でもなんて言ったらいいかわからないんだけど……」



 チームに誘う理由としては、ものすごく曖昧な話だと思う。具体性がないし、嘘くさくて、思いつきで言っているだけに見えてしまうかもしれない。


 それでも、本当にそう感じてしまったのだ。



「ぶっちゃければ、直感だ。この人とチームを組むべきだって、感じたんだ。別にリーナの強さに縋りたいんじゃない。それで勝ち抜けるほどチームバトルは甘くないと思うし、俺自身が強くなって勝ちたい。


 ……そうだ。強く、なるために。そのために、一緒にチームを組みたいんだ!

 頼む。俺とチームを組んでくれ!」



 リーナの表情は読めなかった。

 驚いているようにも、迷っているようにも、悲しんでいるようにも見えた。


 だけど、リーナは静かに言葉を紡ぐ。



「……真剣なんだね。でもね、コートくん。わたしにはわたしの事情があって……理由があって、ランクモードやチームモードをやらないんだよ。

 だから、ごめんね。わたしもね、直感とかさ、そういうの、あると思ってるし。コートくんがそう感じたなら、わたしも信じてあげたいんだけど……」


「……そっか」


「でも……。ねぇ、コートくん。さっき、わたしのこと魔法使いに見えたって言ったよね?」


「う、うん。今思うと錯覚だったんだろうけど……でも」



 冷静に考えればそうなのだろう。


 でも、鮮明に覚えている。

 最強の魔法使い、リーナの。美しい姿を。



「……そっか。じゃあ、少しだけ考えてみる」


「えっ……ほ、ほんと?!」


「あ、考えるだけだよ? 本当に少しだけね。それで、もしまた会うことができたら、その時はもうちょっとだけ、前向きに考えてあげる」


「な、なんかあんまり変わってない気がするけど、それでもいい! 可能性がゼロよりはいいから! ありがとう、リーナ!」


「そ、そんなに期待しないでね? さっき言った通り、わたしにも色々、ね」


「……うん。わかってるよ」



 そうだな、と思う。

 チームに入って欲しいというのは、完全に晃人の都合だ。

 それを押しつけてはいけない。



「じゃあ、リーナ。もう一つだけ約束して欲しい」


「うん? どんな約束?」


「もし、もう一度会えたら。ランクやチームモードをやらない理由、教えてくれないか?」


「それは……。うーん、それも、前向きに考えるってことで」



 ちょっとだけ苦笑いを浮かべるリーナ。

 さすがに、踏み込みすぎたようだ。



「……ごめん、会ったばかりなのに、図々しいこと言って」



 リーナは最初から親しげに話しかけてくれたが、それでも、今日が初対面なことに変わりは無い。


 だけど、いつか。

 そんな話もできるような、友だちに――仲間になれたら。



「ううん、大丈夫。それよりいいの? こんないい加減な約束。また会えるとは限らないよ?」


「うーん、なんか、会える気がするんだ」


「それも直感? コートくんって、真面目で、理詰めで考えそうなのに、結構感覚派なんだね」


「ど、どうだろ? あんまり考えたことなかったな」


「あはは、いいと思うよ。わたしも友だちに、直感で動いてるってよく言われるから……って、そうだ! ごめん、もう行かなきゃ。友だち、待ってるかも」


「おっと、待ち合わせしてたんだっけ」



 リーナが慌ただしく時間を確認する。約束の時間を過ぎてしまったのかもしれない。



「それじゃ、コートくん。ばいばい!」


「今日はありがとう、リーナ」


「どういたしまして! ……あ、そうだ!」


「ん? どうした?」


「クレープ! 今度会えたら、絶対奢ってよ!!」


「あー……。そうだった。約束だ」



 手をぶんぶんと大きく振って、駆けて行くリーナを見送る。

 そしてもう一度、マジックシューターズの筐体へと向かった。



 何戦かランクモードをやり、勝率も悪くはなかったが、Sランクには上がれず。


 リーナと一緒だった時のように、リアルに見えることも無かった。

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