4「戦いの女神は舞う」
結論から言おう。
リーナは、本物だった。
ゲームが始まると、半径1メートル強の筐体内が、木々が鬱蒼と茂る森林のフィールドに様変わりする。ヘッドマウントディスプレイに映し出される景色は360度見渡すことができ、自由に駆け回れる。
プレイヤーは魔法使いのローブを纏う。左手に魔道書を持ち、右腕にリングを嵌める。
空いた右手を伸ばして魔法を唱えれば、手の平から発動する。
ヘッドマウントディスプレイ、モーションキャプチャー、ボイスコマンド。
様々な技術を駆使してバーチャルリアリティの世界を構築し、ゲームの中に入るという夢を叶えているのだ。
とはいえ、完璧ではない。
駆け回ると言ったが、実際には魔法使いは地面すれすれを浮きながら移動する。いわゆるホバー移動だ。
リング内の足下が円盤形のバランスボードになっていて、体重をかけることでその方向にキャラが移動する。ジャンプやステップはコントローラーのボタンで可能だが、飛び跳ねるのでもいい。
手すりはその際の支えとなるが、ゲーム内にその手すりは表示されない。
それから、プレイヤーの顔。
リアルの顔を再現しようとしているが、なかなか難しいようだ。
何度もプレイしていると、ゲーム側が微調整し、徐々に似てくると言われているが……。限界はある。
本当にゲームの中にいるのではない。そう感じさせてしまうポイントだった。
それでも。
今現在『最もゲームの中に入ることできているゲーム』と言われている。
結局、その程度の差異は、プレイしていれば気にならなくなるのだ。
「予定通り行くよー! ついてきてね、コートくん!」
マッチングによりランダムで組んだ二人は、拠点防衛をメインとする中衛と、魔力注入役の後衛希望だった。あっさり役割分担が決まり、コートとリーナは作戦通り拠点を奪いに向かった。
フィールドは森林地帯。所々に開けた場所があり、中央は円形の平地になっている。縦長のエリアで、クセの少ないオーソドックスなフィールドだ。
チームは青、ブルーガイム王国。
コートとリーナは青いローブをはためかせ、敵陣側にある魔石拠点へと急行する。
いつもは、開幕ハイウィングで空を飛んでいたのだが――それはよくないと、リーナに言われてしまった。
私は空を飛べますよと、アピールしているようなもの。最初は極力飛ぶのは控えた方がいい。飛べるとバレていたら、奇襲に使うことができないから。
咄嗟に狙いを付けにくい上を取るのが強いと、晃人は考えていたのだが、慣れてる人にはすぐに撃ち落とされるから、高ランク相手には通用しないそうだ。
……実際、Aランクに上がってから落とされることが増えた気がする。
そんなわけで、地上からリーナと併走して拠点に向かったわけだけど……。
「やったね、コートくん! あっさり魔石拠点取れたよ!」
途中、接敵するやいなや、あっさりリーナが二人倒してしまい、楽々ひとつめの魔石を起動、儀式塔にリンクさせることができてしまった。
「拠点取ったら一旦引いて中衛のフォロー、ってところだけど、向こうのアタッカー二人倒したし、このままふたつめも行けるかも」
リーナはそう言うと、振り返らず次の拠点に向かう。
移動速度は同じはずなのに、コートは追うので精一杯だった。
速い。動きやコース取りに無駄がない。
「あ、三人いるっぽい。アタッカー戻ってきちゃったかー。
……よっし、コートくん。飛んで! ハイウィング! いますぐ!」
「え? あ、ああ……ハイウィング!」
カスタム魔法、ハイウィングで森から飛び上がると、リーナの言う通り、敵が三人こっちに向かってくるのが見えた。
(なんで、あの位置から三人いるってわかったんだ?)
……考えるのは後だ。とにかく攻撃だ。
しかしコートが三人に向けて腕を伸ばすと、向こうにも気付かれてしまう。
そうだ、さっきのアドバイスで、リーナが言ったんじゃないか。
開幕以外でも、遮蔽物のない場所で無闇に飛べば、いい
三人に狙われたら、さすがに避けきれない。
まずい、やられる――――と、思ったその時。
「ふっふーん、こっちだよーっと!」
リーナが正面から突っ込む。
敵は、空にいるコートに完全に意識が向いていた。
リーナは反撃を食らうことなく、一瞬で二人倒してしまう。
「リーナ、俺を囮に?!」
「陽動って言うんだよ! ってコートくん、まだ終わってない!」
一番後ろにいた三人目。
コートに狙いを付けていた右腕が――ぶれる。
正面のリーナと、空にいるコート。どっちを先に攻撃するか、迷ったのだ。
コートは咄嗟に、セットしている風属性の通常魔法を叩き込む。
「ナイス! 倒したよ! やったね、コートくん!」
「あはは……そう、だな」
きっちり三人目を倒して、コートは地面に降りる。
やったねと言うけど、完全にリーナのおかげだ。
ふたつめの魔石拠点も奪い、すぐさま自陣の儀式塔へと戻る。
「わたしたちが食い止めるから、儀式塔お願い~!」
「あんたらのおかげで今回は余裕だな。序盤に一人来ただけだったぜ」
「魔力注入は僕らに任せてください。防衛、よろしくお願いしますね」
「おっけー! でも油断しないでね」
儀式塔への魔力注入を仲間の二人に任せて、コートはリーナと共に前に出る。
リーナは油断するなと言うが……こんなに素早く拠点を奪える展開なんて、滅多に無い。
それに……。
「相手、全然統制取れてないね~。総攻撃で来ると思ったけど、バラバラで攻めてくるから簡単に倒せちゃうよ。
あ、コートくん、あっちから一人来てる。あの大きな樹の後ろから飛べば相手に見えないから、中央の空き地に出たら上からお願い。わたしはこっちから来てるの倒すから~」
リーナが的確な指示を出してくれるから、コートはそれに従うだけで楽に敵を倒せた。
そして例え二人同時に攻めてきても、リーナは一人で難なく倒してしまう。
こんな状況で、後衛に油断をするなというのが無理だ。
「よし! 魔力100%になるぞ!」
「すごい、本当に誰も来なかった……。僕、今回魔力注入しかしてないよ」
結局、防衛ラインから敵の侵入を一度も許さなかった。
最後の最後で四人とも倒してしまうと、リーナは儀式塔の前まで戻る。
勝利が確定する、その時――
コートの目には、余裕の笑みを浮かべているリーナが映っていた。
その姿は、戦場を駆ける戦乙女。仲間を勝利へと導く、戦いの女神。
しかしリーナが携えているのは、剣ではなく魔道書だ。
――美しい。
コートは認識する。
マジックシューターズ、最強の魔法使いが、目の前にいると。
はっきりと、くっきりと、微笑む口の動きまで、リアルに、現実に見える。
本物の魔法使い。コートはそう、認識した。
『儀式塔魔力100%!! 極大魔法、発射!』
アナウンスが流れ、勝利が決まる。
儀式塔に集まった魔力が弾け、極大魔法が放たれようとしていた。
コートは極大魔法には目もくれず、魔法使いリーナを見つめる。
「リーナ、お願いがあるんだ」
リーナと目が合うのがわかる。僅かに首を傾げるのもだ。
モーションキャプチャーでは捉えきれないはずの、微かな身じろぎさえ完璧にわかった。
(ああ……どうしてだ。さっきから、どうしてこんなにリアルに見えるんだ?)
……だけど、そんなことを気にしている場合じゃない。
コートは、今、言わなければいけないことがある。
「俺と一緒に、魔法使いの頂点を目指してくれないか?」
リーナの目が、驚きに見開かれる。
その瞬間、コートたちブルーガイム王国の勝利を告げる、極大魔法が放たれた――。
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