第12話  結婚

骨折がよくなり退院後、エイドリアンじいさんはクリスティーナとデートをするようになりました。このことは若い二人のことですから、至極、当然のことでした。クリスティーナが非番の時には二人でアーリントン・パークの公園で昼食を通りました。時には、二人のことを聞きつけたマルディーニ氏が豪華ディナーを有名なレストランで予約しておいてくれました。禁酒法が廃案となって、店では二人でよくワインを飲むようになりました。そのころになると、やはり、有名人でしたが、あのシャムロック・スターを乗りこなしたビッグ・マックのことを人々は騒がなくなっていました。自分の時間とクリスティーナとの時間を取れるようになってきたエイドリアンじいさんは、収入が十分にあることとクリスティーナが結婚する相手としては理想的なこと、さらに動物を嫌がらない、事などを考えて、結婚することにしました。


ある日、クリスティーナを連れて厩舎に来たエイドリアンじいさんはクリスティーナに向かってプロポーズしました。シャムロック・スターとスモール・マックの前でこう言いました。「クリスティーナ、俺は学問も受けずただ好きな動物に囲まれて暮らしてきた。シャムロック・スターのおかげでジョッキーとして成功を収めたが、それはシャムロック・スターが優れていたからで俺の力じゃない。それに、シャムロック・スターが引退して、ほかのどの馬にも乗るつもりはない。こいつが生きている間はずーと面倒見させてもらう約束をマルディーニさんとしている。スモール・マックもずーと一緒に暮らしたい。調教の収入は俺のレベルの人間には十二分にもらっている。そんな俺で良ければ結婚してくれないか?」。これを聞いたクリスティーナは即座に答えました。「何でプロポーズにそんな時間がかかったの?待ってたのに!もちろんオーケーよ」。二人は抱き合い将来を誓い合いました。シャムロック・スターとスモール・マックは目をつむって見て見ぬ振りをしています。


エイドリアンじいさんはジョッキー時代に儲けたお金で、小さいながらも馬を散歩できる広さの土地をエルクグローブ・ビレッジに買い、家を建てました。そして、シャムロック・スターを移して静かに暮らせる環境を与えました。また、中古ながら車も買いました。毎日、クリスティーナを病院に送ってから、アーリントン・パークに通いました。クリスティーナは神聖なクリスチャンで日曜は教会まで送っていって、自分はアーリントン・パークで仕事しました。日曜日はいつも一番忙しい日です。しかし、日曜の楽しみは夜になると、いつも二人で外食をすることです。


二人の会話はエイドリアンじいさんがアーリントン・パークでの出来事やマルディーニ氏のことでクリスティーナは病院の医師や看護婦、患者のことが主でした。しかし、二人ともヤンキースファンでジョー・ディマジオが大好きでした。特にボストンレッドソックスにはテッド・ウィリアムスという新人が初年から大活躍し、ヤンキースとの試合は白熱しました。実は、ボストンレッドソックスにはヤンキースに対して怨念じみた話があります。もともと、ボストンレッドソックスにいたベーブ・ルースはホームランを打ち続けるもののチームは低迷し、高給取りのベーブ・ルース(本名:ジョージ・ハーマン・ルース)をヤンキースに売り飛ばしてしまったのです。それ以来、ヤンキースは勝ち続け、ボストンレッドソックスは負け越しばかりで「バンビーノ(=童顔のベーブ・ルースの愛称。ベーブはBabyでイタリア語ではバンビーノ=小鹿/赤ちゃん、から由来している)の呪い」、と呼ばれています。だから余計にゲームが面白いのです。試合がニューヨークとレッドソックスの本拠地であるボストンのどちらかで行われるかによって試合自体がまったく違ってくるのです。当時の多くのアメリカ人が熱狂したように二人は拳を振り上げて応援しました。また、アーリントン・パークのバーではゼネラル・エレク通りック(GE)社製の、熱陰極蛍光灯テレビが設置され、競馬を中心に流されましたが、時にはヤンキース対レッドソックスもやっていましたので二人でよく、いや必ず見に行きました。


そんなある日、クリスティーナが妊娠していることをエイドリアンじいさんは知ります。もちろん二人とも子供がほしかったので大喜びでした。クリスティーナはしばらくすると自分の勤める病院での出産の準備のため一時退職し、エイドリアンじいさんは調教の仕事に没頭し生まれてくる子供に備えました。時に、1939年が終わろうとしていた頃です。そのころ、ドイツのナチスがポーランドに侵攻し、それをきっかけとして、のちに、イギリス・フランス・アメリカ・ソビエト連邦・中華民国などの連合国とドイツ・イタリア・日本の同盟国が衝突し始めました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る