第7話  J.J.ローガン

この年の10月13日にアーリントン・パークの競馬場がオープンしました。オープニングの日には二万人の人が集まりました。政財界や著名人が呼ばれ、寒い中、熱狂的なファンも含めて盛大なセレモニーが行われました。アーリントン・パークの開催コミッティーはビジネスセンスの豊かな人材をそろえ、チリひとつ落ちていないフロア、いつも笑顔を絶やさない従業員、豊富な食事メニュー、無料で配られる粗品、販売グッズの充実、テレビ・ラジオへのコマーシャルなどを事前に準備しておいたお陰で、当時のメディアに絶賛されました。そして、記念レースではジョー・ボレロが乗ったルクセンブルグが優勝しました。このレースは、全米でニュースとして取り上げられ、後に、全米から愛好家が集まるきっかけとなりました。この成功にて、アーリントン・パーク競馬場は、それまで英国の貴族の「遊び」のイメージが強かった競馬を庶民の物としての位置づけに成功したのでした。


マルディーニ氏はこの成功でホテル、リムジン、飲食店などで巨額の富を得ます。アーリントン・パーク競馬場のオープンの後の二ヵ月後の12月には320エーカーのシカゴ・ムニシパル空港がオープンします。影でマルディーニ氏が動いたようです。しかし、シカゴでカポネ氏と勢力を張り合っていたバッグス・モラン一味がいろいろなところで攻撃を始めました。マルディーニ氏およびカポネ氏が裏でつながっていることは明白ですし、アーリントン・パーク競馬場の成功が当然、大金の流れになっていることをバッグス・モラン一味が狙ってきたのです。また、闇バーでの殺戮が行われ始めました。そのため、マルディーニ氏は、自分の組織やカポネ氏の組織を使ってアーリントン・パーク競馬場内部の厳重な監視をさせました。一番厳重だったのがアーリントン・パーク競馬場の売り上げとその輸送でした。そのほかにも、従業員や施設、出入り業者などが手厚く保護下に入りました。たとえば、通勤はスクールバスのようにバスが用意されショットガンを持った護衛まで付きました。


シルバースターに勝って一躍有名になったエイドリアンじいさんとシャムロック・スターは公式の登録を済ませ、レースへの準備をはじめました。シルバースターという速い競走馬に勝ったとはいえ、それはアーリントン・パーク競馬場内部の話で、世間の厩舎にはもっと優れた競走馬が数多くいます。それらの競走馬がエン通りしてくれば当然、もっと高いレベルのレースが展開されるはずです。エイドリアンじいさんは少し焦っていました。未知に対する恐怖と経験不足という決定的な事実からです。毎日、練習を一生懸命しましたが、それは単独で走行するだけで、相手があるわけではないのです。いつ、シャムロック・スターのエン通りが受け入れられるか分からないし、そこで失敗するともう後があるかどうか分かりません。レースをしながら学べばよいのですが、マルディーニ氏の手前、ジョージにはこれ以上助けはもらえません。どうしてもJ.J.に会いたいと思う気持ちは高まっていました。


ある日、レースが終わってレーシング関係が帰る準備をしている時、エイドリアンじいさんは勇気を奮い立たせてマルディーニ氏に会いに行きました。J.J.の居場所を聞くためです。マルディーニ氏は、理解してくれましたが、「エイドリアン、J.J.はアルの子飼いだからすぐに、というわけにはいかない。シャムロック・スターを3本のレースにエン通りをしていて、コミッティーが承認する前に、出来るだけ会えるようにしてやろう」。一安心ですが、いつ会えるか分からないので、それまでに必要な状況や質問をすべてノートに整理しておこうと二日ほど徹夜しました。シャムロック・スターと一緒に馬房で寝ながら作業しました。一応まとめ終えたので、今日は帰ろうと例の護衛つきのバスに乗り込もうとしたとき、明らかにピストルホルスターをつけた、人相の悪そうな男に、「お前は、あの木の下にとまっている車に乗れ」、と、いわれました。妙だなと思いましたが、護衛上の理由があるのだろうと思い、車に近づくと、後部ドアが自動的に開きました。びっくりして中をのぞくと、カポネ氏が座っていました。速く乗れと言われて乗車すると車は急発進しました。前後には護衛の車まで付いています。


30分間のドライブでしたが、その間、カポネ氏は「この前は儲けさせてくれてありがとう」、と言った後は、一言も口を聞きませんでした。そして、着いたのが、森の中の豪華な小城を思わせる一軒家でした。周りは刈り込まれた芝が敷きつめられています。とてもきれいなところです。車から降りると、運転手の男がドアを開けてくれました。そして、その男の後を着いて来い、と言われるがまま着いていくとバックヤードの広大な野原にぽつんと立っている納屋まで歩いていきました。「そこでJ.J.が待っている」、と言ってその男は去っていきました。


恐るおそる、ドアをノックの後あけると、「入れ」、と声が聞こえました。J.J.が奥のカウチに座っています。外からはただの納屋ですが、中は豪華な応接室と、馬が三頭飼われており、二階は寝室のようです。「おぉ、エイドリアンか。さぁこっちに来てすわんな」。エイドリアンじいさんはもう緊張した顔でなくにこやかな顔に戻っています。「先日は、お陰でシルバースターに勝てました。ありがとうございました」。 J.J.は「フン」、と頷いて「そんな礼を言いにきたわけじゃなかろう。マルディーニさんやカポネさんから聞いている。競走馬のジョッキーの知識をすべて叩き込んでやるから安心しろ。勿論、レース形式の実技もある。いいな」。あまり、急な展開に驚いていると、「家に電話があるか?」、と聞かれました。「ありません」、と、答えると住所を聞かれ答えると、受話器を取って電話しました。エイドリアンじいさんは聞こえてくる会話にびっくりしました。まず、誰かをエイドリアンじいさんの家に送って、一週間ほど、エイドリアンはかえってこない、と丁重に伝えてくることと、シャムロック・スターを明日の朝4時までこの納屋までつれてこいというのです。


「いいか、よく聞け。俺は何人も調教と乗馬のやり方について教えてきた。ちゃんと出来る奴もいたが殆どが、挫折したか無能だった。もう二度と教えまいと思っていたが、この前、お前にとシャムロック・スターに出会って、最後の訓練をやる気になっていた。そのとき、マルディーニさんがお前もそれを望んでいるらしいと聞いた。それで今日、来てもらった。カポネさんがあの城に住んでいるがそれを知っているものは殆どいない。ここの場所は絶対に誰にも言うなよ。明日から、猛特訓だ。今日は飯を食ってから早く寝ておけ」。エイドリアンじいさんが頷くとマルディーニ氏から聞いたらしく書き取っていたノートを出せと言われました。テーブルの上におくと、外から、食事を運んできた女給が入ってきました。豪華なステーキディナーでした。家では食べたことがない。エイドリアンじいさんは食事している間にJ.J.はステーキを頬張りながら、ノートを読んでいました。三冊あったノートを全部読む気です。「エイドリアン、俺はこれを読んでから寝るから、お前は先に寝ておけ」。 寝室は思った通り二階にあり、シャワーやテレビも備え付けてある個室のベッドでした。文化的生活が送れるということが天国の入り国なのか、はたまた、猛特訓の地獄の始まりなのかはわかりませんが、生まれてから初めての自由と、好きな動物に関係することを真剣にできるという興奮でほとんど眠れぬ夜を、幸せと思いました。

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