第5話  今度はジョッキー・エイドリアン

目が覚めたのは馬になめられたから、と言うとちっと情けないのですが、エイドリアンじいさんは馬の鼻先で目が覚めた。馬が「はやく準備しようよ」、と言わんばかりに起こしたのです。「体調はどうかい?」、と聞くと判ったのかどうか判りませんが首を上下に振っています。たぶん良いのでしょう。ボロ(糞や尿で汚れた寝わら)を掃き出し、新しいわらを入れてやり、ハーネスを付けてやりました。今日は運命の日なので多少、強めに締めこみます。「いたいなぁ」、とでも言いたげにチラッと後ろを見ています。「判っているだろう、今日は大切な日なのを。俺とお前の将来がかかっているんだ」、と、言いながら今日は十分なウォームアップをしておこうと、早速外に出て、ウォーキングを始めました。今週一週間で、二人(?)で決めたゲームプランを話してやります。「判った、判った」、と首を振っています。プランはシルバーバードに先行させ、泥がかからないよう少しずれて第四コーナーまでついていき、第四コーナーを回るときから膨らまないようにシルバースターに体を預けるように寄り添う形で少しずつ抜きにかかり、最後の直線で一気に抜き去ろう、というものです。プランは完璧です。問題はシルバースターの体力が第四コーナーまでどの程度使い果たすか、最後の直線でどれくらい体力を温存できるかということと、最後のスピードです。しかし、不安はあるものの、このプランでいこうと決めました。勿論不安は有ります。シルバーバードに乗馬する騎手が、どう責めてくるかが全く不明なことです。相手は、どうせ経験豊かなジョッキーに決まっています。なぜそう思うかというと、セオリー通りに教育されたシルバーバードとオーソドックスな攻め方を教育されたジョッキーではあまり奇抜な攻めはないと思うのです。しかもジョージの可愛がっている馬なら、どの様な調教を受けているかは想像できるからです。


厩舎の周りを6周したころに、約束のスタート10時まで後30分くらいとなりました。少し、トロッティング(リズミカルな駆け足)をしておこうとハーネスにつかまり乗馬しようとしたとき、うす汚い洋服を着た黒人の老人が近づいてきました。「やぁ、エイドリアンだろう? 俺はJ.J.ローガンと言う者だ。J.J.と呼んでくれ。ちょっと面白い話を聞いたもんでな、来てみたんだ。お前さんがその馬をもうすぐシルバーバードと競走させるんだろう?マルディーニが考えそうなことだな。いや、ちょっとマルディーニの鼻を明かしてやろうと思ってな。さっきから見ていたんだが、こいつにはちょっとした素質がある。しかしまだまだ青い。そこで聞くが今日のプランはあるのかい?」、と、べらべらしゃべる老人に面食らったエイドリアンじいさんは聞きなおした。「もちろんありますが、あなたはどなたですか?J.J.ローガンとかおっしゃいましたが…」。何でも、小さいころから競走馬を見てきた調教師の様な者、とかで詳しく言わないのです。しかし、そのときエイドリアンじいさんは感じたんですが、馬を見るときの目が怖いくらい鋭いのです。ちょうど、暴れていたときのこの馬を見つめていたエイドリアンじいさんの目のようです。それで、ちょっとは信用してみようかと思ったようです。


J.J.は素人のジョッキーがレースの経験のない馬を操るときの手綱(たづな)さばきとスタート、スタートダッシュ、速度の維持、競争相手がいるときの馬の対抗心、馬が感じる抜き去ったときの快感と優越感などを教えてくれました。ちょっとエイドリアンじいさんには全てはよくわかりませんでしたが、J.J.の言葉には説得力があり、また参考にもなったので信用してみようと思いました。これで、プランを実行するジョッキーの作業手順まで決まりました。あとは、ウォームアップさえすれば準備万端です。J.J.は最後に「いいか、最後のスパートはきっかけだけお前が指示しろ。後はこいつに任せてしがみ付いていればいいから」、と、言って去っていきました。いったい誰だろうと思いましたが、ウォームアップをしないと間に合わなくなるのでJ.J.のことはすぐに忘れてしまいました。

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