第3話 運命の出会い

この時、エイドリアンじいさんは、なんとゆっくりですがこの暴れ馬に近づいていったのです。馬の目はワイン色の筋で血走り、足の筋肉は小刻みに痙攣し続けています。さらに、後ろ足で立ち上がり、周りを威嚇しています。このような状態の馬に近づくのは危険極まりないのは周知のことです。しかし、エイドリアンじいさんは静かに、しかし馬の目を見据えながら近づいていきます。馬の攻撃の射程内の6フィート(2m)まで近づくエイドリアンじいさんをじっと見据えて、急にこの馬は動きを止めてしまいました。汗で肌が黒く光っています。荒い息も聞こえてきます。涎も垂らしています。エイドリアンじいさんは手の甲をゆっくりと馬の鼻の方向に持っていきました。あたかも、「おい、大丈夫だから静かにしてな。味方だよ」、と、でも言わんばかりに手の甲を鼻に近づけていきます。驚いたことにこの暴れ馬は、エイドリアンじいさんの目をにらみながら、荒く手の甲をいっぱいまで鼻を広げて、臭い始めました。そして、次の瞬間、エイドリアンじいさんに近づき頭をエイドリアンじいさんの体に擦り付けてきたのです。これは、信頼関係が確立された瞬間なのです。 エイドリアンじいさんは大きく息をはきました。


「おい、小僧。危ないじゃないか。お前はいったい誰だ」、と、さっきまで怒鳴り散らしていた調教師がエイドリアンじいさんにむかって怒鳴りました。自分が制御できなかった暴れ馬を、小僧に手なずけされてしまった事を怒っている様です。プライドを傷つけられたのです。エイドリアンじいさんはゆっくりと低い声で、「エイドリアン・マクドナルドといいます」。するとこの中年の調教師は、いいから早く出て行け、と鋭くはき捨てました。これをさっきから遠くから見守っていた紳士が口を開きました。「おい、ジョルジュ、てめえが手に負えない馬を、小僧がなだめたからといって、怒鳴り散らすんじゃねいぞ。このバカヤロウ!」。この紳士は、当時はボイラーハットと呼ばれていた今で言う、山高帽をかぶり、燕尾服をきた、身なりがしっかりとした紳士のようですが、話す言葉に品は感じませんが、周りのみんなはこの紳士に対して服従の姿勢をとっていますので、たぶん身分の高い人だとわかります。


「はい、ドン・マルディーニさん。すいません」、と、ジョルジュという男は平謝りです。「おい、エイドリアンとかいったな、小僧。ちょっとこっちに来てくれ」、と、いわれてエイドリアンじいさんは馬のハーネスを軽く引きながらドン・マルディーニさんのほうに歩いていきました。「おったまげたな。小僧、どこで馬のてなずけを習った?」。エイドリアンじいさんは、「何も習ったことはありません。ただ、この馬と目が合ったときに、僕は『味方だよ』と、念じただけです」、と言いました。 「そうか、見所がある奴だな。お前、仕事は何をしている?」、と、聞かれて、ここ何日かは仕事を探して歩き回っている、と答えました。「そうか、俺はレオナルド・マルディーニといってここに5頭ばかり馬を持っている。厩務員、つまり馬の面倒を見る奴が足らない。よかったら、やってみないか?そこらの仕事より多く賃金を払ってやる。いいな」、と、有無を言わさない迫力で決めてしまいました。「おい、ジョルジュ、こっちへ来てくれ。エイドリアン、こいつは、ジョルジュ・オブライエンといって調教をやっている。ジョルジュ、こいつを雇うことにした。お前が面倒見てやれ。わかったな」、といわれたジョルジュは、「はい、ドン・マルディーニさん」。 ジョルジュは口を「へ」。の字に結び、不満な態度を示しましたが、 頭を下げて服従すると決めた様です。ドン・マルディーニは葉巻を吹かしながら去っていきました。思いもよらない展開です。


「ドン・マルディーニにはたてをつけないからな」、と、ちょっと不満げなジョルジュはエイドリアンじいさんに向かってはき捨てました。「おい、明日からここに来い。朝は6時からだ」 「わかりました。ジョルジュさん」 「お前は、イタリア系ではなくアイルランド系だろ。アイリシュの割には短気じゃなさそうだな。ジョージと呼べ」。その後、ジョージはいろいろな話をしてくれました。仕事の内容や給料、さらにドン・マルディーニ氏のことについて話してくれた。


ドン・マルディーニ氏はイタリア・ナポリで生まれてアメリカに移住しブルックリンで成長しました。まったく同じように移民してニューヨークで少年時代を迎えた仲間の中に、アル・カポネがいたそうで、二人は、ニューヨークのス通りト・ギャングのボス、ジョニー・通りノの子分になりました。 当時は禁酒法時代で通りノがシカゴに移るとカポネやマルディーニも後を追って密造酒製造・販売を手伝って大成しました。その後、表向きではマルディーニは引退し、自分の資産を有効利用し、いろいろな仕事を始めました。実際は、カポネが活動できるように地盤造りの一端を担っていたのだろうと考えられています。2年前の1925年に通りノが敵対者から襲われて引退すると、縄張りを受け継いでボスになったカポネは密造酒製造・販売、売春・賭博・恐喝など犯罪組織の頂点に立つと、兄貴分のマルディーニは、不動産開発、レジャー関係、ホテルなどの安全な経営を行っていましたが、カポネの活動環境を整える役目を担っているようでした。一見、犯罪活動から手を引いたことになっている訳です。


シカゴはミシガン湖の沿岸に発達した都市で、シカゴ北部は裕福な層が住み南部は貧民層が住んでいます。農家が多くシカゴ自体穀物の取引で大きくなってきた街です。マルディーニはシカゴ西部の開発に乗り出し、オーチャード・フィールド空港(現・オヘア空港–ユナイテッド航空やアメリカン航空のハブで、世界でもっとも離発着の多い、忙しい空港のひとつで、第二次世界大戦の勇士、ブッチ・オヘア氏を称えて命名された。)からさらに西に開発した。住宅、宅地開発、ハイウェイ網、ショッピング・センター、そして、今回はアーリントンハイツにアーリントン・パーク競馬場を作ったとのことでした。もちろん、影では競馬賭博と30店くらいあるといわれる闇バーを作ったといわれています。

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