第4話 『魔王裁判始めました』

 三女の仕切りで颯爽さっそうと幕を開けた魔王裁判。


「まず、賛成の方」


 ファスキンとナーチャが挙手きょしゅしてる。


「早く手を挙げなさいよ、このボンクラ!」

「がっはははは。いいぞマサキ、貴様もメルア様の素晴らしさに目覚めたか。だが、メルア様の寵愛ちょうあいを受けるのは拙者せっしゃのみだぁ!!」


 ちょっと待って。まず、ルールを教えろ。

 なぜ、一切の説明もなく始まってる?

 俺、気絶きぜつしてた? いや、してない。こいつらがおかいしんだ。

 そもそも、何に対する挙手なの、これ?


「勇者さんは反対でよろしいですね。では四対二で――」

「ちょっと待った。俺もとりあえず挙手で」

「貴様あぁー! 即座そくざにメルア様を裏切るとは何たる仕打ち。配下はいか風上かざかみにも置けん。下劣げれつな男よ」

「マサキ~見直したわ。ナイス挙手!」


 とりあえずルールがわからない。

 誰かルールを。ルールを教えて!

 三女さんに確認しなければ!


「待って! 三女さん!」

「はい、何ですか?」

「ルールを、まず、ルールを教えて!」

「最初に説明しましたが」

「知らない、聞いてないって!」

「マサキ、ちゃんと話を聞いてなさいよ!」


 ナーチャが立ち上がって怒鳴ってる。

 みんな説明されたの? いつ? どこで?

 知らない。俺は知らないよ。

 俺はもう一度挙手して話の続きを願った。


「もう一度、もう一度だけお願いします!」

「仕方ありませんね。これで最後ですよ。次からは遅延行為ちえんこういとみなし、権利を剥奪はくだつします。それでは再度説明致します。魔王裁判は、魔王を罰するべきかの可否を多数決によって決めさせて頂きます。処罰に賛成の方は賛成に挙手を。反対の方は反対に挙手を。それだけです。よろしいですね、マサキさん」


 三女は淡々たんたんとした口調で答えた。

 もちろん、人差し指で眼鏡をクイッと上げている。


「オッケーです。わかりました」


 つまり、魔王メルアを有罪にしたかったら賛成に手を挙げて、無罪にしたかったら反対に手を挙げればいいってことだな。

 でも、俺は話し合いがしたかっただけなのに……。

 そもそも、これ会合じゃなくて、裁判じゃん。

 三女は会合って言ってたよね。

 だが、今はなんだか空気が悪い。この訳の分からん魔王裁判とやらが終わってから切り出そう。


「では、賛成の方、挙手を」


 勇者パーティ側 三票。


「次、反対の方、挙手を」


 魔王側、三票。


「同数ですね。では、もう一度」


 いやいや、これ終わらないって。

 三対三の同数じゃ、終わらないって。

 みんな、気が付いていないのかな。


「――賛成の方」


 俺はまた手を挙げた。

 皆は驚いた表情をして見つめていた。

 なぜかメルアだけ、うつろな瞳をしていたのが印象的いんしょうてきだった。


「では、四対二で勇者マサキを――」


 ファスキンの口元が、ある二文字に動いていた。

 言葉は聞こえなかった。

 が、それが『バ・カ』の二文字だと気が付いた俺はとっさに手を下げた。

 しかし、手を下げるより先に判決が言い渡されていた。


魔王殺人未遂まおうさつじんみすいの罪で死刑と処す」


 魔王サイドは喜んでいる、ポカンとしているメルアを除いて。

 ファスキンとナーチャは落胆らくたんの色を隠せない。


「ちょっと待って。今は魔王を罰せるかどうかの裁判でしょ? なんで俺の死刑になってるの?」

「それはさっき終わっただろ……」

「そうよ……」


 俺サイドの二人は、神妙しんみょうな顔つきでため息を吐いている。

 初めてみたよ、君たちのそんな顔。

 さっきから俺だけ話が食い違う。

 みんなで俺をだましてるのか?

 いや、そんな時間も仕草もなかった。


 あわてふためく俺に、三女は冷徹れいてつな瞳を向ける。

 あおい瞳がより、冷淡れいたんに思わせる。

 そういえば、この子――ずっと無表情だ。

 なんかサイコ的な匂いがする。

 気が付くのが遅かった。

 ヤバい! この子、ヤバい子だ!!


「さぁ、ステ姉。この罪人に――罰を」

「オッケー。すぐに済む。首を出せ」

「ちょっ、ちょっと待って!!」

「エルダー、押さえつけろ」

「承知した」


 ステファニーは、ミニスカートを穿いた片足を円を描くように真上に上げて、踵落かかとおとしの態勢たいせいに入った。

 先ほどのステファニーの力なら、俺の首なんて――チョンパかもしれない。

 だけどお前ら!! エルダーとファスキン!!

 今から処刑されるかもしれない俺ではなく、ステファニーのパンティーを見つめるな!!

 せめて俺を見ろ!!


「ちょっと待て!! マジでタンマ!! 最後にメルアの意見を聞かせて!! メルアはこんなことするような子じゃないだろ!! 優しい子だろ、最後に一言だけ!!」


 三女は興醒きょうざめしたように、俺を一瞥いちべつした。

 ナーチャがメルアの横に駆け寄って力強くする。


「魔王!! ねぇ、魔王ったら!!」

「――むにゃむにゃ。もう食べれないよ」

「何言ってんの? しっかりしなさいよ魔王!!」


 意識が定まらないメルア。

 そっと、静かに立ち去ろうとする三女。 

 さらに揺するナーチャ。すると、


「あら、皆さんおそろいで何をなさっているのですか?」


 と、相変わらず穏やかな表情と口調で話すメルア。

 メルアのはっきりとした声を聞いて、三女はピタッと立ち止まった。


「何って!? 魔王裁判で今処刑されそうなんです!! 助けてください!!」


 きょとんっと不思議そうな表情を浮かべるメルアだったが、目の前の光景を見て悟ったようだ。

 片足を真上に上げてるステファニー。

 その下で押さえ付けられている俺。

 少し離れたところで背を向ける三女。


「……ステファニーさん。はしたない真似はおやめなさい」

「はい、姉貴――じゃなかった……姉さま」


 メルアの目尻は相変わらず垂れている。

 だから、表情は笑っているように見える。でも、笑っているようにはとても感じなかった。

 空気がピリピリとしているのが伝わってくるからだ。


「三女さん。こちらに座りなさい」

「い、今から学問の――」

「直ぐに!」

「……はい」


 ハムスターとて牙はある、皆そう思ったに違いない。

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